<山野情話>
イソシギ ―― Actitis ―― ![]()
私は、気分がふさぎがちになると、近くの海辺を散歩することにしていた。そんなとき、一人の少女に出逢った。その子は、砂のお城か何かを作りながら、まるで海のように青い瞳で私を見上げて「こんにちは」と云った。
私はこんな小娘に邪魔されたくない気分だったので無言でうなづいた。
「あたしねえ、砂でこさえてるとこなの」
「そのようね。なあに、それ」私は素っ気ない調子で尋ねた。
「わかんない、ただね、砂に触っている感じが好きなの」私にもその感じがわかるような気がして、靴を脱いで素足になった。一羽のイソシギが見えた。
「ああ、幸せだ」と少女が声を上げた。
「何のこと?」
「嬉しいことなの。ママが、イソシギは喜びを運んでくる鳥だっていつも言っているわ」イソシギは浜辺の向こうへ飛び去った。私は「さようなら幸せさん、こんにちは意地悪さん」と独り言をつぶやきながら歩きだした。私は落ち込んでいた。自分の人生がすっかり灰色に塗りつぶされたような気がしていたのだ。
置き去りにした少女の声が、後ろの方から聞こえてきた。
「ねえ、お名前なんていうの?」
「ルースよ。ルース・ピーターソン」
「私、ウェンディ、6歳なの」
「お元気でね、ウェンディ」少女はくすっと笑った。「おもしろい人ね」というので、私も憂鬱な気分だったけれど笑いながら歩き続けた。少女の楽しそうな笑い声が背中から聞えてきた。
「また来てね、ルースさん」と少女が叫んだ。「楽しく遊ぼうね」私は、病気の母の看病が何日も、何週間も続いた。ある朝、皿洗いが終わると、外はまぶしいほどの太陽が輝いていた。 「イソシギに逢わなくちゃ」と独り言をいいながら、コートをはおった。
あいかわらず優しさをたたえた海辺が私を迎えてくれた。かすかに吹く風は冷たかったが、いま必要としている平静さを取り戻そうとして大股で歩いた。そのとき向こうから浜辺を歩いてくる少女を見てびっくりした。それまで彼女のことなど忘れていたのだ。
「こんにちは、ルースさん」と少女が云った。「一緒に遊ばない?」
「何をして遊ぶの」私は迷惑そうな語調をにじませて聞き返した。
「わかんない」
「ジェスチャーゲームはどうかな」私は意地悪っぽく尋ねた。途端に少女は大声を上げて、けらけら笑いだした。「知らないわ、それ」
「それじゃ、歩くことにしましょう」歩きながら少女の顔を見ると、弱々しい色白であることに気がついた。
「どこに住んでるの?」
「あっち」といいながら少女は別荘が並んでいる方向を指さした。避暑の季節には遠い冬なのに、奇妙だと思った。
「どこの学校へ行ってるの」
「行ってないの。ママが学校はお休み中だというから」二人でぶらぶらと浜辺を歩き、ぺちゃぺちゃしゃべる少女と話をしながら、私は別のことを考えていた。そして、さよならを云うとき、ウェンディは今日は楽しかったと云った。驚いたことに私も気分が良くなっていた。「私もよ」と笑顔で答えた。
3週間後、私はほとんどパニック状態で、あの海辺にかけつけた。たとえウェンディにさえも話をする気分ではなかった。その家の前を通りかかると、玄関の前にウェンディの母親が立っていた。私は、彼女が少女を自宅に引き留めていてくれたらありがたい思った。
しかしウェンディが素早く私を見つけて追いかけてきた。私は近づいてきた彼女に、つい意地悪く云ってしまった。「悪いけど、今日は一人でいたいの」
少女の顔はいつになく青白く、息を切らしながら「どうしたの」と尋ねてきた。
「母が死んだの」と私は少女に向かって叫んでしまった。あぁ、しまった、こんないたいけな少女に言うことではなかったと後悔した。「それじゃ今日は幸せじゃないのね」と少女は細い声で云った。
「そうなの、きのうも、おとといも、その前の日も、みんな消えてしまって欲しいわ」
「苦しかったの?」
「何のこと?」少女にも、自分自身にも愛想が尽きた。
「お母さんが死んだときのこと」
「もちろん、苦しかったわよ」
私は切れてしまっていた。誤解もしていた。母の死のことで何も考えられなくなっていた。私は大股で歩きだし、その場から去った。それから一ヵ月ほど過ぎたある日、海辺に行ってみたが少女はそこにいなかった。少女に悪いことをしてしまったという罪悪感や、自分に恥じる気持ちや、少女に会いたい気持ちもあって、散歩の後で少女の別荘を訪ね、ドアをノックした。
黄金色の髪をした、いくぶんやつれた面持ちの若い女性がドアを開けた。
「こんにちは、ルース・ピーターソンと申します。お宅さまのお嬢ちゃんを海辺に見かけませんでしたけど、何処かへいらしてたんでしょうか」「ピーターソンさんでしたか。どうぞお入りください。ウェンディはいつもピーターソンさんのことを話していました。娘に注意もしませんでしたので、ご迷惑をおかけしたのではないでしょうか。もしそうでしたら、どうかお許し下さい」
「そんなことはありません。気持ちのいいお嬢さんでした」
私は、そう云いいながら、本当に彼女はそういう子供だったと改めて思った。「お嬢さんはどこにおいでですか」
「ピーターソンさん、ウェンディは先週、死にました。白血病でした。恐らくあなたには言わなかったと思いますけど」あまりのことに、私は茫然として崩れ落ちそうになり、椅子があればすわりたかった。呼吸が止まるほどだった。
「娘はここの海辺が大好きでした。ですからここへ来たいといったとき、ダメとは云えませんでした。娘にはここにいたことがとってもよかったのだと思います。娘が口にしていた幸せな日を沢山過ごせたのだと思います。死ぬ2〜3週間前から急に容態が悪くなりました」
母親の声が消え入るようになった。
「そういえば娘があなた様に何か残していきました。いま探しますのでちょっとお待ちください」私は黙ってうなづくだけだった。心の中では、この若い母親に何か云おうとしてあせっていたのだ。彼女は、子供っぽい文字で「ルースさんへ」と書いた封筒を持ってきて、私に差し出した。封筒の中には明るい色のクレヨンで、黄色い砂浜、青い海、そして茶色の鳥を描いた一枚の絵が入っていた。絵の下には丁寧に「喜びをはこぶイソシギ」と書いてある。
私は涙がこみあげてきた。愛することを忘れかけ、しぼんでいた心が大きく広がった。私は思わずウェンディの母親を両腕に抱きしめ「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も何度もつぶやき、ウェンディの母親と一緒に泣いた。
この大切な小さな絵は今、額におさめられ、私の書斎に飾ってある。
「喜びをはこぶイソシギ」――この短い言葉は少女が六歳まで生きた短い生涯、その間の心の調和と勇気、そして無償の愛を私に語りかけてくる。
それは青い海の色をした瞳と砂浜の色をした髪の少女の愛がこめられた贈り物なのだ。
(山野 豊、2011.7.18)
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