| 昭和28年 |
中学時代から赤十字のボランティアに参加。孤児院や老人ホ−ム、病院等の慰問や歌唱指導をしながら歌手への夢をはぐくむ。
歌謡コンク−ルで東海地区代表に選ばれレコ−ド会社からもスカウトされるが、本格的な指導を受けるべく作曲家・渡久地政信氏の門を叩く。 |
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| 30年 |
「千鳥のブル−ス」でキングレコ−ドよりデビュ−。
2作目の「東京アンナ」が60万枚突破の大ヒット、同年NHK紅白歌合戦に初出場(以後6年連続出場)し、人気歌手の仲間入りを果たす。 |
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| 31年 |
「ここに幸あり」「流れのジプシ−娘」等発売。 |
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| 32年 |
「いのちの限り」「東京は恋人」「純愛の砂」等発売。 |
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| 33年 |
初めて挑戦したリズム演歌「銀座の蝶」が大津節とあいまって大ヒット、ミリオンセラ−となる。
国内のは勿論、アメリカ、ブラジルなど海外でも公演するようになる。特にハワイには度々訪れて日系市民を慰め励まし、その功績により「名誉市民賞」を贈られる。 |
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| 50年 |
NHK「ビックショウ」に出演して好評を博す。人生経験を重ねた味わい深い歌唱で再び脚光を浴びることに。 |
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| 52年 |
「若き日の詩」発売。久しぶりの新曲で「東京音楽祭」に出場。 |
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| 53年 |
「雨よ歌って愛の詩を」等発売。 |
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| 54年 |
「覚えていますか」「夜霧のハンブルク」等発売。 |
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| 55年 |
脳動脈破裂(クモ膜下出血)により倒れるも、「もう一度、大津美子の歌を聞いてほしい」という想いから、奇跡的な回復を果たし、再起の道へ。 |
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| 57年 |
「ふたりの讃歌」発売。健康面の自信も取り戻し、命の尊さと再び舞台に立てる歓びを胸に、衰えぬ歌唱力で堂々のカムバック。 |
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| 58年 |
「ここに幸あり」で「ロングセラ−賞」を受賞。 |
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| 61年 |
「愛のかげろう」 「愛の花園」(作詞・杉 紀彦、作曲・三木たかし、編曲・佐藤 寛)発売。 |
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| 63年 |
自著『「ここに幸あり」〜わが歌に山河あり〜』をリヨン社出版より刊行。闘病と再起の記録、歌手として、ひとりの女性として歩いた半世紀を赤裸々に綴る。 |
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| 平成2年 |
国内、及び海外の日本人・日系人を対象とした出場希望歌手アンケ−トで上位にランクされ、「21世紀に伝えたい日本のうた」として、28年ぶりにNHK紅白歌合戦に出場(7回目)。 |
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| 3年 |
「愁恋歌(しゅうれんか」「愛に溺れて」発売。荒木とよひさ氏、三木たかし氏という当代人気コンビによる楽曲を得て、しみじみと女の愛と人生を歌う。 |
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| 7年5月 |
社団法人日本歌手協会副会長に選任される。(〜9年) |
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| 9年 |
歌手生活40周年を迎え「この生命のある限り」「雲よ何処に」を発売。
作詞・荒木とよひさ、作曲・市川昭介、編曲・美野春樹の3氏によるラブソングを、美しいヨ−ロッパサウンドに載せてロマンチックに歌い上げる。
11月 永年にわたり多くのヒット曲を発表すると共に、芸術文化の振興に多大な貢献をしたとして「文化庁長官賞」を受賞。 |
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| 10年 |
1月 NHKが「1000万人投票・BS20世紀 日本のうた」を募集(平成9年1月〜12月)。「20世紀を感動させた歌」として、「ここに幸あり」がベスト100曲の中に選ばれる。
12月 日本レコード大賞功労賞を受賞。 |
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| 11年 |
6月 豊橋市(愛知県)のふるさと大使に任命される。 |
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| 12年 |
9月 歌手生活45周年を迎え「愛の詩を花の詩を」「オムレツの舞踏曲(タンゴ)」を発売。作詞・荒木とよひさ、作曲・三木たかし、編曲・美野春樹の人気トリオで制作。「時をこえて、ラベンダ−の香り」と銘打ち、自然な表現で好評を得る。 |
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| 15年 |
9月 吉田正記念オ―ケストラ(東京シンフォニ−交響楽団)にゲスト出演。現在も
全国的に公演を展開しています。 |
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| 17年 |
7月 歌手生活50周年を迎え大津美子大全集(CD6枚組)を発売
デビュ―曲「千鳥のブル−ス」から50人編成のオ−ケストラと競演の最新録音
「大津美子ヒット組曲」まで110曲を収録。 |
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現在、ディナ−ショ−はもとより、結婚披露宴、金婚式、銀婚式、会社創立記念イベントなど、おめでたいお席での活動も多く、懐かしいヒット曲から新しい歌まで大人の鑑賞に値する迫力あるステ−ジを心がけ、人生の詩を歌い続けています。 |
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