BBS 並行輸入 消尽 ウルグアイ・ラウンド 国際法委員会 A

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BBS事件最高裁判決の評価と今後の問題点

日本機械輸出組合平成9年度報告書『通商関連知的財産権をめぐる諸問題』(1998年6月)(1) 

本間忠良 

目次:

はじめに
1.BBS最高判の解釈と企業の対応
1.1.国際的消尽論の不採用と意思主義(黙示許諾論)
1.2.地域限定合意と表示の例外
1.2.1.判決のトリック
1.2.2.論理解釈の必要性(裏命題かならずしも真ならず)
1.2.3.早くもでてきた目的論的解釈
1.2.4.日本除外合意・表示の程度と限界
1.3.「同視し得る者」
2.今後の方針(アボット案をベースに)
2.1.ウルグアイ・ラウンドでの経験
2.2.委員会草案
2.2.1.基本原則
2.2.2.価格規制例外
2.2.3.再放送例外
3.機械業界の本音

はじめに: 

 BBS(「ベーベーエス」と読む)事件については昔から日本の知的財産関係者の間ではげしい議論の対象になっており、地裁や高裁判決が下されたあとも議論が続いている。私が集めた論文や記事のコピーだけでもかなりの量である。

 私が勤めている大学の大学院生たちが、昨年も一昨年も並行輸入問題をテーマにした論文を書いた。実は、今春も、マスターの2年生が並行輸入を書きたいと言ってきたのだが、二番煎じ三番煎じになるし、それに今年最高裁判決がでたら空振りになるかもしれないよと言って、意匠権などをやらせた。今回最高裁判決がでて一件落着、議論の余地はないと思っていたが、よく読んでみるとドクター論文が一本書けるぐらいの問題がふくまれている。大学院生にテーマを変えさせたことをいまになって後悔している。

 本日の講演のサブタイトルを「BBSその後」としており、最高裁判決が出るまでのいきさつはすべて省略して、判決の解釈と評価に議論をしぼっている。
 

1.BBS最高判の解釈と企業の対応: 

1.1. 国際的消尽論の不採用と意思主義(黙示許諾論):

 「BBSその後」という観点から重要なポイントは、まず、BBS最高裁判決(2)理由の三の3「しかしながら」ではじまる部分である(以下、引用中の下線と[ ]は私の補足である)。

          −−−−−−−−−−

3 しかしながら、我が国の特許権者が国外において特許製品を譲渡した場合には、直ちに右[国内消尽]と同列に論ずることはできない。すなわち、特許権者は、特許製品を譲渡した地の所在する国において、必ずしも我が国において有する特許権と同一の発明についての特許権(以下「対応特許権」という。)を有するとは限らないし、対応特許権を有する場合であっても、我が国において有する特許権と譲渡地の所在する国において有する対応特許権とは別個の権利であることに照らせば、特許権者が対応特許権にかかわる製品につき我が国において特許権に基づく権利を行使したとしても、これをもって直ちに二重の利得を得たものということはできないからである。

          −−−−−−−−−−

 この部分はいわゆる二重利得機会論を否定したものである。高裁判決は二重利得機会論によって並行輸入者を勝訴させた。二重利得機会論は「国際的消尽論」の根拠の1つで、知的財産権の消尽という擬制が、国内とおなじく国際間でも通用するという議論である。高裁は、最初に品物を市場に置いたドイツと日本とで2回利得する機会を得るのは論理的におかしい、機会とは本来1回かぎりのものだとして並行輸入を認めたのだが、最高裁はこれを否定した。

 利得機会論にもとづく消尽論というのは、1900年ごろドイツのライヒ裁判所判決ではじめてでてきたものだが、それ以来、利得機会(知的財産権者が利得を得る機会)は1回しかないという議論が1世紀近くも定説となっている。最高裁は、特許権が国ごとに別個だという現実のもとでは、二重利得を否定するほうがむしろおかしい、二重に利得してもかまわないのではないかという立場をとった。これによっていわゆる国際的消尽論の重要な柱の1つが切り倒されたわけである。最高裁・高裁いずれも判決そのものは変わらず、アルミ・ホイールの並行輸入者を勝訴させているが、問題は、最高裁判決が判決理由のなかで国際的消尽論をほとんど否定したことである。

 BBS最高裁判決に対する学者の論評がすでに出ている。学者は判決の哲学的な面に関心があるので、今回の判決についてもこの3にこだわった論評が多い。たしかにおおきな問題ではあるが、最高裁判決がもう出てしまったので、将来大法廷で変更されたり立法で変更されるなどのことがないかぎり、3に書かれている二重利得機会否定論は given(所与)の条件であって、いまさらこれを非難しても実益がない。そこで我々ビジネスマンはもっとプラクティカルなところに目をむける必要がある。

 判決理由の三の4は、実務的におおきな問題を提起している。

          −−−−−−−−−−

4 そこで、国際取引における商品の流通と特許権者の権利との調整について考慮するに、現代社会において国際経済取引が極めて広範囲、かつ、高度に進展しつつある状況に照らせば、我が国の取引者が、国外で販売された製品を我が国に輸入して市場における流通におく場合においても、輸入を含めた商品の流通の自由は最大限尊重することが要請されているものというべきである。そして、国外での経済取引においても、一般に、譲渡人は目的物について有するすべての権利を譲受人に移転し、譲受人は譲渡人が有していたすべての権利を取得することを前提として、取引行為がおこなわれるものということができるところ、前記のような現代社会における国際取引の状況に照らせば、特許権者が国外において特許製品を譲渡した場合においても、譲受人又は譲受人から特許製品を譲り受けた第三者が、業としてこれを我が国に輸入し、我が国において、業として、これを使用し、又はこれを更に他者に譲渡することは、当然に予想されるところである

 右のような点を勘案すると、我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合においては、特許権者は、譲受人に対しては当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き、[また]譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間で右の旨を合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて、当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないと解するのが相当である。すなわち、(1)先に説示したとおり、特許製品を国外において譲渡した場合に、その後に当該製品が我が国に輸入されることが当然に予想されることに照らせば、特許権者が留保を付さないまま特許製品を国外において譲渡した場合には、譲受人及びその後の転得者に対して、我が国において譲渡人の有する特許権の制限を受けないで当該製品を支配する権利を黙示的に授与したものと解すべきである。(2)他方、特許権者の権利に目をむける時は、特許権者が国外での特許製品の譲渡に当たっ て我が国における特許権行使の権利を留保することは許されるというべきであり、特許権者が、右譲渡の際に、譲受人との間で特許製品の販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を合意し、製品にこれを明確に表示した場合には、転得者もまた、製品の流通過程において他人が介在しているとしても、当該製品につきその旨の制限が付されていることを認識し得るものであって、右制限の存在を前提として当該製品を購入するかどうかを自由な意思により決定することができる。そして、(3)子会社又は関連会社等で特許権者と同視し得る者により国外において特許製品が譲渡された場合も、特許権者自身が特許製品を譲渡した場合と同様に解すべきであり、また、(4)特許製品の譲受人の自由な流通への信頼を保護すべきことは、特許製品が最初に譲渡された地において特許権者が対応特許を有するかどうかにより異なるものではない。

          −−−−−−−−−−

 最高裁判決は、3で二重利得機会論を否定し、かわりにいわゆる黙示許諾論を持ってきている。私は前々から黙示許諾論者であり、これを自分なりに意思主義と名づけていた(3)。権利者、この場合はBBS社が、まずドイツでアルミ・ホイールを市場に置いた。現代のようなグローバライゼーションの時代では、権利者がいったん市場に置いたものが転々流通して世界中に転がっていくことは当然のことであり、製品を最初に市場に置く人が、地域限定条件をつけないでそうしたならば、その製品が世界中に転がっていくことを承知していたことになる(默示許諾論)。それが日本に転がってきても今さら権利行使はできない。この意思主義が最高裁判決の理由3であった。しかし、意思主義をとったために、こんどはあたらしい問題−−つまり最初に市場に置いた時に地域限定をしている場合、言いかえれば、世界中に転がっていくことを積極的に拒否する意思表示をしていた場合はどうなるのかというつぎの問題−−がでてきたのである。これがまさに4で扱われており、我々ビジネスマンにとっては非常に重大な問題をふくんでいる箇所である。 

1.2.地域限定合意と表示の例外:

1.2.1.判決のトリック:

 判決理由の三の4は、「輸入を含めた商品の流通の自由は最大限尊重する」ことを判決全体の基本的前提としており、そのような製品が世界中に転がっていくことが「当然に予想される」という認識の上にすべての議論を構築している。

 さて、「右のような点を勘案すると」で始まる4の第2パラグラフにたいへん問題なことが書いてある。同パラグラフには、「特許権者は、譲受人に対しては、当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き、[また]譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間で右の旨を合意した上、特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて、当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。」とある。

 ここはわかりにくいが、「譲受人」と「第三者・転得者」についてそれぞれ分けて述べている。直接の譲受人に対しては、当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外するむねを譲受人との間で合意しないかぎり、輸入国での権利行使ができないとしている。また、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者およびその後の転得者に対しては、譲受人との間で上述のような合意をした上に、特許製品にこれを明確に表示しないかぎり、輸入国での権利行使ができないとしている。いずれの場合も、そういう積極的な留保行為がおこなわれた場合を除き、当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないと解することが相当であるとしている。すなわち、譲受人に対しては、日本除外合意がおこなわれた場合を除いて、また、転得者や第三者に対しては、そのような合意をおこない、かつ特許製品上にこれを明確に表示した場合を除いて、そのような製品が日本に転がってきた時に日本で特許権の行使をすることは許されないとしている。このパラグラフが最高裁判決の最重要ポイントなので、よく理解してもらうために、私は同じことを3回繰り返して言った。 

1.2.2.論理解釈の必要性(裏命題必ずしも真ならず):

 このパラグラフは、「これこれをした場合を除いて、これこれすることが許されない」という表現をとっているのでわかりにくい。前提も結論も否定形なのである。下の表は論理学の本の最初のページにでてくるアリストレテスの対当表である。

   (正命題)p → q        (逆命題)q → p

   (裏命題)not p → not q  (対偶命題)not q → not p

 たとえば「pならばqである」という正命題が真だとする。「女学生ならば女である」は真である。しかしその逆命題「qならばp」「女ならば女学生である」は必ずしも真ではない。女学生ではない女はいくらでもいる。裏命題「pでなければqではない」「女学生でなければ女ではない」も必ずしも真ではない。最後に対偶命題「qでなければpでない」「女でなければ女学生でない」は真である。したがって、正命題に対してつねに真である命題は対偶命題しかない。逆命題も裏命題も必ずしも真ではない。このような論理学の初歩の分解をしてみると、最高裁判決は裏命題で書かれていることがわかる。つまり「そのような合意や表示がなされた場合を除き」(not p →)、「権利行使ができない」(not q)というように裏命題で書かれている。 

1.2.3.早くも出てきた目的論的解釈:

 さて、4の解釈についてはすでにいろいろな解説がでている。私が問題だと思うものをいくつか紹介しよう。

          −−−−−−−−−−

1)「このたびの最高裁判決は、特許権者が望めば並行輸入を阻止できる方策を理由中で述べることにより、特許権者を救済し、特許権者が日本の独占市場を保持することを可能にしている点で、東京高裁判決を是正したものと評価することができる」。(4)

2)「BBS事件において、最高裁が・・並行輸入を一定の条件の下で認める判決を下す・・」(5)

3)「[BBS判決の]理由は、どのような場合に並行輸入が許容され、どのような場合に並行輸入が禁止されるかという要件について、主張立証責任の配分も含めて述べている」(6)

4)「・・以下に示す特許権の行使は許される・・」(7)

5)「『特許権者は、[一定の]場合、当該製品について我が国において特許権を行使することができる』という判断が読み取れます」(8)

6)「本判決は、特許権者のために、並行輸入防止の方法を教えてしまったようなものである」(9)

          −−−−−−−−−−

 いずれも、今回の最高裁判決が、一定の場合には、特許製品の並行輸入を禁じることができるという解釈をとる。2)は、一定の場合には並行輸入を許すとして、原則と例外を(したがって立証責任を)逆転させている。6)は長年にわたる並行輸入擁護者の言であるだけに、そこには一抹の絶望感さえ漂う。

 判決は、「…合意した場合を除いて、…許されない」と裏命題で書いているのに、この人たち(便宜上「反対解釈論者」といおう)は、これを「…合意した場合、…許される…」と、その正命題が必ず真だと考えている。裏命題から正命題を反対解釈しているのである。

 反対解釈論者は、極端にいうと、特許権者が製品を最初に市場に置く時に、「譲受人」に対しては日本を除外する合意だけでかまわない、また、「第三者や転得者」に対しては第1譲受人との合意プラス製品上に除外を明確に表示しさえすれば日本で権利を行使してもよいといっている。前述のように、裏命題は必ずしも真ではないが、真の場合もありうる。反対解釈論者は、それがつねに真だという立場をとる。

 反対解釈論、つまり裏命題の裏−−正命題がつねに真であるとした解釈は論理的に正しくない。では「地域除外合意があり、かつ製品上にそれを明確に表示した場合」について、判決はいったいどう考えているのだろうか。おもしろいことに今回の判決はそのことについてひとことも書いていない。要するに今回の最高裁判決は裏命題でしか書いていのである。

 4の(2)で始まる部分の中に「特許権者が、右譲渡の際に、譲受人との間で特許製品の販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を合意し、製品上に明確に表示した場合には」とある。ここは正命題で書かれている。そこで喜んで読み進むと、それに続いて「転得者もまた、製品の流通過程において他人が介在しているとしても、当該製品につきその旨の制限が付されていることを認識し得るものであって、右制限の存在を前提として当該製品を購入するかどうかを自由な意思により決定することができる。」とはぐらかされる。要するに前提は「正」で書いてあるが、結論はqではなくてrなのである。これは最高裁が1ページちかくを費やして構築した巨大なトリックである。「最初の販売時に地域除外合意をおこない、かつ製品上に明確に表示した場合を除いて権利行使はできない」ことはハッキリと書いてある。しかし、「最初に地域除外合意をおこない、かつ製品上に明確に表示した場合には権利行使ができるのか」という問題には答えていない。「自由な意思により決定することができる」と書いてあるだけである。ここでは「pならばrである」といっているのであり、「pならばqである 」とはひとことも言っていない。

 では結論はどうなのか。最初の販売時に地域除外合意をし、かつ製品上に明確に表示をした場合は白紙である。今回の判決を反対解釈論者のように解釈すると、最初の合意で地域除外合意をおこない、製品上にステッカーでも貼れば、転がっていった先々で権利行使ができると思いこんでしまう。ところがよくよく読んでみるとそうではない。白紙なのである。最初の販売時に地域除外合意をおこない、かつ製品上に明確に表示した場合について、最高裁はなにも言っていない。今後そのような問題が起きた時に新しく裁判をやるということなのだ。最高裁のお墨付きがあると思いこんで、手放しで喜んで世界市場の分割をやると、やはりジャップオート(BBS事件の並行輸入業者)のようなところから訴えられひっくりかえる可能性がある。

 先例もこの点に関してはなにもいっていない。それだけでなくこの4の全体が傍論なのである。この4は判決のために論理的には必要のないことを長々と書いている。傍論なので先例拘束性はまったくないばかりでなく、積極的に権利行使ができるとはひとことも言っていない。「自由な意思により決定することができる」(at your own risk)とうまく逃げている。そういう意味で、私は「判決のトリック」といっている。

 もちろん裏命題が真の場合もある。その場合はpとqが等価(同値)である。「絶対値a=絶対値b」をpとし、「aの2乗=bの2乗」をqとすると、pとqは等価である。この場合はたしかに逆も成立するし裏も成立する。しかし今回の場合それが成立するかどうか考えてみよう。

 反対解釈が正当化される場合がある。それは反対解釈によって例外的な状況から原則的な状況に復帰する場合である。つまり「最初の販売時に日本除外合意をおこない、製品上に明確にそれを表示した場合は、白紙である」という場合、「白紙」ということはもとの原則に戻るということだが、もとの原則とはなにか。

 先日ある人が言った。「特許権者が特許の行使をすることは当たり前なのだから、白紙に戻るというのは、取りも直さず特許権の行使ができることなのだ」と。なるほど、そういう考えもあるのかと思ったがよく考えてみるとそうではない。つまり、「なぜ特許権の行使をしていいのか」という設問に対して、「特許権の行使をしていいからいいのだ」と答えるのは同語反復である。そうではない。今回の最高裁判決が、「輸入を含めた商品の流通の自由を最大限尊重する」ことを原則にしたことを想起されたい。

 話が飛ぶようだが、GATT11条は数量制限を一般的に禁止している。日本もドイツもGATT加盟国であり、GATT11条のもとでは数量制限をおこなうこと、たとえば輸入品を税関で止めることは原則違法である。ではニセモノや海賊版はどうか。ニセモノや海賊版についてはGATT20条dという一般的例外規定があり、「[国家]知的財産法の遵守に必要な場合は止めてよい」となっている。11条と20条dの優劣関係はどうか。GATTパネルではいくつも前例があり、GATT11条のほうが原則で、20条dは例外である。したがって、20条dの「知的財産法の遵守に必要な」というところの「必要な」という言葉を非常に厳密に解釈するのがGATTパネルの伝統である(10)。GATT加盟国間では輸入品を止めることができないのが原則で、20条dに該当する例外的な場合だけ輸入を禁止することができる。あくまで止めるほうが例外であって、止まらないほうが原則なのである。国際社会が主権国家の集まりであって、国家主権を超える権力などないのだ・・と言っているとたいへん威勢はいいが、ことモノの国際貿易に関するかぎり、これは空論にな っている。

 最高裁判決に話を戻そう。「白紙」ということは輸入ができるということである。GATT11条だけはでない。最高裁判決が「輸入を含めた商品の流通の自由を最大尊重する」とわざわざいっている。とすると、最高裁が「not pならnot qだ」といったのを、反対解釈論者が「pならばqだ」と読み変えてしまったのは論理的な誤りである。反対解釈論を信用して権利行使してみたら、実は訴えられて敗訴してしまったということにならないように気をつけなければならない。これこそ最高裁のいう「自由意志による決定」であろう。 

1.2.4.日本除外合意・表示の程度と限界:

 つぎに、日本除外合意・表示の程度と限界という問題である。日本除外合意および表示がなければ、日本での権利行使ができないのだが、それがどの程度のものであれば白紙、つまり「自由な意思による決定」ということになるのだろうか。

 「明示がなくても、特許権者と譲受人間で特許製品の販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨が合意され、転得者がその制限を一定の事情から知っている場合は並行輸入を阻止し得ると解されることになる」という主張がある(11)が、そのように読めるのだろうか。判決理由三の4のすでにとりあげた箇所「譲受人に対しては、当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人にとの間で合意した場合を除き」に続くところに「譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間で右の旨を合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて」とある。最高裁としては、表示は不要で「一定の事情から知っている場合は」と読ませたいのであれば、判決には「特許製品に明確に表示した場合及びそれに準ずる場合を除いて」と書いたはずである。「明確に表示した場合を除いて」と書いていることから判断すると、上の主張は正しくない。

 また、強制実施の場合や価格規制のある場合が問題になる。これは通常、製薬会社に関係することで、我々機械屋には途上国で輸出制限などがある場合にしか関係ない。「強制実施の場合、価格規制のある場合には、・・自由な意思によることができない、これらの場合は例外に当然含まれることになる」という主張がある(12)。はたしてそうだろうか。最高裁判決の4の第2パラグラフは非常に明確で、「これに準ずる場合」などとは書いていない。これもないものねだりではないだろうか。

 また、一般的な代理店契約で販売地域制限をしたり、また、特定製品に関して「For Use in Germany Only」などと合意・表示しただけでは、判決の「当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を合意・表示」という条件を満たさない。特定製品に関して日本を特定して除外する合意・表示をおこなって、はじめて白紙になる。

 さて「最初に日本除外合意をおこない、それを製品上に明確に表示した場合は白紙」なのだが、白紙ということになるとそこに独禁法がでてくる。知的財産権の行使と認められる行為には独禁法が適用されない(独禁法23条)が、それ以外の行為、つまり白紙であれば独禁法が適用されることになる。

 公取の「流通取引慣行のガイドライン」には、「並行輸入の不当阻害」がでてくる。

   @ 海外の流通ルートからの真正商品の妨害
   A 販売業者に対する並行輸入品取り扱い制限
   B 並行輸入品を取り扱う小売り業者に対する契約対象製品の販売制限
   C 並行輸入品を偽物扱いすることによる販売妨害
   D 並行輸入品の買い占め
   E 並行輸入品の修理等の拒否

 いずれの場合も、それが価格維持のためにおこなわれる場合は、「不公正な取引方法」として排除されることになる(12.5)。 

1.3.「同視し得る者」:

 判決理由の三の4の第2パラグラフに「同視し得る者」が2か所でてくる。「右のような点を勘案すると、我が国の特許権者又はこれと同視し得る者…」とあり、さらに(3)で始まる箇所に「子会社又は関連会社等で特許権者と同視し得る者…」とある。並行輸入は権利者自身が最初にマーケットに置いた場合の話であるが、この「子会社又は関連会社」に関しては、権利者自身でなく権利者が子会社や関連会社を使って市場に置かせた場合も本人とみなされる。

 問題はライセンス生産品である。権利者自身は生産をしないで、他人に製造販売ライセンスを与えてライセンス生産をさせたとする。ドイツでライセンシーができて、そのライセンシーが製品を生産し、それが日本へ転がってきた時に、権利者が日本特許を利用してそれを差し止めることができるのかという問題である。最高裁判決はどう考えているだろうか。最初に市場に置く者として、「我が国の特許権者又はこれと同視し得る者」の中にライセンシーが含まれるのかどうかという問題である。

 この答えは判決理由の三の4の第2パラグラフの(3)の「同視し得る者」のところにでている。「子会社又は関連会社等で・・」とあり、しかも「特許権者と同視し得る者により」とある。「子会社又は関連会社」という大きい集合があってその中に「同視し得る者」という小さい集合がある。しかし子会社や関連会社のなかには、子会社であっても資金を出しているだけで日常のコントロールをしていない場合など、本人とは同視できず、本人と「同視し得る者」にはいらない場合もある。ライセンシーはさらにその外の集合であり、子会社、関連会社以外の集合になる。したがって、子会社、関連会社であって本人と同視し得る者の中にライセンシーははいっていない。最高裁判決はライセンスによる技術拡散に冷めたかった。ライセンス生産品も白紙なのである。

 したがって、ライセンス生産品が税関にはいってきて、税関が、これを「本人又はそれと同視し得る者」が市場に置いたのではないという理由だけで、日本除外合意も表示も問うことなく留置したならば、そこであたらしい訴訟が起きるだろう。

 一件落着と思っていたら、最高裁が非常にトリッキーな判決文をつくったために、学生や学者の頭をしぼり尽くすほどの難問がでてきた。たいへん頭のいい方がこういう文章を書かれたわけで、一種のクイズになっている。だから、反対解釈論者のように「裏も真である」と単純に考えるのであれば、論文にもならない。しかしそうだとするといろいろな矛盾や問題が起こってくることを申しあげた。
 

2.今後の方針(アボット案をベースに):

2.1.ウルグアイ・ラウンドでの経緯:

 並行輸入問題は、ウルグアイ・ラウンドで揉めにもめた。TRIPS協定6条にはこうある。

          −−−−−−−−−−

第6条 消尽:この協定に係る紛争解決においては、第3条(内国民待遇)及び第4条(最恵国待遇)の規定を除くほか、この協定のいかなる規定も、知的財産権の消尽に関する問題を取り扱うために用いてはならない。

          −−−−−−−−−−

 ウルグアイ・ラウンドは4年計画で90年の暮れに終わるはずだったが、農業で合意にいたらずブリュッセルの閣僚会議がつぶれた。そこに提出されていたいわゆるジュネーブ・テキストにはこうあった。

          −−−−−−−−−−

 第6条 消尽:上記第3条及び第4条の規定を除き、この協定のいかなる規定も、締約国に対し、一旦権利者によりまたその同意を得て市場に置かれた物の使用、販売、輸入又はその他の頒布に対して与えられる知的財産権の消尽に関する各国それぞれの制度の決定について、いかなる義務も負わせず、また、自由も制限しない。

          −−−−−−−−−−

 これは文章が長いわりにはわかりやすい。要するに、並行輸入問題に関しては各国それぞれ自由である、いかなる義務も負わせず、自由も制限しないと放り投げたのがジュネーブ・テキストである。それがまたさらに揉めてTRIPS協定6条になったことがわかる。TRIPS協定6条では文言が変わっており、「この協定に係る紛争解決においては」と断っている。TRIPS協定に違反しているといういわゆるバイオレーション・ケース、協定違反にはいたらないが協定利益を無効化・侵害しているといういわゆるノンバイオレーション・ケース、いずれの場合も同協定による紛争解決に持ちこまれる。紛争が起きるとパネルが設置され、パネルで結論が出たら上級委員会に持っていく。最終的には紛争解決機関(DSB)で決定され、加盟国に勧告される。この紛争解決では、知的財産権の消尽問題、つまり並行輸入問題については、内国民待遇と最恵国待遇を除いて、TRIPS協定のいかなる規定も適用してはならないと規定している。

 TRIPS協定の中で並行輸入問題に適用されそうな規定はすくなくとも3つある。特許権、商標権、マスクワークに関しては輸入権が確立した(著作権には輸入権がない)。しかし、並行輸入を排除するために、その輸入権を使用してはならないとしているのが6条である。輸入権は偽物や海賊版の輸入を阻止する場合に使用するのであって、真正製品の輸入には適用してはいけないということになる。輸入権が援用できないが、内国民待遇と最恵国待遇は援用してもよい。TRIPS協定6条は、ジュネーブ・テキストよりも自由貿易寄りになっている。ジュネーブ・テキストは「何をやってもいい」ということだったが、TRIPS協定6条は輸入権の援用を許さないことによって、並行輸入を制限したい輸入国グループの手をしばっている。

 ジュネーブ・テキストには、ECの提案で、「権利消尽に関しては、欧州共同体は単一の締約国とみなされる」という脚注がはいっていたが、TRIPS協定6条では落ちてしまっている。EC域内では、EC条約30条によって並行輸入禁止は天下の大罪になっている。にもかかわらずEC域外からの並行輸入を止めていた。 欧州司法裁判所(ECJ)判例は2つあり、EMIがCBSレコード(コロンビア・レーベルの米国レコード)を差し止めたEMI対CBS事件(13)及びスペイン(当時は域外)からイギリスへのレコードの並行輸入を止めたハーレクイン・レコード事件(14)である。ECは域内での並行輸入を保証しているにもかかわらず、域外からの真正品の並行輸入を止めている。ECとしては、EC域内の並行輸入保証はシングル・マーケットをつくるために必要不可欠であり、TRIPS協定でそこをいじられたら困るので、この例外を提案していた。ところが、TRIPS協定6条で同例外が欠落してしまったため、今後は、ECが、域内産品に対しては並行輸入を保証していながら、輸入品に対してこの利益を与えないのは内国民待遇違反になる。また、域内の国別で見た場合、たとえばフランスがドイツからの並行輸入を止めないにもかかわらず、米国からの並行輸入を止めるのは最恵国待遇違反になる。 

2.2.委員会草案:

2.2.1.基本原則:

 国際法協会とは世界の著名な国際法学者で構成される権威ある学会だが、その分科会の国際法経済法委員会がこの並行輸入問題についてリポートをだそうとした(15)。その主査がシカゴ・ケント法学校のFrederick M. Abbott教授である。同氏は30数ページにおよぶ草案を作成した。同草案は並行輸入問題についての広範な情報を集め、かつ緻密に分析したものであって、参考書としても非常に優れたものだが、アクション・アイテムとしては1ページにまとめることができる。

 第1に、TRIPS協定6条がジュネーブ・テキストよりも自由貿易寄りになり、知的財産寄りではなくなってきたことに気がついた米国が、TRIPS理事会で、「6条を削ろう」といっているのに対して、委員会草案は6条を削ることに反対である。

 その理由として、6条を削除してしまうと、現実政治が働いて、強い国(米国)が好き勝手なことをやる。米国の行政府は、バイラテラルの関係を利用し、たとえばアルゼンチンに対し、NAFTA加盟の条件として並行輸入制限をするように圧力をかけたり、現に若干の途上国とはそのような通商協定を結んでいる(16)。米国行政府主導のもとで、並行輸入禁止、そして知的財産権による世界の市場分割というレジームができあがってしまうおそれがある。それに対する歯止めとしても、6条は置いておくべきだとしている。

 第2に、今後かりに6条を変えるとすれば、削除するのではなく以下のように変えるべきだとしている。まず、基本ルールとして、「ある国において、知的財産権者の承諾により、販売その他の方法で市場に置かれた製品やサービスに対し、輸入国は、輸入国知的財産権者による輸入制限を許してはならない」とする。要するに、知的財産権によって保護された製品の並行輸入は、それが権利者の同意によって市場に置かれたものであれば禁止できないのが原則である。前述のBBS判決での「本人と同視しうる者」よりこの委員会草案のほうがかなり範囲が広く、「権利者の同意にもとづく」として、ライセンシーまでふくむようにしている。

 委員会は草案に対して広くコメントを求めている。私は、「同意が輸入国を除外しており、かつ除外が製品やサービスの上に明確に表示してある場合を除き」として、日本の最高裁判決そのものを“except”という形で入れるようコメントした。しかしあくまで“except”であって、反対解釈論者のように「合意や表示があれば輸入制限をしてもいい」と肯定形では言っていない。 

2.2.2.価格規制例外:

 委員会草案には重要な例外が2つある。その1つが価格規制例外で、これは医薬品のことを言っている。国が公衆衛生を考慮して、輸出国において薬の価格規制(price control)をしている場合を例外とし、この場合は並行輸入を禁止してもよい。ただし、並行輸入禁止をやる場合は、薬の箱の上に「この製品は政府の価格規制に服するものであって、輸出用ではない」(This product subject to government price control: not for export.)とステッカーを貼りなさいと言っている。

 問題は、つぎの「輸出国の税関は、そのようなステッカーが貼ってある製品の輸出を止めなさい」と言っている箇所である。なぜ突然輸出国がでてくるのか。輸入国で止めるのならわかるが、なぜ輸出国で止めなければならないのか。しかも、更に「それを保証する行政的な取決めをつくりなさい」とある。私は輸出国ではなく輸入国のまちがいだろうと思っていたが、ある人からこんな話を聞いた。たとえば、薬価が安いことで有名な英国の薬が米国に輸入され、米国の医薬品市場が撹乱されることについて、米国の製薬業界は、米国では特許権にもとづいて並行輸入を禁止できる(私はこれにはおおいに疑問だが)と信じているのですこしも恐れていない。問題は、英国の安い薬がたとえばオーストラリアに輸出されるとしよう。米国の製薬業界はオーストラリア市場にも大変に関心があり、英国の安い薬がオーストラリアに輸出されると、米国の高い薬が競争に負けてしまう。つまり、第三国市場での競争のことを顧慮しているというわけである。その話を聞いてはじめて「輸出国で止めろ」という意味が理解できた。たしかにこれは輸入国では止まらない。しかし、これをやるためには、すべての医薬 品を輸出許可制にしなければならないが、そんな輸出規制が現実に可能だとは思えない。製薬業界に対するアボット教授のリップ・サービスであろう。 

2.2.3.再放送例外:

 最近、欧州司法裁判所(ECJ)で、コディテル再放送事件とワーナー・ブラザース・ビデオ・カセット事件という2つの判決が出された。

 ある国で映画が放映されたが、隣国の人がその電波を受けて無断で再放映した。隣国にはexclusive licenseeがいるので無断放映は困る。そこで裁判になったのがコディテル・ケースである。被告は、「一回放送したということは、一回販売したのと同じであり、特にEC域内では、EC条約30条により、一回販売した後で権利行使はできないはずだ」と主張した。これに対し欧州司法裁は、「そもそも放送という行為は有体物を販売する行為ではない。再放映は単純な著作権問題である」として著作権侵害の判決を下した。こういう問題があるので、アボット教授は「放送権に関しては例外である」という注意規定をいれた。

 ワーナー・ブラザース・ケースは、コディテルと似ているようだが異なる事案である。ある国でビデオ・カセットが安く販売されていた。同国にはビデオの貸与権が存在しないので安くできる。ところがこの安いカセットが輸出された。輸入国ではビデオ・カセットはレンタル権の料金が入っているので高い。そこで同じビデオに価格差が生じてしまった。これに対して著作権者のワーナー・ブラザースが権利行使をしようとしたが、欧州司法裁は、「これは物の売買で、いったん販売された物が別の国に流れていったにすぎない。レンタル権の有無は関係ない。要するに、著作権者がいったん販売された物について、輸入国で著作権の主張をするのは、物品の自由流通を定めたEC条約30条に反する」という判決を下した。

 コディテル・ケースは日本にはあまり関係なさそうだが、ワーナー・ブラザース・ケースは関係がある。ECJ判決は、真正ビデオの並行輸入を映画著作物の頒布権侵害とした94年の「101匹わんちゃん事件」判決と反対の結論になった。また、いま日本では、ゲーム・ソフトを映画著作物とした84年のパックマン事件判決を根拠として、中古ソフトの頒布に対する世界に類のない差止め訴訟がおこっている。日本の著作権は世界標準からますます離れていく。アボット教授は、委員会草案に関して日本にコメントを求めてきた。私が個人的にコメントしてもしかたがないので、こういう機会に皆さんからできるだけコメントをいただきたい。
 

3.機械業界の本音:

 今回の最高裁判決に対して、業界はどのように考えているか。特定の業界と論者が「業界は困惑している」と繰り返し言っている(17)が、ほんとうにそうか。実は、並行輸入問題について沈黙をまもっている業界がむしろ大多数なのである。たとえば、半導体では、特許権にもとづく地域限定ライセンスは、いままでのところほとんど見られない。だから半導体は沈黙しているのである。

 しかし、特許権にもとづく絶対的地域保護(18)が可能だとなれば、半導体の特許権者も、今後は、一斉に、市場分割による利潤最大化を狙って、地域限定ライセンスに走るだろう。これによる世界貿易の歪曲ははかりしれない。医薬品やブランド品などの矮小な超過利潤をはるかに上回る社会的非効率が発生しよう。半導体は今やあらゆる工業製品のなかに組みこまれている。とくに、基本特許をおさえている米国産業が製造から撤退し、特許をほとんど持っていないアジア諸国が世界の工場と化しつつある現在、特許権ベースの並行輸入問題が、主要な通商問題として登場するだろう。

 70年代、PALカラーテレビの特許権者であったAEGテレフンケンが、日本各メーカーに対して厳重な地域数量限定ライセンスをおこなった。なかには、PAL特許が存在しないどころか特許制度が存在しない国までが、日本特許を根拠に地域数量制限の対象になった。80年代、各国のPAL特許が満了するにいたって、テレフンケン自身をふくむ欧州テレビ・メーカーが一瞬にして消滅した。剣によって立つものは剣によって滅びる。まだ若いエレクトロニクス産業には、歴史を保存し、将来の教訓にするという習慣がまだないのだろうか(化学や医薬品はここが強い)。

 並行輸入問題は実は医薬品業界に特有の問題である。米国製薬協という強力なロビィスト・グループが世界を揺るがしている。薬は規制産業であり、各国でそれぞれ厳格にプライス・コントロールされているので、当然に価格差がでてくる。その間の流通で問題が起こるということがたしかにある。一方我々機械産業はどうか。機械はほとんど完全競争−−1物1価−−の世界に住んでいる。並行輸入問題には関係ないと思って沈黙を守り、製薬業界さんにすべておまかせしてしまい、知的財産権による世界市場分割レジームをつくりあげられた時に、はたして機械産業は困らないだろうか。私はそういう疑問を持っている。
 

1  本講演録は、平成9年度第1回知的財産権問題専門委員会(97年10月14日)における講演のテープ原稿を私自身が加筆改訂したものである。

2  平成七年(オ)第一九八八号平成九年七月一日第三小法廷判決。

3  たとえば本間忠良「ECの競争法V−−知的財産権に対する競争法による規制」松下満雄編『EC経済法』有斐閣1993年。

4  知的財産協会特許委員会第2小委員会「並行輸入訴訟最高裁判決(平成9年7月1日判決言渡)

について」『知財管理』47巻9号(1997年9月)。

5  立花信孝(大蔵省関税局業務課知的財産専門官)「税関における知的財産権侵害物品の水際取締制度について」『特技懇』1997年11月号。

6  近藤恵嗣「判例解説−−BBS特許並行輸入事件最高裁判決」『CIPICジャーナル』69巻(1997年10月)。

7  知的財産研究所研究部「判決紹介と争点整理−−アルミホイール並行輸入事件最高裁判決」『知財研フォーラム』(1997年秋号)。

8  小野昌延「BBS特許並行輸入事件判決」『AIPPI』42巻8号(1997年8月)。

9  渋谷達紀「BBSアルミホイール事件最高裁判決」『ジュリスト』1119号(1997年9月)。

10  Report by the Panel reported on November 23, 1988 and adopted on November 7, 1989 (L/6439), Basic Instruments and Selected Documents, GATT, 36S/345.

11 小野前掲論文。

12 同上。

12.5. ガイドラインは商標権ベースの並行輸入妨害についてのものだが、特許ベースに準用できない理由は考えられない。

13 EMI v. CBS (1976), [1976] 2 CMLR 235.

14 Polydor v. Harlequin Record Shop, [1982] 1 CMLR 677.

15 First Report (Fina1) to the Committee on International Trade Law of the International Law Association on the Subject of Parallel Importation, Frederick M. Abbot, Co-Raporteur, April 1997。なお、本間忠良「並行輸入問題に関する国際法協会国際経済法委員会報告草案について」『TRIPS研究会報告書(平成9年度)』公正貿易センター(98年3月)。

16 Quality King Distributor, Inc. v. L'anza Research International, Inc., S. Ct., No. 96-1470 (1998). カンボヂャ、トリニダードトパーゴ、ジャマイカ、エクアドル、スリランカ(いずれも未批准)。米国通商当局があれだけ騒いで、やっとこの程度かと憮然とさせられる貧弱な成果である。米国最高裁はこのことに冷ややかに言及している。

17 たとえば、本件東京高裁判決に関して、小野昌延「特許と並行輸入」『AIPPI』40巻8号(1995年)、近藤恵嗣「BBS事件控訴審判決」『CIPICジャーナル』47号(1995年)、最高裁判決に関して、小野昌延前注5。知的財産協会特許委員会前注1などもそうである。

18 Nungesser & Eisele v. Commission (1982), [1983] 1 CMLR 278。  

 

 

 

 

並行輸入問題に関する国際法協会国際通商法委員会報告草案について 

                                            本間忠良(Working Paper 1998-3-9 

1.はじめに: 

 国際法協会(International Law Association、以下「協会」)は、世界の著名な国際法学者をメンバーとする伝統ある学会で、隔年定例会合を持つ(次回は98年5月於台北)。その国際経済法委員会(Committee on International Trade Law、以下「委員会」)は、協会と1年ずらした隔年ジュネーヴで会合することになっているが、TRIPS協定を主要議題とした95年6月会合で、委員会の作業プログラムとして並行輸入問題をとりあげた。

 96年8月の協会ヘルシンキ定例会合で採択された委員会報告書には、並行輸入をめぐる法的諸問題についての一般的議論が盛りこまれている。また、ヘルシンキでは、並行輸入に関する第1報告書予備草案が提出され、協会メンバーでシカゴ・ケント法学校のフレデリック M.アボット教授[1]が、委員会メンバーや業界の反応を取りいれてこれの改訂作業をおこなうことになった。予備草案は、また、96年、ミュンヘンのマックス・プランク研究所のワークショップにも提出されている。

 97年6月19日の委員会会合(於ジュネーヴWIPO本部)にさきだち、アボット教授の第1報告書最終草案が、加盟国・地域の業界団体をふくむ関係者に配布された[2]。アボット教授は、本件につき、WTO事務局や加盟国代表とも討議している。

 以上の経緯からあきらかなように、委員会の第1報告書最終草案は、単なる学説や私案ではなく、まだ最終決定に至っていないとはいえ、国家や国際機関、学会、業界のさまざまのインタレストを綜合して形成されつつある有力な組織の意思である。わが国政策決定の上で、十分な顧慮を払う必要があろう。

 2.委員会第1報告書最終草案(以下「最終草案」):

  A4版33ページからなる最終草案(英文)を以下に要約する(見出しは全掲)。不適切な要約や誤訳は私の責任である(脚注は私のコメント[3])。

 (1)並行輸入問題の定義:

  ある国の知的財産権者の同意によって、商品またはサービスが外国の市場に置かれた場合、彼が、輸入国の知的財産権を根拠として、かかる商品・サービスの同国への輸入を支配できるか。換言すれば[4]、ある国における商品・サービスの正規の第一販売first saleによって、国境を越えたそれらの流通に対する知的財産権者の支配権が消尽するか。

  @TRIPS協定のフォーミュラと著作権および実演権条約への拡大:

 TRIPS協定6条のメッセージは、(1)TRIPS交渉団が、知的財産権の消尽と並行輸入の問題を見落としたのではないこと、(2)交渉団がその問題でコンセンサスに至らなかったこと、(3)その結果、各加盟国はそれぞれが適当と思う方法で並行輸入を制限する権利を留保していることである。なお、96年のWIPO著作権条約および実演権・レコード条約はTRIPS協定6条と同等の規定を持っており、並行輸入問題に対する統一的アプローチについての合意が依然ないことを反映している。

  A現存の法的解決:

 消尽/並行輸入問題に関する立法、欧州司法裁や国家法廷の判例(96年のドイツ連邦最高裁ジーンズ商標事件判決に言及)および学説の立場は、次の3つに大別される:(1)知的財産権は国際的に消尽する(消尽の有無は、第一販売者が(a)輸入国の知的財産権者なのか、(b)彼と同一企業グループ内の他の組織なのか、(c)製造ライセンシーなのかによって決まる)(米欧のいわゆるcommon controlテスト諸判例に言及)。(2)第一販売者が、特定国への輸入についてライセンスしていないことを十分に告知していないかぎり、知的財産権は国際的に消尽する(米国Sanofi v. Med-Tech, 1983に言及)。(3)知的財産権は国際的に消尽しない(知的財産権の国際的消尽がなければ、権利者は、彼らの同意を得て外国市場に置かれた商品の輸入を阻止することができる)。

 B通商および知的財産権保護の底流にある諸原理:

 WTOの諸ルールはひとつのきわめて基本的な思想から導かれる。その思想とは、国内外における商品・サービスの移動に対する障壁の除去が、分業および生産・流通の効率を高め、その結果、商品・サービスの産出量を増加することによって、グローバルな経済的厚生を高めるというものである。

 知的財産権保護の政策的根拠は分野によって異なる。特許については、革新の促進とそれによる経済成長および社会福利の増進である。著作権については、著者や芸術家に経済的・人格的援助を与えることによって、彼らの労力を通して人類の幸福を高めることである。商標については、商品の正確な出所を保証することによって消費者の利益を保護するとともに、製造者のグッドウィルに対する投資を保護することである。

 国際社会の歴史的発展の結果、知的財産権は国家によって与えられ、統制されることになった。過去数世紀にわたって進化してきた知的財産権の国際的保護システムは、知的財産権者が、彼らの創造的活動がおこなわれた以外の国でも報酬が受けとれることを、また、商品の出所情報が、商品が国境を越えたことによって劣化しないことをめざしてきた。並行輸入を制限する諸ルールは、国際的知的財産権システムの属地的性格を利用し、市場を分割し、知的財産権者の潜在的な報酬を増大させるものである。

 C並行輸入の経済学:

 並行輸入の制限は製造者と消費者の利益のバランスにかかわる。両者の利益が相反する場合は、どちらの利益を優先させるかの選択がおこなわれなければならない[5]。並行輸入に関する経済的厚生最大化の問題を経験的調査によって解きたい誘惑はあるが、これはすくなくとも当面現実的ではない。まず、そのような少数の試みはあるものの、例証にとどまるものが多い(J. S. Chard & C. J. Mellor, Intellectual Property Rights and Parallel Importation, 12 WORLD ECON. 69 (1989); Warwick A. Rothnie, PARALLEL IMPORTS (1993); D. A. Malueg & M. Schwarz, Parallel Imports, Demand Dispersion, and International Price Discrimination, 31 J. INT'L ECON. 167 (1994)に言及)。つぎに、かりにもっと広汎な情報が利用可能になったとしても、そのような調査は、現在米欧が国際的消尽を認めていない状況を追認するだけで、国際的消尽が認められた場合に開放される潜在的市場を測定することはできないであろう[6]

(2)特許分野での並行輸入:

 @EU域内および米国内市場と特許分野での並行輸入:

 現在EUでも米国でも、特許ライセンスにともなう垂直的地域制限合意は、濫用にならないかぎり合法ということになっている(EU96年技術移転契約一括適用除外規則、米国95年知的財産権ライセンシング・ガイドライン、OECD, COMPETITION POLICY AND INTELLECTUAL PROPERTY RIGHTS (1989) に言及)[7]。しかし、EU加盟国と米国では、垂直的制限合意はfirst-sale principleによって限界づけられている。EU域内では特許製品の並行輸入制限はできないし、米国内では第一販売後の再販制限ができない。

 A国際市場と特許分野での並行輸入:

 EUは、その歴史を通じて、国境のない単一の共同体市場を作りあげ、生活水準の向上に成功してきたが、それは決して容易な道ではなく、とくに高賃金・高福祉地域にあって地域優先権を手放したくない加盟国政府の抵抗を抑えこんできた結果である(各国厚生政策の違いが、医薬品の価格を市場原理から乖離させていることに言及)。

 B目標と統合メカニズムにおける差異:

 WTOの目的も、国際市場において商品・サービス貿易の障壁を軽減し、それによってグローバルな経済効率を向上させようというものである。GATTをふくむWTOとEC条約の間には多くの共通点があり、たとえば、EC条約30条と36条は、GATTXI条とXX条(d)にそれぞれ対応するが、EUの全体的構造と統制的野心をWTOが共有していないことも確かである。TRIPS協定は、国家法を、WTOの広いマルチのシステムの枠内にハーモナイズしようとしたはじめての試みだったという点で画期的である。

 C経済発展レベルの不均等:

 Malueg & Schwarz前掲書は、並行輸入を許すと、製造者/ライセンシーが、途上国からの低価格並行輸入によって先進国での高価格を維持できなくなることをおそれて、途上国で価格を吊りあげたり、販売を停止したりするから、途上国にとって不利な結果になるばかりでなく、グローバルな経済的厚生も低下するという。しかし、途上国政府は、現に、並行輸入制限が、彼らの低価格製品を高価格の先進国市場から締めだすための非関税障壁として利用されることを懸念している。また、Malueg & Schwarzは、国際的な価格差別が国際的な資源の配分に与えるより広い影響を考えていない[8]。さらに、たとえば供給者が特許医薬品を途上国市場に売ることを拒否するなら、その時こそ強制実施権が正当化されることになろう。

 D私的な市場制限:

 予備草稿のコメンテーターの中には、知的財産権の一方的行使による価格差別ができないとなると、業者間の水平的価格協定がはびこるだろうという観測があった[9]。また、EUでは、域内消尽ルールにもかかわらず、さまざまの医療文化や政府規制の違いから、医薬品の価格差別が依然として存在しているという指摘もあった。

 E特許についての結論:

 特許権者が外国にライセンスする場合、ライセンシーが特許製品をライセンサー市場に直接販売しないという制限をつけることを好むというのは論理的である[10]。しかし、だからといって、特許製品の並行輸入を否定する理由にはならない。加盟国によって異なる競争環境が存在することは確かだが、だからといって、そのような差異が輸入割当ての根拠として認められたことは、GATT・WTOルール上一度もない。

 ここで、とくに医薬品業界から提起されているひとつの主張が注目に値する。薬価を低く規制している途上国で仕入れられた製品が、薬価規制のない米国に輸入されると、製薬会社は米国での高マージン販売を失うことになるというのである。しかし、それならば、その製薬会社は、途上国市場で、そこでの需要を満たすだけの量を販売すればいいのではないか[11]。また、もし途上国政府の薬価規制が輸出補助金の性格を持つものならば、GATTVI条とXVI条がまさにそれを違法としている。

 F富の配分効果:

 特許製品の国際的消尽が、先進国から途上国への富の移転をもたらしているという指摘がある。かりにこれが事実だとしても、それより地球共同体の利益のほうに優先権を与えるという立場もあるはずではないか[12]

(3)著作権および著作隣接権分野での並行輸入:

 著作物の並行輸入問題で最良のケース・スタデイが、書籍産業に関するオーストラリア価格監視局の調査である(Inquiry Into Book Prices, Australian Prices Surveillance Authority, 1989)。これによると、著作権にもとづく並行輸入制限が外国出版社によって利用され、オーストラリア向け書籍の価格が他市場向けより高くなっている[13]

 著作物の並行輸入問題でユニークなのがビデオ・カセットの貸与と放送である。まず、ビデオ・カセットのレンタルでは、統一的な first-sale ルールを作る前に、貸与権についてのハーモナイゼーションをおこなう必要があろう(Warner Brothers v. Christensen, ECJ 1988/90 に言及)。つぎに、実演と放送のライセンスには、外国での並行実演権や再放送権がふくまれないというのが判例である(Coditel v. Cine-Vog Films, ECJ 1980/82に言及)。

 ビデオ・カセットのレンタルや放送と違って、書籍、レコード、コンピューター・ソフトウエアのように有体物として公に頒布されている著作物の並行輸入制限については、価格差別以外の理由が認められない。

 (4)商標分野での並行輸入:

  商標にもとづく並行輸入[14]制限の正当化理由としては、さまざまのものがあげられている(John C. Hilke, FREE TRADING OR FREE-RIDING, 32 WORLD COMP. 75 (1988)Chard & Mellor前掲書に言及)が、並行輸入による消費者への被害という点では例証にとどまるものが多い(Hilke前掲書を引用)。米国とEUにおいては、二者間の垂直的商標ライセンス契約による販売地域制限が一定の条件下で許されている(米国Continental TV v. GTE Sylvania, 1977Consten & Grundig v. Commission, ECJ 1966に言及)が、その前提として国(域)内での消尽がある。ただ、いずれにおいても、国(域)外で市場に置かれた商標品については、common controlの場合以外、並行輸入を認めない方向にある(米国K-Mart v. Cartier, 1987と96年ドイツ最高裁ジーンズ事件判決に言及 )。

 ドイツ最高裁ジーンズ事件判決は、EU商標指令が、商標品の並行輸入に関しても、域内外を差別するものと理解しているようだが、商標に関するかぎり、EU市場とWTO市場とを区別する立場には説得力がない。商標分野での国際的並行輸入を制限するルールを支持する経済的・社会的議論はなかった。たしかに、製造者による流通市場の垂直的分割は、ブランド間競争を促進するという点で消費者の利益になろう。しかし、これは、あくまで並行輸入が価格差別を抑制するという文脈でしか成立しない。

 (5)私的制限の公的執行:

  特許、著作権、商標いずれについても、並行輸入を制限するルールを支持する議論のひとつとして、製造者による垂直的地域制限を国際的に執行することの困難があげられることがある。しかし、この発想は、契約の私法的執行を公法に転嫁しようというもので、経験的根拠に欠ける。

 (6)WTOおよびTRIPS協定の結果:

  @現存の法的枠組み:

 並行輸入を制限するルールはWTO・GATTの原則・構造・精神(とくにGATTXI条1項)に反する非関税障壁である。GATTXX条(d)の例外は、並行輸入を制限するルールが国家知的財産権を保護するため「必要」とはいえないという点で、XI条の適用を免れさせるものではない[15]。定義により、並行輸入品は権利者の同意によって市場に置かれたものである。権利者は究極的にブランド内競争をコントロールできる。並行輸入を制限するルールは価格差別を許し、これを強制するものだ。

 並行輸入の制限は、また、GATTIII条違反になるという議論がある。輸入品を輸入国の知的財産権を根拠として通関させないことは、とりもなおさず国産品優遇にあたるというのである[16]

 また、TRIPS協定16条による商標使用権の専有は混同を条件としており、同一商標・同一商品では混同の推定を受けることになっているが、商標権者の同意が混同の推定を破るという議論もある。著作権では、TRIPS協定、ベルヌ協定、WIPO著作権・実演権レコード条約いずれにも輸入権専有の規定がない。また、TRIPS協定2項(エンフォースメント)51条は加盟国に対していわゆる水際措置を義務づけたものだが、その対象はあくまでも使用・複製の許可を受けていない商品である。

 TRIPS協定6条を削除すると、協定の適正な解釈に関する重大な不確定性を導入することになる。

  A並行輸入規則への道――TRIPS並行輸入規則草案:

 予備的結論:並行輸入を制限するルールはWTOの原則に反する非関税障壁であること。かかるルールは、その社会厚生上の目的がその貿易制限的効果を上回ることが立証されないかぎり禁止されるべきこと。知的財産権者による流通市場の分割は、はるかに貿易制限的でない方法、つまり代理店の排他的テリトリーを設定する私的契約でできること。

 次の規則をTRIPS協定に追加することを提案する。

 規則草案(全掲):

 a. 基本則:

 加盟国は、商品やサービスが、知的財産権者の同意によっていずれかの加盟国の市場に最初に置かれまたはその他その所有権が移転された場合、知的財産権を根拠としてかかる商品やサービスの輸入を制限してはならない。

 b. 価格規制例外:

 加盟国は、公共の健康を根拠とし、かつ、内国人と外国人とを問わずすべての製造者に均等に適用される場合、特許製品や特許方法によって作られた製品の価格を制限することができる。ただし、かかる価格制限は、輸出市場における特許権者の権利を無効化または侵害すると推定される程度のものでなければならない。公共の健康を根拠として価格制限を課している加盟国の特許権者は、問題の製品上に、「本製品は政府の価格制限を受けており、輸出用ではない」ことを記述するラベルを添付し、または添付させることができる。

 輸出国の税関当局は、特許権者の明示の同意がないかぎり、かかる製品の輸出を禁止しなければならない[17]。また、特許権者がかかる制限を執行することを許す行政手続きが設けられなければならない。

 c. 音声映像例外:

 前項の目的上、音声映像作品の公の放送または実演は、加盟国における最初の販売または所有権の移転を構成しない。

 3.おわりに[18]

  以上の最終草案に対しては、97年6月19日の国際経済法委員会会合に先立って、複数の米国知的財産権関連業界グループから、アボット教授に対して、会合後により詳細なポジション・ペーパーを提出するから、それまで委員会が具体的な勧告をしないようにとの申し入れがあった。これらのグループは、予備的見解として、最終草案の結論に強く反対している。

 97年6月19日国際通商法委員会の内部討論の様子は非公開だが、いずれにしても、最終草案の細部についてのコンセンサスはまだ得られていない。前述の米国業界の申し出にもとづき、アボット教授は、委員会に対して、さらに関連業界の意見を徴すべきことと、委員会外のメンバーを加えた会合を持つべきことを提案し、これが可決された。(意見書は97年9月末締め切り、会合は98年7月開催の予定)。

 委員会の後、アボット教授は、委員会外からすくなくとも5通のコミュニケーションを受けとった。まず、2人のオランダの知的財産法学者が、最終草案を支持する見解とともに、オランダ政府が国際的消尽に関するECの政策に関する調査を開始しており、その97年4月会合のために作成された「知的・工業所有権の消尽に関する欧州委員会の分析ノート(フランス語)」とオランダ代表団が作成した「ECにおける知的財産権の消尽」という2文書の写しを送ってきた。つぎに、オランダに本拠を持つ欧州商人協会(EMA)が、商標品に関する国際的消尽を支持する意見書(欧州委員会および加盟国政府あて)の写しを送ってきた。つぎに、シドニー・テンプルトン卿(商標品に関する英国レブロン判決の執筆者)が、アボット教授の質問にこたえて、知的財産権のすべてにわたって国際的消尽を支持するむね通知してきた。また、最近受け取った製薬業会国際連盟(IFPMA)からの詳細なレポートが、医薬品市場の特殊性を理由に、並行輸入制限が正当化されるべきであることを強調し、最終草案が特許の社会厚生的利益に正当な評価を与えていないと言っている。さいごに、アイルランド貿易庁(Irish Trade Board)が、最終草案が知的財産権による地域分割の利益を過小評価していると言っている。                                                           以上


[1] Frederick M. Abbott, author of LAW AND POLICY OF REGIONAL INTEGRATION: THE NAFTA AND WESTERN HEMISPHERIC INTEGRATION IN THE WORLD TRADE ORGANIZATION SYSTEM (Kluwer/Martinus Nijhoff Publishers 1995) and co-editor of PARLIAMENTARY PARTICIPATION IN THE MAKING AND OPERATION OF TREATIES: A COMPARATIVE STUDY (Martinus Nijhoff Publishers 1994).   

[2] First Report (Final) to the Committee on International Trade Law of the International Law Association on the Subject of Parallel Importation, Frederick M. Abbott, Co-Rapporteur, April 1997.

[3] Comments of Professor T. Homma, Chiba University, Japan, dated May 30, 1997, on the First Report (Final) dated April 1997 drafted by Professor Frederic M. Abbott. 

[4] いちいち指摘しないが、以下各所で見られるように、最終草案においては「国際的消尽」と「並行輸入」の概念上の切り離しが不徹底である。97年の日本最高裁ベーベーエス事件判決は、二重利得論を根拠とする国際的消尽論を否定しつつ、国際的取引きの安全を根拠として並行輸入を認めた。欧州司法裁の諸判決も、比喩や引用として以外、消尽概念を使わず、すべてEC条約30条の物品自由移動原則によって判断している。消尽は、1世紀前、ドイツ法学が、絶対王政の遺制をとどめる知的財産権と、当時勃興中の国家産業社会とのつじつま合わせのために発明した概念だが、最近のグローバライゼーションの進展とともに、自縄自縛に陥っているのではないか。

[5] 並行輸入問題に関して、供給者と消費者を対立的に捉えるのはかならずしも正しくない。並行輸入制限によって社会がこうむるdeadweight loss(供給者および消費者余剰の損失)とそれによるgain(発明創作のインセンティヴや出所識別効果)を対立させるのが正しい。統一市場における最大化利潤は分割市場における最大化利潤の合計を超えないから、市場分割がかならず供給者の利潤を最大化するという初級経済学の定性的論理は、権利行使(各国で・・とくにEUでは15か国すべてで・・知的財産権訴訟に勝ち抜くための)コスト(1件10億円はかかる)との定量的比較をおこなっていない点で誤りである。並行輸入制限は、分割市場における需要関数の違いが十分に大きく、権利行使コストが十分に小さい産業――まさに医薬品産業――に特有の現象である。これを全産業をカバーする(一般的管轄権を持つ)知的財産権法制で実現しようとするところにエゴと無理がある。

[6] 逆に、いま並行輸入制限など考えてもいない半導体メモリーのような世界商品が市場分割の誘惑に駆られたときの通商歪曲ははかりしれない。並行輸入問題が経済測定や解釈法学の問題ではなくて、実はイデオロギー問題であることが(正しくも)示唆されている。

[7] 97年日本最高裁ベーベーエス事件判決は、「特許権者が、右譲渡の際に、譲受人との間で特許製品の販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を合意し、製品にこれを明確に表示した場合には、転得者もまた、製品の流通過程において他人が介在しているとしても、当該製品につきその旨の制限が付されていることを認識し得るものであって、右制限の存在を前提として当該製品を購入するかどうかを自由な意思により決定することができる」と言っているが、これは並行輸入制限をしてもいいと言っているのではなく、かかる合意・表示が濫用や独禁法違反にならないことを保証しているのでもない。

[8] このモデルは企業の戦略的行動としても疑わしい。途上国で価格を吊りあげることは、そこでの利潤最大化価格から離れ、ロスをこうむることを意味する。途上国でのロスと先進国でのゲインを比較することになるが、一般には途上国市場での需要の価格弾性値のほうが大きいから、途上国でのロスが先進国でのゲインを上回るだろう。

[9] だから、EC条約30条と85条1項が機能的に補完しあっているのである。

[10] 「論理的」というのは言い過ぎであろう。特許権者は、制限なしの非独占ライセンス(安いロイヤルテイx大きい産出量)と、制限つきの独占ライセンス(高いロイヤルテイx小さい産出量)の間のどこかにある利潤最大化点を選ぶ戦略的自由を持っているというのが正しい。

[11] 96年米国連邦取引委員会スタッフ・レポートは、医薬品セクターで、地域的市場分割によって過剰な生産能力が発生しているという指摘を引用している。Federal Trade Commission Staff Report, ANTICIPATING THE 21ST CENTURY-- COMPETITION POLICY IN THE NEW HIGH-TECH, GLOBAL MARKET PLACE, Volume I (U.S. Federal Trade Commission, May 1996), at 8.

[12] この説明は不十分である。特許権者にとって、製品市場の喪失はロイヤルテイ収入によって補なわれる。だから富の移転ということはない。並行輸入問題は南北問題ではないのである。

[13] オーストラリアからの留学生によると、これはカナダなどほかの英語国にも共通する問題だが、日本人は英語が不得手という自然障壁のため(thanks to)、著作権による並行輸入制限問題にあまり敏感でない由である。

[14] 米国ではある種の予断をもってgray market と呼ぶ。

[15] 97年日本最高裁ベーベーエス事件判決が言っている「特許権者は、『合意・表示がある場合を除いて』、特許権の行使ができない」の反対解釈として、最高裁が言っていない「特許権者は、『合意・表示がある場合』、特許権の行使ができる」を導くことができるという議論がある。つまり、特許権者が特許権を行使できることが原則なのであって、「合意・表示がない場合」という例外条件が満たされない場合、つまり「合意・表示がある場合」、法は原則に復帰して、「特許権者は特許権を行使できる」状態になる・・というのである。だが、「特許権者は、いかなる場合でも、特許権を行使できる」という法原則はない。特許権者は、法がそれを許す範囲に限って、特許権を行使できるにすぎない。そこで、本件の判決において、最高裁判決がなにを原則と考えているかを探ってみよう。問題個所を再掲する。

 「現代社会において国際経済取引が極めて広範囲、かつ、高度に進展しつつある状況に照らせば、我が国の取引者が、国外で販売された製品を我が国に輸入して市場における流通におく場合においても、輸入を含めた商品の流通の自由は最大限尊重することが要請されているものというべきである。そして、国外での経済取引においても、一般に、譲渡人は目的物について有するすべての権利を譲受人に移転し、譲受人は譲渡人が有していたすべての権利を取得することを前提として、取引行為がおこなわれるものということができるところ、前記のような現代社会における国際取引の状況に照らせば、特許権者が国外において特許製品を譲渡した場合においても、譲受人又は譲受人から特許製品を譲り受けた第三者が、業としてこれを我が国に輸入し、我が国において、業として、これを使用し、又はこれを更に他者に譲渡することは、当然に予想されるところである」。

 最高裁は、「輸入をふくめた商品流通の自由」という価値を判決の基礎においている。これはGATTXI条とXX条(d)の優劣関係と整合する。並行輸入を阻止できないことが原則で、阻止できることが例外なのである。反対解釈は成立しない。なお、前注4、7参照。

[16] 最終草案は、この議論をWTO事務局員の発言として紹介しているだけで、とくに評価を与えていないが、私はかなり有望な議論だと思う。消尽論やfirst-sale principleは、もともと制定法ではなく、国家法の法源の一部である条理(rule of reason)に由来するものである。これを国産品に適用して輸入品に適用しないことは、あきらかにGATTIII条(内国民待遇)違反である。同じことがGATTI条(最恵国待遇)についてもいえる。この点で、並行輸入に関するEUの内外差別は、EUレベルではIII条違反、加盟国レベルではI条違反である。それぞれTRIPS協定3条、4条違反でもある。ウルグアイ・ラウンド中、ECはこれを意識して、消尽に関してはECを一国とみなす旨の脚注を提案していた。この脚注ははじめ事務局の過誤で削除されたものだが、結局復活できなかったという交渉経緯が、これらの違反についてECを免責するというコンセンサスが成立しなかったことを物語っている。

[17] このような輸出規制は現実には不可能である。アボット教授の真意は、米国製薬業界へのリップ・サービスにあるように思われる。

[18] Professor Abbotts facsimile to Professor Homma dated January 4, 1998.