The Peace Symbol

                 ピースシンボルの話

 デモクリトスの切手

 デモクリトスの切手はギリシャで2回発行されている。2回目の切手は第1回国際デモクリトス会議を記念するもので1983926日に発行された。デモクリトスの肖像の背景に変ったマークが大きく描かれている。おそらくデモクリトス会議のシンボルマークだろうと思っていた。



 デモクリトスは原子論で有名だが、ずば抜けた推理力をもち、あらゆる分野で活躍した。あまり書物がないのは競争者が焼き捨てたためかと考えられているが、その言葉はすでに多くの人に伝わっていた。2004年のアテネ・パラリンピック開会式での委員長挨拶では「己に勝つことは、すべての勝利の中で最初の、そして最高のものだ」というデモクリトスの言葉が引用された。

廣川洋一著「ソクラテス以前の哲学者」には多数のデモクリトスの言葉が載っている。短いものを拾ってみよう。「善とは、不正をしないことではなく、それを欲しさえしないことである」「骨の髄まで金銭の奴隷となっている者は、決して公正ではありえない」そして「内戦は双方にとって禍いである。勝利者にとっても敗北者にとっても、破滅であることに変りはないのだ」。このように自然科学的な言葉はほとんどなく、道徳哲学的なものが多いのである。

この国際会議の意義と切手に画かれたマークの意味が知りたいと思っていた。 

◆ ニュージーランドの核実験反対切手

 ある日、突然電話を受けた。原子力関係の切手を集めている友人からであった。 「ニュージーランドの核実験に反対する切手の図案に、女性の唇に緑色のマークがあるが何のマークか? 当時この実験に猛烈な反対キャンペーンをしていた環境団体グリーンピースのマークだろうか?」というものであった。その切手は199591日ニュージーランドがフランスの核実験に抗議して発行したものであった。


 そこで改めてこの切手を確かめた。女性の唇の上のマークを見るとデモクリトスの切手の背景にあるマークと同じではないか。緑色だが、当時発行されていたグリーンピースの活動を描いた切手にはこのようなマークはなかった。

手っ取り早い方法は切手を発行したところに尋ねることだと思い、ニュージーランドの郵政当局にこのマークが作られた由来を尋ねてみた。すぐに返事は来た。が、驚いたことに答えは「分からない」であった。

(フランスの核実験)         
 19956月、フランスのシラク大統領は仏領ポリネシアのモルロア環礁において核実験の再開を発表した。多くの国が抗議を表明したがこの年9月、フランスは実験を強行した。ニュージーランドはこれに合わせて9月1日に切手を出した。

◆ アメリカの切手に現れた

199820世紀が終わりに近づくと、アメリカではCelebrate the Century というシリーズを発行し始めた。20世紀の10年ごとの話題を15枚の切手にまとめ、1枚のペーンに収めて、順次発行していくのである。Linn’s 紙にこのマークの切手が大きく紹介されたのを見て私はびっくりした。1960年代の中の1枚である。発行されたのは1999917日、図案はジーンズに縫い付けられたこのマークのボタン。ボタンにマークが黄色で大きく描かれている。そのマークの名は Peace Symbol という。

アメリカの切手には裏に説明が書かれているので、そのまま示すと、下記のとおりである。

The peace symbol’s design combines two flag signals, one for N and one for D, to represent Nuclear Disarmament. Adopted by anti-war protesters in the 60’s, the symbol eventually became a universal sign of peace and love.

これでこのマークは平和シンボルで図案の意味は反核を示すものだと解った。図案はNuclear Disarmament のNDの手旗信号を組み合わせたものだと言う。

この anti-war war はベトナム戦争を指すと言う。1960年台はアメリカにとって、まさにベトナム戦争の時代であった。196012月南ベトナム民族解放戦線が結成されると、19622月アメリカは南ベトナム援助軍司令部を設置している。648月トンキン湾事件、65年に入ると北爆は恒常化する。そしてインドシナの混乱は周辺諸国を巻き込んで1975年まで続くのである。

 この戦争はアメリカにとって、単なる介入であり大義がなかった。アメリカ国内で反戦運動が高まったのは当然であろう。その時反戦者たちは平和シンボルのマークを使い、広めたのであったと思われる。

だが、ギリシャ、ニュージーランド、アメリカとあまり共通性のない国に現れたこのシンボルマークは何時、誰が、どこで作ったのか? この謎は依然解明されないでいた。

◆ インターネットが知っていた

ある日ふとインターネットで検索することを思いついた。まず画像検索を行った。Peace symbol で約600件、これは次々と全部見た。平和といえば「鳩」かと思ったが鳩はほとんど出てこなく、マークとしてはこのシンボルマークが色々な形で出てきた。ほとんどがカラフルに彩られていたが、形はみな同じだった。

多くの画像により、このマークはかなり世界中に普及していることが分かったものの、その由来に関しては依然として分からない。そこで今度は、peace symbolで検索してみた。ページは数百件という。すぐに見つかるかもしれないと50件ほど見たところであきらめてしまった。要するにpeace symbolの平凡なワードを含むページが次々と出てくるだけである。

しばらくの間諦めていたのだが、また別のキーワードを思いついた。日本語で、平和、シンボル、の次に「手旗信号」を追加してみた。該当件数は17件であった。その中にわずか1件、そのものずばりのページを発見した。それは気流舎という古書店のホームページであった。――「反戦、反核、平和のシンボルとして諸説あるようですが、1958Gerald HoltomというデザイナーがイギリスのCNDという団体のために作ったというのが正解みたいですね」と書かれていた。(1)
 このCND=Campaign for Nuclear Disarmament(核兵器撤廃同盟)の初代総裁がバートランド・ラッセルで、もともとこのマークはCNDのロゴだったという。

バートランド・ラッセルと言えばご存知であろう。イギリスの哲学者で、ラッセル・アインシュタイン宣言(1955年)の発起人である。これがきっかけとなってパグウォッシュ会議が生まれた。イギリス国内にCNDを発足させたのは19581月、ラッセル86歳のときであった。

(手旗信号)
 最後に、この変ったマークの元になった手旗信号について検証しておく。アルファベットの手旗信号は下図の通りである。これもインターネットから借用した。(2) これで見ると、たしかにNは(AでありDは(|)である。この2つの形を重ね合わせて円で囲めばこのマークになる。この形は平和を意味することから「鳩の足跡」と言われているという。




引用したホームページ
         (1)  http://www.kiryuusya.com/blosxom.cgi/design/0011904a.html
(2)  http://canister.hp.infoseek.co.jp/tea/signal.html

「原子力切手」第41号 2005年6月  所載

                                                        

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