MP3 RIAA gnutella ファイル・シェアリング アナーキズム 知的財産推進計画 輸入権 カザー モーフィアス p2p DMCA CBDTPA 

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本間忠良 衝撃の新刊 知的財産権と独占禁止法−−反独占の思想と戦略

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論文とエッセイ(日本語) Theses and Essays (in Japanese)

仮想マガジン「インターネット評論」試作号(日本語)INTERNET REVIEW (Trial Issue) (in Japanese)

情報革命についてのエッセイとゴシップ(日本語) Essays and News on Information Revolution (in Japanese)

Theses and Essays (in English)

Working Paper (05-8-11)

このページはひどく長くなってしまったので、いちいち更新するのはあきらめて、新しい情報は下記講演で扱っています。

映像コンテンツと競争法ーーテレビ映像コンテンツのインターネット配信

知的財産権と競争法−−Illinois Tool判決、完全価格差別、情報化時代

デジタルコンテンツと競争政策−−ポップ・カルチャーと著作権のマイクロ・マネジメント

デジタルコンテンツの覇権をめざすインターネットの競争戦略 ――「自動公衆送信事業者」の政治武装・法武装のすすめ

 

ネット音楽とアナルコ・キャピタリズム

本間忠良 

目次

1.問題の本質

2.MP3事件

3.ナップスター事件

4.レジット"legit"狂騒曲

5.ネット・アナーキズム

6.反革命の波

 6.1.デジタル・ミレニアム著作権法(DMCA)−−牙を剥いた著作権

 6.2.CD輸入権−−情報鎖国への道

 6.3.デジタル権管理システム(DRMs)−−統制への技術 vs 自由への技術

 6.4.著作権膨張の限界−−苦悩する米国

 6.5.著作権テロ−−情報恐怖時代きたる←←NEW

7. あたらしいポピュリスト・アートの予感

1.問題の本質

 ウォールストリート・ジャーナル紙(The Wall Street Journal--"WSJ")は、全米レコード産業協会(Recording Industry Association of America--"RIAA")会長(当時)ヒラリー・ローゼン(Hilary Rosen)女史と、ネット音楽ソフト大手リアル・ネットワークス(RealNetworks)会長ロブ・グレーザー(Rob Glaser)氏の対談を伝えている(1)。以下は私の要約である。

 グレーザー: レコード店はバック・カタログを置かない。1分しかかからないで、年中無休、24時間オープン、世界中、古今のストックが全部あり、それがシングル盤で手にはいるというレコード店が(ネット配信の)ほかにあるだろうか。ネット配信は、音楽を、いままでよりもっと、大衆にとって身近か(accessible)なものにする。CDがなくなるとは思わない。ネット配信は、1つか2つのメジャーを追加するか、それとも多数のミニ・メジャーを作りだすという意味で、追加的なものだ。音楽業界の成長は止まっているが、インターネットの成長率は100%だ。早晩インターネットが追い越す。RIAAの対MP3/ナップスター(Napster)訴訟は市場の変化を遅らすだけだろう。

 ローゼン: みんな音楽は何かほかのことをしながら聴くものだ。音楽はほかの商品と違って、排他性がない。たしかに、グレーザー氏がいうように、いままで、レコード会社とアーチストは、音楽をパッケージで売ってきた。出したアルバムの60%はレコード会社の在庫になって眠っている。マーケティングもレコード店むけで、消費者むけではなかった。これからは直接消費者へいく。ただ、アーチストは、依然としてレコード・ディールを望んでいる。善悪はともかく、レコード会社はアーチストを育てているのではなく、需要を創造しているのだ。アメリカ・オンライン(AOL)が、巨大な放送網を持ち、EMI吸収を企図している(2)タイム・ワーナー(Time Warner)を吸収したことで、レコード会社とインターネットの関係は複雑なものになってきた−−この傾向は今後も続く。これからは、ロイヤルティ、パッケージング、技術的プロテクト、ビジネス・モデル、アーチスト・パートナーシップなどの点で、消費者の選択がますます多様化していくだろう。需要創造を担当する人はなくならない。レコード業界とインターネットの提携が進む中で、アンフェアな競争者を野放しにしておくと、市場の発展をむしろ遅らせることになる(「燃え尽きた?タイガー・ウーマン、ヒラリー・ローゼン」『インターネット評論』参照)。

 インターネットは市場全体を拡大するか−−ネットと在来店舗はゼロ・サム(zero-sum)関係か? 音楽がウイン・ウイン(win-win)関係にあることを、上の2人とも認めている。音楽は「ながら商品」だから、価格が安く、入手しやすくなれば1日中でも流している。書籍はどうか。書籍は「ながら商品」ではないが、インターネットで、安く、入手しやすくなれば、いまの1日平均読書時間が倍になるかもしれない。

 必需品でない書籍やCDの価格は、なににもまして需要によって決定される。どうせ読み捨ての雑文に3000円払う気はしないし、ハードカバーでは置くところもないので図書館で読む。CDアルバム1枚3000円、ネット配信1曲350円など、いずれも需要を無視したコストからの恣意的な積み上げによる価格設定である、だから、みんなラジオやナップスターに走る。膨大な宣伝費とアイドル飼育費という固定コストの経営圧力で、学術書のような小口出版は採算がとれなくなっている。いまの出版・CD不況は、再販制のため均衡価格が形成されない非市場経済システムの失敗−−そしてケータイやパソコンのような自由市場商品との競争に敗れた結果である。

 代理店が中抜きされるといって騒がれているネット旅行サービスもゼロ・サムではない。航空運賃やホテルが安く、便利になって、旅行者というパイ全体が大きくなっている(3)。これが情報(IT)革命の基本原理である。これが分からない産業や企業は革命のダイナミズムに蹂躙される。 

2.MP3事件

 2000年初頭、情報j革命の未来を占うかのような一連の事件があわただしく起こった。1月、ポピュラー・ミュージックのウエブ・サイトを開いているMP3.com(1997年サンディゴでマイケル・ロバートソン(Michael Robertson)が設立)が開始したサービスMyMP3.comは、ユーザーが、自分のデジタル音源をサーバーにアップロードし、保存することを可能にする。音源は、当面はCDだが、独立系アーティスツによるオリジナル音源もある(レコード会社と契約していない独立のミュージシャン約15万人による約97万曲を保有)(4)。デジタル音源処理は、スタンド・アローン・レベルでは、すでにリアル・ネットワークスやミュージック・マッチ(MusicMatch)がジュークボックス・ソフトウエアを販売していたが、MP3はこれをインターネットにのせた点で一歩法律問題に踏みこんだ。

 保存した音楽を再生するためにはパスワードが必要だが、複数のユーザーがパスワードを公開することによって音楽そのものを共有することができる。再生といっても、HDDにダウンロードはできない――しかし、それができるリッパー・ソフトはいくらもある。たとえばリアル・ネットワークスから著作権侵害で訴えられているストリームボックス(StreamBox)など。サービスは当面は無料(広告収入だけ)だが、いずれ有料の会員制にする予定だった。

 ユーザーが自分のCDをCD-ROMドライブにかけると、そのタイトルがMP3の音源データベース(現在すでに8万タイトル)にある場合は、それが自動的にサーバー中の彼のアカウントに書きこまれる。CDをMP3提携店で買った場合も、そのデジタル・コピーが彼のアカウントで再生可能になる。自分のCDをオンラインから再生する理由は、携帯端末などでCDを持って歩かなくてすむということだろう。ユーザー間のパスワード共有はMP3が奨励しているわけではない。むしろ同じアカウントを複数のユーザーが同時使用すれば一方が待機させられるようになっている。MP3は、ユーザーが、共有パスワードで、自分が持っていないCD音源を再生しても、彼が著作権侵害になるかもしれないだけで、MP3には責任がないという立場。

 1月末、レコード会社10社が、全米レコード産業協会(RIAA)を通して、MP3.comを提訴(差止めと60億ドルの損害賠償請求:ニューヨーク州連邦地裁)。RIAAは、MP3が、ユーザーがアップロードした音源を、著作権者に無断でデータベース中に複製していると主張。MP3は「ユーザーの公正使用権をサイバー・スペースにまで延長しているだけ。音楽カルテルは新技術圧殺の長い歴史を持っている」として反発。ある弁護士は、「このサービスは、町のコピー・ショップで、顧客自身ではなくて、店の人がかわりに本をコピーするサービスと同じだ」と言っている。

 4月、ニューヨーク連邦地裁は、MP3が、大量のオンライン音楽データベースを商業目的で編集することによって、著作権を侵害しているという略式決定を出した。MP3は抗告しつつ、かなりの大金(数千万ドル)払って和解工作中のところ、9月、地裁は、MP3が著作権を故意に侵害していると判決、MP3に対して、未和解のユニバーサル(Universal)に1タイトルあたり2万5千ドルの賠償を支払うよう命じた(総額数億ドルにおよぶもよう)。問題は、MyMP3サービスでは、実際にユーザーがCD音源を圧縮してアップロードするのではなく、MP3が8万枚のCDをあらかじめ買って、自分のサーバー上にデータベースを作成していた事実にある。ユーザーが自分のCDをドライブにセットすると、MP3はそのシーリアル番号を読みとって、データベースにある同タイトルの再生権を与える。また、オンラインでCDを買ったユーザーに、CDがまだ届かないのに再生権を与えている。

 11月14日、MP3は最後まで残っていたユニバーサル・ミュージックに5,340万ドル(損害賠償と訴訟費用に相当)支払う「裁定」に同意した。ちなみに他の原告(EMI、ソニー、ワーナー、BMG)とは各2千万ドル(推定)で和解している(最恵約款つき−−これを顧慮してMP3自身が和解ではなく裁定といっている)。これで5大レーベルからの訴訟はすべて決着、MP3はレコード会社からのライセンスによる有料サイトに変身した(gone "legit"--"legit"はlegitimate(合法的)の蔑称)。2001年5月、ユニバーサルの親会社ビベンディ(Vivendi)が、MP3の技術とカスタマー・ベースを評価して、同社を3億7,200万ドルで買収すると発表。

3.ナップスター事件

 こうしている間の2000年2月、もうひとつの事件が起こった。ナップスター(Napster)は、カレッジ・ドロップアウトのショーン・ファニング(Shawn Fanning)が1999年はじめたオンライン・サービスだが、これが学生たちの間で大人気となり、ニューヨーク大(NYU)やカリフォルニア大バークレー校では(著作権問題のためではなく)大学の回線が麻痺するのをおそれて、これの学内使用を禁止したほどである。RIAAとレコード各社がナップスターを訴えた(差止めと損害賠償:サンフランシスコ連邦地裁)。

 ナップスター・システムは本質的にはサーチ・エンジンとファイル・シェアリングの組み合わせである。これは、ユーザーがナップスター・ソフト(無料)を起動して、自分がほしい音楽のタイトルを入力すると、ナップスターを起動している他のPCをサーチして、目的の音楽(無料のripperソフトでMP3フォーマットに圧縮したもの)を発見してリストアップする。ユーザーがそれをダウンロードする。ナップスターは、MP3とちがって、自分のサーバー上に音楽ファイルを持たない。複数のユーザーが情報を共有するというだけのシステムである。ナップスターのサーバーは、巨大なインデックスを不断にアップデートしているだけである。ナップスターは全盛期でもまったく金を稼いでいなかったが、その膨大な顧客ログ(一人一人の音楽の好みまで分かる)に広告業界や当のレコード業界からの熱い視線が注がれていた。ナップスターでは、それまでほとんど不可能だった古いマイナーな曲の再発見が容易だった。ナップスターの本質は、それがレコード会社の所有するコンテンツを盗むとか盗まないかという話ではなく、それが可能にするコンテンツの広がりにある。ナップ スターで交換されるコンテンツの大部分が、レコード会社ではもう売っていない曲である(5)

 RIAAは、ユーザーが、@海賊版CDをアップロードしているか、A公正使用を超えているかのどちらかであり、それを助けるナップスターが寄与侵害者だという立場である(米国には日本のような「送信可能化権」はない)。「しかし、音楽産業の中には、法廷では決着がつかない文化的な戦いが起こっているという見方もある。いまのティーン・エイジャーが、音楽は本来無料だという認識で育っていったら、著作権はいずれ執行不能になるだろう」。カリフォルニア大バークレイ校のパメラ・サミュエルソン教授(Pamela Samuelson--著作権過保護の批判者)は言う:「お客に逃げられる最良の方法は、お客を泥棒呼ばわりすることだ」(6)

 5月、サンフランシスコ連邦地裁は、ナップスターの主要4抗弁のうち、1)ナップスターが情報の単なる導通管にすぎず、連邦法で免責されている通信会社と同じだという抗弁(導管(conduit)理論と呼ばれる)を却下するとともに、2)ナップスターが海賊版使用者を除名していたからそれ以上の責任はないという抗弁を、別アカウントで再加入するのを防止しなかったし、アドレスを記録しなかったという理由で却下した(ナップスターは以前はアドレスを記録していたのだが、botによるデータ流出を恐れてやめていたのだ)。もっとも、残る3)サーチ・エンジン抗弁(通信会社と同様の免責)と、4)合法使用者抗弁(ユーザーは海賊ばかりではない)については別に決定される。もうひとつ、メタリカ(Metallica)というロック・グループも訴えていたのだが、ナップスターは単にこれをインデックスから削除することで対抗した。

 8月、地裁はRIAAの仮処分申立て(ナップスターの即時停止)を認めたが、巡回裁がこれを覆したため、この余裕を利用して、ユーザーが一気に音楽交換に走った。2001年2月、巡回裁が地裁仮処分を一部修正して容認、3月、地裁はレコード会社が指定した曲目の選別停止を命令、さらに7月、選別停止が不徹底として、交換サービスの全面停止を命令したが、ナップスターが抗告、第9巡回裁は、巡回裁による実質問題判決まで、地裁命令を暫定的に撤回した。

 これで問題が終わったわけではない。ナップスターと同等ないしそれ以上の機能を持つ無料サイトはいくらもある(ナッピゲーターNapigatorやオープンナップOpenNapなど−−コミュニテイ・サイトのモジョ国(Mojo Nation)は私幣(Mojo)で料金を徴収−−後述するカザー、グロックスター、モーフィアスなど、ナップスターの弱点だったディレクトリー・サーバーを持たないいわゆる第2世代のファイル交換サイトが有力)。ナップスターの利点はメンバー数が多いことだけだった(収穫逓増則)ので、有料化によって脱退者が増えると逆二乗的にこの利点が失われる(7)

 他方、2000年10月、ナップスターとベルテルスマン(Bertelsmann--ドイツの出版超大手。著作権エスタブリッシュメントの代表格だったが、最近までネット・メディアに接近中。AOLとの提携は挫折)が、ナップスター・サービスの有料"legit"化(会員制、月5ドル?)と引き換えに、ベルテルスマンが資金を提供するという提携にはいって世間を驚かせた。すくなくともベルテルスマンは、2年で会員6,000万人というナップスターの急成長に、有望なビジネス・モデルを−−「革命」を−−見たのである。「見た」と過去形で言ったのは、2002年7月、ベルテルスマンが、情報革命派の星トマス・ミッデルホフ社長を解任して守旧路線に急復帰、同時に、ベルテルスマンによるナップスター買収も音楽業界の反対で挫折して、すべてが振り出しに戻ったからである。2002年11月、ロキシオが5百万ドルでナップスターを買収(訴訟債務は引き受けていない−−判事も同意)。ロキシオはCDバーナー・ソフトの大手だけに、ナップスターの技術や名前をどう使うか注目される(後述)。

 係属中のナップスター訴訟では、被告ナップスターが、抗弁の一部として、原告レコード各社が合弁でネット配信会社(プレスプレーpressplayとミュージックネットMusicNet)を作り、ナップスターをふくむ外部の配信会社に対して音楽ライセンスの供与を拒絶ないし妨害することによって、共謀して市場独占をはかっているという反トラスト法違反主張をおこなったのに対して、原告がその棄却を求めていたのだが、前年ナップスターによる著作権寄与侵害を認めた同じ裁判官が、2002年2月、原告の申立てを却下して、本案移行、したがってナップスターによる証拠要求(ディスカバリー)を認めた。これはもちろん最終判決ではないが、ディスカバリーによって音楽産業内部のドロドロが一気に世間の眼ににさらされることになる。強い知的財産権法と強い競争法を対峙させ、クリエーターとユーザーの利益の抑制均衡をはかるという米国「技術と競争」システムの真髄がみえてきた(8)

4.レジット"legit"狂騒曲

 2001年4月、米国3大レーベル--AOLタイム・ワーナー、ベルテルスマン(BMG)、EMI(以上3社シェアあわせて40%)--が、ミュージックネットという会員制プラットフォームを構築するため、音楽配信大手のリアルネットワークスと合弁会社を作った。リアルネットワークスは、1年前から内部で暖めて(incubateして)いたミュージックネットを別会社に切り離し、新会社株式の40%を所有、グレーザー会長(前出)が新会社CEOに就任、3社がそれぞれ少数株主になって、音楽の会員配信ライセンス(非排他的)を新会社に付与する。6月、ナップスターは、ベルテルスマンからの資金援助で開発中の課金システムの開発成功を条件として、3社から音楽交換ライセンスを取得、ミュージックネット体制の軍門に下った(9)

 2001年12月、遅れ遅れになっていたミュージックネットがついにサービスを開始、リアルネットワークスの音楽ダウンロード・ソフト・リアルワン(RealOne)を使って、ワーナー、EMI、BMDレーベルのネット配信をはじめた。リアルワンでは、月$10(ほんとうは$9.99だが、本稿ではすべてラウンド・ナンバーにしている)の会費でストリーミング100曲までできるが、ハードディスクにダウンロードした音楽は1か月で消える。PCから音楽携帯端末へのコピーができないし、自分の好きなアルバムを焼く(burn)こともできない(10)。価格はほかの会費制と比べてまあまあの相場(邦盤とくらべたら2桁安い)。AOLも1週間おくれでおなじサービスをはじめたが、トップもあまり期待している風にはみえない(11)。もっとも、さっそく、コンパック(Compaq)のプレサリオ(Presario)が、いままでのマイクロソフト・メディア・プレーヤー(Microsoft MediaPlayer)を振って、リアルワンへのリンクをデスクトップの初期画面にのせることした(ここ経由のリアルワン・サブスクリプション料金の一定率をもらう(12)−−昔ならマイクロソフト(Microsoft)の報復をうけるところだが、マイクロソフト訴訟の最近の展開で可能になった(13))。

 のこり2大レーベル−−ソニーとビベンディ・ユニバーサル(シェアあわせて47%)−−は、合弁会社プレスプレー(pressplay)を設立、レジット・システムを共同で開発、夏からサービス開始の予定だった(14)が、これも大きく遅れて、12月21日、ヤフー(Yahoo!)、MSN、ロキシオ(Roxio)を通じて配信を開始した(ユニバーサル傘下のMP3.comも遅れて参加)。マイクロソフトのメディア・プレーヤーをデフォルトとして使い、ウインドウズ(Windows)のデジタル権管理技術(digital rights management system--"DRMs")とロキシオのCD「焼き」技術を採用している。HDDにダウンした音楽は消えないが、音楽携帯端末へのコピーはできない。会費しだいでCDに焼くことができる(曲数限定)。月会費は、基本プラン(300曲ストリーム、30曲ダウン)で$10、ここからシルバー、ゴールドと上がって、プラチナ・プラン(1000曲ストリーム、100曲ダウン、20曲焼き)で$25まで4プランある(ほかに年$180も)(15)

 スタートから半年たった時点では、とくにミュージックネットの難航ぶりが目立ち、前途が危ぶまれていた。会員やっと4万人。株主のレコード会社はともかく、その先のプロダクションからライセンスがとれない(レコード化権とデジタル化権は別料金という理論)どころか、古いヒット曲では権利の所在すらわからない。サービス・レベルでプレスプレーに差をつけられているが、これに追いつくためのミュージックネット 2.0がまだスタートできないという惨状だった(16)

 スタートから2年たった2003年2月、出遅れていたミュージックネットに意外な転機が訪れた。最近の業績不振とブロードバンド対応の遅れにあせったAOLが、ミュージックネットと全面的に提携して、ミュージックネット・オンAOLという本格的な音楽配信サービスを始めたのである。5大レーベルぜんぶ、ビルボード誌トップ200曲の半分(年末までには100%目標)をふくむ26万曲をカバー。月$4のリミテッド・サービスは、ストリーミングとハードディスクへのダウンロードが各20曲、月$9のスタンダード・サービスは、ストリーミングとハードディスクへのダウンロードが無制限、コンピューター2台までOKだが、他のデバイスへのコピーや送信は不可。月$18のプレミアム・サービスは、スタンダード・サービスに加えて月10曲CDが焼ける。このCDはコピーコントロール欠陥CDなどではなくフィリップス規格の正規CDなので、コピー、送信、MP3変換もできる。ほかにAOLブロードバンド接続とコンテンツのバンドル、シングルCD焼きなどこまかい料金体系がある。

 2003年5月、発足後3年たってまだ5万人ぐらいしか会員を集められなかったプレスプレーにも皮肉な転機が訪れた。すでにナップスターの資産を買っていたロキシオ(前述)が、約3千万ドルでプレスプレーを買収、プレスプレーの音楽ライセンスを使い、ナップスターの名前で音楽配信を開始する(ナップスターの創始者ショーン・ファニングは2003年初以来ロキシオの顧問に就任している)。料金や制約条件はまだ発表されていないが、CD焼きシステムの張本人で商売上手なロキシオのことで、楽しみである。だが、ナップスターをつぶしたレコード業界が希望の星として市場に送り出したレジットの尖兵プレスプレーが消え、名前の上だけでもナップスターが復活したことに、音楽産業はなにか啓示を感じないだろうか。レコード会社が音楽配信会社を所有していることについて反トラスト法違反容疑で調査していた司法省の役割りを評価する声もある(16.3)。

 ヤフーやマイクロソフトと組んでいるプレスプレーが25万曲、料金はスタンダードでミュージックネットより$1高いが、プレミアムではおなじ。独立系の音楽配信リスン・ドット・コムのラプソデーは28万5,000曲、無制限ストリーミングで月$10、CD焼きが3月末まで1曲50セント(それ以後$1)。リアルワンはいまのところ遅れぎみ。オンデマンドではないがオンライン・ラジオのミュージックマッチ(MusicMatch)は12万人の会員がいて月$3‐5である。なんといっても圧倒的なライバルは無料音楽交換のカザー(後述)で、会員がすでに6,000万人に達している。ただ検索のスピードやディレクトリーの信頼性ではあきらかにミュージックネットが勝る。

 カザーのような音楽交換が違法か合法かという神学論争はさておいて、経済的観点だけからアモーラル(amoral 無道徳的)にみると、この品質の差が適正料金なのだろう(リカードゥ地代論の応用)が、現レジット各社の料金はまだまだ高すぎて、カザーの優位は当分動かないだろう。ストリーミング料金はそろそろ射程にはいってきたので、中高年層をある程度吸収できるかもしれないが、コピー、送信、CD焼き、MP3変換の料金がまだまだ禁止的で、CDを店で買うのとおなじ値段である。これでは若年層がついてこない。

 ただ、これまでタブー視されてきたシングル売りを、アルバムとおなじ価格でやるというのは、音楽産業の内部改革につながる可能性がある。人気の単位が人ではなく曲になるのだ。何百万ドルの宣伝費をかけてたった一人のスーパースターをむりやり作りあげ、アルバムを何百万枚も売るという重い商売から抜けだせれば、いままでスーパースターの影に隠れて芽がでなかったナンバー2や3のアーティストが日の目をみて、停滞しきった音楽産業に新風を吹きこむかもしれない(16.5)。もっとも、現実は逆で、いま、音楽産業のスター信仰は弱まるどころか、いままでその弊害と無縁だったクラシック音楽の世界まで汚染しつつある(16.7)

 いま、音楽レジット・システムの開発競争は複雑な様相を呈している。いずれのレジット方式についても、音楽産業は、課金徴収だけでなく、ダウンロードした音楽の媒体(CDR、MD、DVD、メモリー・スティックなど)へのコピーを1世代に限定するいわゆるSCMS(serial copy management system--いまでもMDについている)もやっている。また新ナップスターの音楽交換方式に対しては、許可されていない曲目を自動的に排除するシステムを要求しているらしい。どちらにしても、PCハード・メーカーの協力が必要なのだが、こんな性能抑圧装置のためコストアップ(結局はコピーなどしない人もふくむ全ユーザーが負担する)になるので、PCメーカーは嫌い抜いている(ドイツのように法律で義務づけている国もある)。

 そこで、レコード各社は、ソフトだけでできるコピー・プロテクションをいろいろ試しはじめている。欧州のポップ歌手ナターリャ・インブリューリャ(Natalie Imbruglia)のWhite Lilies Islandから始まって、すでにいくつかのCDアルバムが、機器によってはプレーできなかったり、10秒程度で中断したりということで、訴訟まで起こっている(17)。2001年12月、ユニバーサルが全米はじめてコピー制限CD(copy-control CD--CCCD)を発売した。これはオーディオ装置では再生できるが、PCやゲーム機では再生できない−−したがってMP3フォーマットに圧縮できない。これでナップスターや後述のグヌーテラ(gnutella)への供給源を根元から断てる。だが、発売直後に発表されたRIAAのアンケート調査によると、回答者の79%が、「クリスマスにもらうのならアルバムがいい」と答えている(18)。業界は、権利主張に急なあまり、顧客を市場の外に追いやってるのだ(ナップスター事件に対するサミュエルソン教授の警告「お客を泥棒だと思っている」を想起されたい)。MP3.comの創立者マイケル・ロバートソンは、「CDがネット音楽と競争しなければならないときに、CDの性能を落として自滅への道を走っている」と、レコード業界の愚かさを指摘する(19)。ハリウッドも同じようなことを考えていて、2日で情報が消えてしまうDVDを提案しているが、これでは大量の廃棄物がでるとして環境グループが猛反対している(19.5)

 いずれにせよ、このような性能抑圧(欠陥)は、商品上にはっきりと表示しないと不当表示になる。また、基本特許群をベースとしてCDの技術標準を確立したオランダ・フィリップスが、このような欠陥CDの出現に強く反対しており、先行きは予断を許さない。ただフィリップスの基本特許群がそろそろ切れはじめており、CDの世界互換性(どこで買ってもどこでも再生できる)は古きよき時代の夢になるかもしれない(20)

 ナップスターの後継者として6,000万人の会員を擁し、音楽業界から訴えられている無料音楽ファイル・シェアリング・サービスのカザー(「カザーは生き残れるか?−−国家権力と戦う無国籍ネット」『インターネット評論』参照)が最近オンラインで配布したソフトの中に、ユーザーが希望しないソフトが冷凍状態で抱き合わされており、これが近々サーバーからの指令で解凍され、有料音楽配信サービスのアルトネット(Altnet)として立ちあがるのだ。この配信業者は、もともとカザーと資本的なつながりがあり、それでこんな提携になったらしい(訴訟対策でもあろう)。もちろん、アルトネットが立ちあがっても、それを使うかどうかはユーザーのオプションだが、問題は、いままでウインドウズのアップグレードのたびに問題になっていたのと同じく、新システムによる旧システムへの妨害が起こらない保証があるかどうかである。アルトネットの開発者はそれが理論的にはありうると言っており 、カザーのユーザーたちは、またまた「sneakware」(「寄生虫ソフト」とでも訳すのかな?)」だと怒っている(21)

 音楽産業の眼がOSにも向いている。マイクロソフトは、ウインドウズXPのライセンス(シュリンク・ラップまたはダウンロード時の「I agree」ボタン(22))に、著作権保護と課金可能の保安システム('secure' system)を抱きあわせている。AOL、ベルテルスマン、IBM、サンマイクロなど反マイクロソフト陣営は、リアルネットワークスをバックアップして、デジタル権管理(DRM)が可能なXMCL(extensible media commerce language)と、それにもとづくメディア・ソフトのリアル・プレーヤー(RealPlayer)を開発した。他方、マイクロソフトは、XRML(extensible rights markup language)を採用、MP3より高性能で、デジタル権管理(DRM)に適したレジット方式ウインドウズ・メディア・プレーヤー(Media Player)をウインドウズXPにバンドルした(23)。次世代のウインドウズ・ロングホーンが究極のDRMsだといううわさが流れ、マイクロソフトが必死にこれを打ち消している(23.5)。いずれにせよ、事実上の技術標準(CODE)(24) による締めつけが強化されつつある。

 映像でも、ヒューレット・パッカードが、2002年クリスマス・シーズン、若者むけに発売したPCは、あたらしいウインドウズXPメディア・センターを搭載してるが、これがひどく重いDRMsを持っていて、テレビ番組をキャプチャーできるが、ほかのPCではプレーできないということで、その成否が注目されている(24.3)(と、おとなしく言ったが、じつは、またまた「公正使用」キラー・マシーンということで、非難轟々である(24.4))。

 もっとも、これもリナックス(Linux)で迂回できてしまうから、かえって6,000万人のナップスター会員をふくむユーザーのウインドウズ離れを加速することになろう(24.5)。課金だけならともかく、SCMSや曲目除外システムのような小道具のために(これによる著作権侵害抑止−−そして創作へのインセンティヴ--がどれほどのものかまことに疑わしいのだが−−)、音楽産業がマイクロソフトに死命を制されることになる。3年ごしの司法省対マイクロソフト反トラスト法訴訟では、2001年6月、ワシントンDC巡回裁が、(1)ウインドウズ95/98をプレインストールするPCメーカーに自社アプリケーション・プログラムを搭載させるなど独占維持行為を認定した地裁判決を容認、(2)ウインドウズと自社ブラウザ―の抱き合わせについては地裁差し戻し、(3)ブラウザ―市場の独占企図については地裁判決を破棄するむね判決、これを受けて、反トラスト法の執行にあまり熱心でない共和党司法省がマイクロソフトと和解したものの、やはりマイクロソフトを訴えていた州の半数9州がこれに同調せず訴訟継続、2002年1月、AOLが子会社ネットスケー プの受けた損害の3倍額を要求して提訴するという包囲網のなかで、 マイクロソフトは、2001年10月発売のウインドウズXPに、こんどは、ブラウザ―のかわりに、ウインドウズ・メディア・プレーヤーを抱き合わせた。次世代の競争問題はコンテンツが戦場ときまった(25)

 2001年6月欧州委員会が、そして8月米国司法省が、ミュージックネットとプレスプレーを、競争法(それぞれEC条約81条とシャーマン法1条)違反容疑で調査をはじめた。サービス開始を遅らせていることと、独立の配信業者に対して再配信ライセンスの供与を遅らせていることなどについて、共同行為があるのではないかという容疑らしい。両グループのビジネス・モデルはかなり違っていて、ミュージックネットは配信ネットを卸店として使い、小売価格をある程度自由にするようだが、プレスプレーは配信ネットを代理店として使うので、末端価格をかなり拘束できるつもりらしい。ほかに、上述の技術標準拘束、系列外配信ネットに対する販売拒否や価格差別などなど、またユーザーのクレジット管理をグループ・レベルで(それともパスポートPassportで)おこなうなど、流通支配力がかなり強い状況で、レコード会社間の協定によるネット音楽市場の独占企図が問題視されているらしい(26)

 2001年8月、ハリウッド5社が映画のインターネット配信のためのジョイント・べンチャーを作った。配信サイトには非独占で配信ライセンスを与えるが、配信時期(劇場公開後1か月)と価格(CATVのビデオ・オン・デマンドと同じで4ドル)は拘束するつもりのようである(ビデオ・ルートとのバッティングを避けるため−−ビデオ・オン・デマンドではすでにやっている)。音楽の場合と同じ懸念から、司法省に届け出ている由(27)。違法コピーは劇場公開時が圧倒的に多いことが統計上わかっているので、配信を1か月遅らせ、価格を安くすれば実害はすくないというビジネス判断で、コピー排除に目線が集中してしまったローゼンさんよりおとなの判断である(28)

 いま米国ではDVDプレーヤーの普及率が臨界質量を超えて、DVDソフト市場の爆発がはじまっている(1年で2.5倍)。スーパー最大手のウォルマート(Wal-Mart)がDVDソフトを目玉に使って、雑誌と同じような衝動買い商品にしようとしている。これに呼応して、名画の蓄積がとくに多いワーナーとMGMが安売りの口火を切っており($10-20)、ついには同じ作品のビデオ・テープを下回るものも出現した。このことは、DVDソフトがビデオ・テープとは別の経済学で動いていることを示している。というのは、ビデオ・テープの市場はほとんどがレンタルで、販売はレンタル店むけの業務用にかぎられ、価格も業務用に高く設定されていたからだ。ハリウッドでは、ビデオ・レンタルからの収益が劇場からのそれをすでに上回っており、その収益構造が産業の基礎に刷り込まれているので、この「別の経済学」は黒船来航のようなものである(DVDのリージョナル・コードに守られた日本では、この爆発は当分起こりそうもない)。それを最大手のワーナーが主導しているところに、情報革命での生き残り戦略が見られる。ビデオ・レンタルの40%を占める最大手のブロックバスタ ーすら、この大波にいたずらに 抵抗するよりは、 うまくこれに乗って、DVD時代への転身をはかろうとしている(29)

 2002年夏にはいって、音楽産業の戦略がはっきりしてきた。まず、いままでCDが売れなくなるといってネット配信に抵抗しつづけてきた5大レーベルが、しぶしぶながらライセンスを出しはじめている。リスン(Listen)がはじめて5大レーベルのカタログから配信を開始、ラプソディ(Rhapsody)サービスと称して、月約10ドルの会費で無制限のストリーミングができる(CD焼きはまだできないが努力中の由)。フルオーディオ(FullAudio)では、まだワーナーだけだが、1曲約1ドルでCD焼きも可能である。ワーナーはミュージックネットをふくむ他社にも「焼き」ライセンスを出している。プレスプレーはすでに月10曲以下、1アーティスト2曲以下という条件でCD焼きを許している(もっとも、これでは好きな曲だけのアルバムが作れない)。レーベルにとっては、1曲1ドルならCDとほぼ同じ利益が確保できるという計算である。だが、業界通によると、無料交換に対抗するには1ドルでは到底ダメで、25セントならやっと品質差で価格差を埋めることができる。25セントでは、レーベルの取り分が10セントである。CD1枚 からの利益が5ドルだから、同じ利益を出すためにはCDの50倍の枚数が配信されなければならない。しかしいま無料交換されている音楽の10分の1が25セント配信に切り替わっただけで、音楽産業の現利益が確保できる計算である(30)

 2003年4月、アップルが音楽配信サービスに参入した。アイチューンズ(i-Tunes)は、5大レーベルすべてをカバー(といってもまだはいっていない曲があり逐次アップロードとのこと)、月ぎめ(サブスクリプション)ではなく1曲1ドルでシングル売り(アルバムで買えばCDより安い)、HDD保存・再生(3台限定)、CD焼き(10枚限定)、アイポッド(i-Pod)へのコピーOK(以上「フェア・プレー・システム」)などなど、ユーザーを泥棒視して複雑な制限をかけていたいままでのレーベル系配信よりはるかに使いやすい。フェア・プレー・システム自体底無しである−−3台といってもいくらでも変えられるし、10枚といってもいくらでもリセットできる−−5大レーベルがよく許したものだ−−シエア5%のアップルということでテスト・マーケティングに使われているのかな? ただフォーマットはACCというものでMP3ではない(MP3より音質がいいという触れこみだが評論家は疑問視−−技術的制限がかけやすいフォーマットではないかという指摘には否定的な回答)(30.5)。1曲1ドル(CDと同じ値段)の壁を破れなかった点で、私はあまり期待していなかったが、それでもスタート1週間で百万曲と、予想をはるかに上回る好調で、とくにアルバムでのダウンが多い(30.7)。ということは、ネット音楽に対する需要の価格弾力性がいかに大きいかを示している。もっと値段を下げればもっともっと売れる。CD不況というのは、音楽産業が市場原理を知らなかったということにほかならない。

 音楽市場に対するアイチューンズにインパクトは、まず意外なところには顕在化した。2003年上半期シングルCDの売上げが前年同期比160%と急増したのである(30.8)。もっとも、シングル盤のシェアは1997年ピーク以来下がりつづけていたので、今回の急増がその反動にすぎないのかもしれない。それとも、ネット音楽(本質的にシングル売り)のボディ・ブロウが利いてきたのかもしれない。いずれにしても音楽市場のネット化、シングル化、そしてスター・システムの見直しは、もう止めることのできない流れになっている。

 最後に、対MP3/ナップスター訴訟ではレコード会社と共闘した作曲家・作詞家グループNMPAが、こんどはレコード会社に対してネット配信での分け前(いままで10-20%)引き上げを要求して、訴訟に出ている。フリーランスの寄稿家たちが新聞のデジタル化権侵害としてニューヨーク・タイムズなどを訴えていた事件で、連邦最高裁が寄稿家たちを勝訴させた(New York Times v. Tasini, No. 00-201)(31)ことで、NMPAが元気づいている。

 こんな不毛な法的ゴタゴタがいつまでも続いている(弁護士だけが儲けている)。今後、中途半端な有料音楽配信が乱立するだろうが、ソフト、ハードを貫く統一レジット・システムは結局実現しないのではないか(32)。極端な話、ナップスターのサーバーを、著作権法などない小国(copyright haven)に置くことによって、著作権ベースの規制をかんたんに迂回することができる。ただ、このような国は、WTO協定やベルヌ条約の非加盟国でなければならいから、数に限りがある。しかし、タックス・ヘイヴン(tax haven)と同じで、大資本がやる気になったらできてしまう(33)。これをやっているのがナップスタ−会員のほとんどを引き継いだといわれるカザー(Kazaa)である。カザーは、はじめオランダ法人だったが、のちオーストラリア法人に、いまでは南太平洋の小島でタックス・ヘィヴンのバヌアツ法人である。サーバーはデンマーク、ソフトウエアはエストニア(コピーライト・ヘィヴン(copyright haven)といわれる)にそれぞれ置いている(33.5)

5.ネット・アナーキズム

 アナーキズム(anarchism)とは、人間の自由を最高度に尊重し、いかなる政府や制度も自由のために有害だとする思想である(34)。これが、歴史上、破壊にはかなりの威力を発揮しながら、結局は安定した社会システムとして実現しなかった理由はいくつも考えられるが、そのひとつに「情報の不完全」がある。21世紀、情報革命の進展によって、あたらしいアナーキズムの台頭が感知される(35)。そのターゲットの1つが著作権である。MP3、ナップスター両事件はこの大きな潮流の波頭ではないか。現に、2000年9月、上記MP3敗訴の直後、リック・バウチャー(Rick Boucher)議員(D-Va)より、自分の所有する「音楽」の複製物を公衆送信し、それをどこでもダウンロードする権利を確認する「音楽所有者の聴く権利」法案(The Music Owner's Listening Rights Act-H.R. 5364)が上程され、会期末で審議未了になった(36)が、2001年8月、「音楽オンライン競争法案」と形を変えてふたたび上程された(37)。日本では到底考えられない鋭い着想が注目される。

 2000年3月、AOLの技術者の一人が、グヌーテラ(gnutella)(38)という小さなソフトをインターネット上で公開した。グヌーテラはインターネット上で、コンピューター・ファイルを、複数ユーザー間で共有するシステムである。あわてたAOLはこのサイトを1日で止めたが、すでに遅く、数百本がダウンロードされ、世界中に広まった。グヌーテラの本質は音楽をはるかに超えた分散システムである。これはWorld Wide Webとは対極にあり、サーバー(ウエブ・サイト)を使わないため、peer-to-peerアーキテクチャーとも呼ばれる。この方がインターネットの出発点で、かつ到達点でもある。wwwは道草だったのである(39)。ちなみに、"peer"は封建領主の意味で、無数の知的システムが対等の資格で通信するpeer-to-peer architectureは、1台のホストとそれに閉鎖的につながれた非知的端末群からなるmaster-slave architectureと対比される(『東洋経済』00-12-23は「桟橋(pier)と桟橋」と誤訳している−−笑止)。このpeer-to-peerシステムを流れる情報はコントロールできない。検閲不可能である。ナップスターも本質的にはpeer-to-peerだが、ディレクトリー管理のためのサーバーを持っていたことが弱点だった。この点でhttp://www.gnutella.com/からダウンロードできるグヌーテラは無敵にちかい(40)。ファイル・シェアリング・システムとしては、ほかにもエイムスター(Aimster)、オーディオギャラクシー(Audiogalaxy)、カザーなどがあり、とくにオーディオギャラクシーはナップスターの残党をひきつけていたが、RIAAに訴えられて屈服、脱落した。使いにくかったグヌーテラもベアシェアー(BearShare)、ライムワイヤー(LimeWire)など改良版が出て、使いやすくなっている(41)

 事実、2001年7月、ウエブ・トラヒック測定会社メディア・メトリックス(Media Metrix)によると、ごく最近、ナップスターに代わる(しかもサーバーを使わないpeer-to-peer)音楽交換サイトのダウンロード(CNet NetworksのDownload.com経由)が大爆発的に増えている。ミュージックシティ(MusicCity)のモーフィアス(Morpheus)、オーディオギャラクシーのサテライト(Satellite)、ICQ 2000bが1週間で各100万本オーダー、カザー・メディア・デスックトップ、アイメッシュ(iMesh)、ウインザップ(WinZip)、ベアシェアーが各50万本オーダー、ダウンロード・アクセラレーター(Download Accelerator)、ライムワイヤー、Cネット・キャッチアップ(CNet Catchup)が各50万本未満というところである。このうちトップ6本が、Download.comからのダウンロード・トップ10にはいっている。数社が外国会社である(たとえば、一連の新世代サイトのプロト・システムになったファスト・トラック(Fast Track)の開発者二クラス・ぜンストロム(Niklas Zennstrom)が始めたカザーは、前述したように外国会社で、サーバーも外国にあり、米国法廷の管轄権が及ぶかどうか大議論があるところ)。とくに目立つのは、これについての報道・論評の大部分が、無料音楽交換という現象に対して中立(42)ないし好意的(43)だという事実である。音楽革命の方向が見えてきたようである(44)

 スコットランドの23歳のプログラマー、イアン・クラーク(Ian Clark)が2000年3月ネット上で公開した(15,000本ダウンロードされた由)フリーネット(FreeNet)というソフトは、音楽、画像、文字、ソフトすべてについて100%無記名のファイル共有を確立しようというものだが、グヌーテラより匿名性が強く、政治的武器に向いている。その分サーチ能力が弱く、サーバー上で動く。クラークはいう:「20年後の人々にとっては、MP3、ナップスターに対する著作権訴訟などは、かつての魔女裁判と同じものにみえるだろう」。

 MP3、ナップスターを抑さえこんでおいて、従順なレジット・サイトだけで法外な料金を要求したら、ユーザーはかならずグヌーテラ、フリーネットへ走るだろう。こんどは著作権では止まらない。インターネットは、その設計思想(ネットの大部分が核攻撃で破壊されても、残った部分だけで通信できる国防省ARPAネットが前身)からして、もともとこのようなアナーキスト的(libertarian)性格をもっており、これが「グーテンベルク以来の自由のための技術」といわれたゆえんである。革命は破壊を伴う。情報革命による破壊の最初の犠牲者は、じつは500年の歴史をもつ著作(財産)権レジームではなかったか。いまこれに公私権力による規制−−反革命−−の網がひしひしとかかりつつあることを、 英国の経済誌エコノミストが伝えている(45)

 米英における「表現の自由」は、日本では考えられないほど高い地位を持つ。国家権力だけでなく、国家権力に裏づけられた私権(たとえば著作権)による「表現の自由」侵害からの法による保護が真剣に提案されている。この発想は、自由権は国家と国民の関係を規律するものであって、私人間には直接適用がないという考え方が圧倒的な日本では異様にみえるだろうが、米国ではそれほど突出したものでない(46)

6.反革命の波

6.1.デジタル・ミレニアム著作権法(DMCA)−−牙を剥いた著作権

 1998年デジタル・ミレニアム著作権法(DMCA)は、1996年、世界知的所有権機関(WIPO)で調印された「著作権条約」と「実演・レコード条約」を米国内で実施するため、1998年に制定されたもので、両条約が要求する基準より大幅に著作権保護を強めている(たとえばアクセス・コントロール)。制定にあたっては、ソフトウエア/コンテンツ業界が賛成、はじめ反対だったインターネット・サービス・プロバイダー業界が大幅な免責と引き換えに賛成に回り、科学者/学界/ハードウエア業界が最後まで反対という図式だった。大部の法律だが主要規定だけ以下に要約する。日本の「公衆送信可能化権」にあたるものがないことに注目している。

 1.商業用ソフトウエアに組み込まれたアクセス・コントロールのための技術的手段(たとえばスクランブル)の回避を違法化(行為規制)。

 2.アクセス・コントロールおよびコピー・コントロール(たとえばSCMS)のための技術的手段を回避する専用技術・製品・サービスの開発・製造・輸入・販売・頒布を違法化(装置規制)。

 3.著作権管理情報(たとえば電子透かし)の削除・変造を禁止。

 4.以上の違反に対しては,民事(再犯の場合3倍賠償)、刑事(故意要件)制裁。

 5.暗号研究、製品互換性確保に必須のリバース・エンジニアリング、コンピューター保安システムのテストを第1、2項から免責。

 6.法執行、諜報、非営利図書館、文書保存館、教育施設用途を第1項から免責。

 7.単に情報をインターネットに流しただけのインターネット・サービス・プロバイダーを著作権侵害責任から免責。

 8.インターネット・サービス・プロバイダーは、外見上著作権侵害のマテリアルをユーザーのサイトから削除する義務を負う。

 9.著作権者は、著作権侵害者に関する情報開示を、インターネット・サービス・プロバイダーに要求することができる。

 日本は、文部科学省−文化庁(著作権法)、経済産業省(不正競争防止法)、総務省(プロバイダー責任法)、国家公安委員会−警察庁(不正アクセス禁止法、オークション・サイト規制法案、出会い系サイト規制法案―総務省がプロバイダーをかばって「通信の秘密」を主張したが、出会い系サイトそのものをかばってくれる役所はない)、法務省(欧州サイバー犯罪条約(未発効)対応法案(プロバイダーにメール保存を義務づけ、令状なしで臨検、ウイルス作成罪を創設))、内閣府(個人情報保護法(案))などなど(法律名は俗称)、各省庁がよってたかって規制する結果、バラバラの法令の相乗効果で、米国を超える重い規制を抱えている。

 つねに「表現の自由」からの批判にさらされつつ、議会での妥協の産物としてやっと立法している米国よりも、官僚が特定業界の圧力下で鉛筆をなめながら簡単に立法(?)する日本でのほうが、むしろ苛烈な執行がおこなわれやすい。

6.2.CD輸入権−−情報鎖国への道

(この項の英抄訳は Importation Right against Music CDs--Japan's Cultural Autism に)

 2004年6月2日の衆議院文部科学委員会にひきつづき3日の本会議が著作権法改正案(第113条第5項)を無修正で可決した。参議院はすでに本会議で可決しているのでこれで改正法が成立、2005年1月から施行される。これは日本の音楽文化の未来を決める大きな岐路だったが、とにかく決定はなされた。改正法については、今後、見直し(衆参付帯決議)、ガイドライン(後述)、侵害みなし期間(2004年10月29日閣議で4年に決まったのを誰かがひっくり返して7年になった。J-Pop新譜の人気が7年も続くわけはないから、やはり真のねらいは洋盤だったのか)、WTOなどまだまだ問題があるので、本章はこれまで起こったことのひとつの記録として、しばらく消去しないでおこう(問題に気づいた数年前から情勢に応じて書き足してきているので、時制が引き伸ばされて変な文章になっている。まことに気に入らないのだが・・)。

 年来、日本の音楽業界が、内閣の知的財産戦略本部を動かして、著作権の支分権として音楽CDの輸入権(著作権法独特の小意地の悪い用語で、輸入を阻止できる権利のこと)を創設しようとしていたが、いまこれが大きく後退した形で(後述)実現した。業界によると、日本のJポップ(46.1)を東アジア諸国(とくに中国)でライセンス生産したいのだが、安いCDが日本に逆流してくるのは困るというのが動機である(46.15)。こんな矮小な利益のために著作権法と通商法の体系を根底から動かした。ライセンス契約で逆流禁止を義務づければ簡単だがそれでは安心できない、独禁法がこわいということだったのだろうか? それともなにかほかにもくろみでもあるのだろうか? 著作権が、もともと、芸術保護などではなく、業界保護の制度だったという歴史(46.2)をわざわざ思い出させてくれてありがとう。

 業界は米欧がやっているからまねをするのだと言っているが、国際状況はそれほど単純ではない。米国にはたしかに著作権法に輸入権の規定がある(第602条(a))が、これは第109条(a)のいわゆるfirst sale doctrineに服するので、著作権者自身によって製造されたコピーの逆流(いわゆるグレー・マーケット品)については、連邦最高裁のQuality King判決(46.3)が、first sale doctrineを適用して並行輸入を認めている。これがライセンス品までカバーするかどうかは今後の問題だが、方向は示されている。なによりも、米国のCDは安くて(アルバムで$11くらい−−注(61))逆流など心配する状況ではない。日本がまねをするいわれは全くない。

 欧州については、まずEC条約には統一著作権法などないから輸入権も加盟国によってまちまちである。もしあったとしても、すくなくとも加盟国間では輸入権の主張など許されない。2001年の著作権・隣接権ハーモナイゼーション指令(46.4)には、域内での譲渡権消尽を権利者の承諾にかからしめている指令があるが、これは輸入権とは関係がない。欧州裁判所のEMI v. CBS [1796] 2 CMLR 235 (1976)(46.5)/Polydor v. Harlequin Record Shops [1982] ECR 329 (1982)(46.8)のことを言っているのだったら、両判決は、域内物品移動の自由を定めたEC条約第30条が域外国との間には適用されないことを確認した否定的判決で、著作権の輸入権とは関係がない。

 業界は世界の65か国が「みなし侵害」(後述)か頒布権か輸入権による還流防止制度を持っていると言っていた(46.81)が、これはオーバーステートメントだけでなく、論理的な自殺ですらある。65か国のうち18か国がEU・EEA加盟国だというが、域内では著作物だろうとなんだろうとモノの自由移動が保証されていて輸入権など行使できないので、すくなくとも14はここから引かなければならない(EUは1国と数えるべきだ)。2004年5月から拡大EU(25か国)に移行したのでもっと引かなければならない。証明も反証もできない−−主張する人の意図でどうともなる−−この種の数字に振り回されてはいけない。

 ところで、業界がこんなことを言ってくれたため、EUと日本の決定的なちがいに気づかせてもらった。日本がEUのまねをするなら、アジア諸国内ではモノの自由移動を保証し、米欧に対してだけ輸入権を行使するようにしなければならないのだが、今回の改正は、アジア諸国に対して市場を閉ざし、米欧からの輸入盤は自由に入れるという、通商戦略としてもEUとはまるで反対のことをやったのだ。小泉首相の「東アジア共同体」構想(2003年12月12日「東京宣言」)など眼中にもはいってこない小児的なエゴの世界である。

 著作権の輸入権については、ウルグアイ・ラウンドでも意見がまとまらず、TRIPS協定にもはいっていない(明文ではいっているのは特許権と半導体集積回路配置権だけ−−いずれにしても第1販売で消尽するかどうかについては合意ができていない)。米国コンテンツ業界のロボットと化した感のあるWIPOの著作権・隣接権条約にすらはいっていない。米国業界の意を受けた通商当局ががんばって主張したが、日本をふくめだれも賛成しなかった。しかたがないので2国間(バイ)交渉で一本釣りしているが、やっとトリニダード・トパーゴ、カンボジャ、スリランカ、ジャマイカ、エクアドルという5か国を釣り上げたにとどまる(上記Quality King判決で、最高裁が冷ややかに言及している)。日本が急に気を変えて6匹目になろうとして口をあけているのだ。

 CD輸入権がTRIPS協定で公認されていないことは、世界貿易機関WTOとの関係でいろいろ厄介な問題を引き起こす。というのは、はじめは「輸入権創設」と大きく出た業界だが、反対のたかまりにおびえて、現在では著作権法第113条「みなし侵害」(=本来は日本著作権侵害ではないが、著作者の経済的利益保護のために侵害と「みなす」一定の行為−−たとえば海賊版の輸入・悪意頒布・所持など(46.82))に、「権利者の見込利益を不当な害するような外国産CDの悪意輸入・頒布・所持」を加えるという線まで後退しているのだ(経済効果は同じなので、ここでは便宜上「輸入権」と呼び続けよう)。だが、これで輸入を止めるのは完全にGATT第11条(非関税障壁禁止)違反で、WTOの紛争解決手続きを通して輸出国から報復を受ける可能性がある−−というより憲法第98条第2項(国際法規の遵守)違反である。

 WTO体制下ではモノの輸入禁止などよほどの理由がなければできない。GATT第11条はモノの輸入数量制限(もちろん数量ゼロの場合も含む)を一般的に禁止する。ただこれにはいくつかの例外があって、知的財産権がらみでは、GATT第20条(d)が「本協定の規定に反しない法令(競争法や知的財産法などをふくむ)の遵守確保に必要な措置」をGATT諸原則の例外としている。これのリーディング・ケースである1989年のアクゾ事件パネル報告書(46.825)は、「本協定の規定に反しない法令」を米国特許法、「必要な措置」を関税法第337条としているが、これを日本のCD輸入権問題に当てはめると、「本協定の規定に反しない法令」が著作権法の固有主題(創作促進に直結する諸規定、たとえば目的、人格権、複製権など)、「必要な措置」が第113条にもとづく輸入排除措置ということになる。

 この当てはめがあまりに人為的だというなら、日本著作権法それ自体が「本協定の規定に反」すると考えるしかない。その場合は議論はここで終わり、CD輸入権はGATT第11条違反で、第20条(d)にも救われないという結論に直結する。ついでいうと、なんでもかんでも著作権法に突っ込んでしまういまの日本のやり方は、本来は純粋な創作促進法であるはずの著作権法をどんどん汚染して、雑然たる旧メディア保護法にまで堕しめている。

 ここで比較のために、同じ113条で侵害とみなされる海賊盤のことを考えよう(第1項)。海賊盤は無断複製が外国でおこなわれているため、国家法によって与えられた知的財産権の侵害とはいえないのだが、TRIPS協定第51条注1(b)が、わざわざ、「著作権侵害物品」の定義の中に「当該複製が輸入国でおこなわれたならば輸入国の著作(隣接)権侵害となったであろうモノ」をいれてくれている。これを受けて、日本著作権法が、海賊版を「著作権侵害」と「みなし」て税関で差し止めているのだ。こちらは首尾一貫している。ところが、外国でライセンス生産されたCDの並行輸入については、海賊盤とちがって、輸入禁止を許す規定がWTO協定のなかにどこにもないから、GATT第11条の適用をモロに受ける。

 当てはめをもとに戻して、CD輸入権が、著作権法の固有首題の遵守のために「必要」かどうかという問題を考えよう。GATT/WTOの紛争解決パネルは、上述のアクゾ事件報告書以来、伝統的に、「必要」を、国内知的財産法の遵守確保のため、合理的に利用可能な方法がほかにないというまでシビアな必要性と解釈している。だが、海外ライセンス生産CDの「みなし侵害」扱いが、著作権法の目的である創作促進のため、合理的に利用可能な方法がほかにないくらい「必要」だという話などだれも信じないだろう。

 かりにさらに百歩を譲ってこれもクリアーしたとしようか。別のハードルがある。GATT第20条柱書は、輸入制限措置がかりに第20条(d)の例外に該当したとしても、それが「同様の条件下にある諸国の間で恣意的もしくは正当化できない差別となるような方法で適用しないことを条件とする」と規定する。2004年5月28日の衆院文部科学委員会での文化庁答弁によると、文化庁は、税関と協議して、欧米製CDを通関させる一方、アジア製CDを差し止める方針から、権利者利益の損害が「不当」かどうかの基準を、欧米製をほとんどシロに、アジア製をほとんどクロできる数値x%に設定する由である。これは第20条柱書が禁じている「恣意的または正当化できない(arbitrary or unjustifiable)差別」にあたる。GATT第11条の根本規範性および第20条柱書の文理解釈から、ここでは立証責任が転換されており、x%という基準がnon-arbitrary and justifiableであることを日本が立証しなければならない。実際に「差別」するために決めたのだから、立証は不可能であろう。委員会議事録は公開(ビデオもある)だから、日本に不利な証拠として使われる(ほかにもいろいろある−−政治が透明化してきたので外交的な二枚舌が使えなくなっている)。

 ところでいま紛争解決のことがでたが、TRIPS協定第6条は、「この協定にかかわる紛争解決においては、・・・この協定のいかなる規定も、知的所有権の消尽に関する問題を取り扱うために用いてはならない」と規定する。著作権者は著作物の譲渡を禁止する権利(譲渡権)を持っているが、著作物を一回譲渡したら、そこで権利が「消尽」してしまって、その後の転々流通をとめることができなくなる。これはあたりまえだが、問題は、著作物が国境を越えて外国へ行ったら、そこでもう一回譲渡権が復活するという主張(消尽したのは輸出国著作権だけで、輸入国の著作権はまだ消尽していないという、学者が頭の中だけで考えた観念論)もあって、その正否についてはまだ国際的な合意がないから、WTOの紛争解決手続きが使えないということである。だが本件は「権利」消尽の問題ではなく、単純なモノの輸入数量制限問題にすぎないから、WTO紛争解決手続き(パネルと上級委員会)のお裁きを受けることになる。

 外国で生産された正規ライセンス品は、知的財産権の保護や消尽以前の問題なのである。著作権業界は、国内での後退の結果、国際的には危険水域にはいってしまった。本間忠良、「TRIPS協定の特異性」参照。ついでにいえば、「みなし侵害」は著作権の行使ではないから、独占禁止法第21条の適用除外がなく、並行輸入制限は独占禁止法違反である。八方ふさがりで気の毒だが、もともとの発想が非常識だったのである。

 さらに別な角度から見てみよう。輸入権による市場閉鎖と再販制による国内高値維持は、ダンピングの最大の特徴である。ダンピングに対しては当然相手国も市場を閉ざしてくる(現行のダンピング規制はモノ専用なので、実際にはより一般的な不公正貿易規制が使われるだろう)から、あとには不毛な分割市場だけが残る。商品貿易を国境でズタズタに分割してしまう市場分割の最初の犠牲者は、高い商品を買わされる消費者(ファン)だが、次の犠牲者は、高価格による市場縮小に復讐される供給者(アーティスト)である。市場分割は消費者と供給者を共倒れにする。産業社会は、英国穀物法廃止以来1世紀半(日本の楽座楽市から数えるなら4世紀半)かけてこんな永久停滞から這いあがろうとしている(農業はまだまだ)。情報社会の希望の星コンテンツ業界が、はじめから市場分割で縮み志向である。知的財産戦略会議のコンテンツ業界の代表者は、自分たちは産業(工業)社会の論理とはちがうと言っているらしいが、それなら、市場原理に代わる世界モデルを示してもらいたい(46.83)

 情報革命時代のデジタル・コンテンツを担うのは、旧来のビジネス・モデルにとらわれた芸能・文芸界ではなく、そこに属していなかった全くあたらしいクリエーターたちではないのだろうか。日本のコンテンツ行政は歴史的な人違いをやっているのではないか(46.85)

 2003年6月20日発表の知的財産戦略本部「知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画(案)」には、特許審査期間の短縮など(特許庁以外)だれも反対しないおめでたい提案のうしろに隠れて、「コンテンツ・ビジネスを飛躍的に拡大する」ために、「権利の付与により保護を強化する」と称して、コンテンツ業界以外だれも賛成しないCD輸入権創設の提案がはいった(第4章2(1)Aエ))。それだけではない。昨年、中古ゲーム販売を差し止めて、流通を末端まで支配しようとしたメーカーの野望をくじいた最高裁「中古ゲーム・ソフト」判決を修正してメーカーへ利益を還元するねらいの提案もはいっている(関係者はこれを「消尽しない譲渡権」と称しており、本音があらわれている−−「エコノミスト」03-9-2、p. 25−−「報酬請求権」などではなく「排除権」なのだ)。ここには、さらに、貸本店を非合法化したり(これも2004年改正で実現)、著作権保護期間を延長したり、版面権を創設したり、無許可アクセスやコピー防止のため(消費者の費用負担で)電子機器に特別な装置を組み込む「技術的保護手段」の強化など、外の世界ではみんなが大反対している業界保護提案が目白押しにはいっている(タイミングの遅速、手順の濃淡はあるが、業界は最終的には全部とるつもり)。首相官邸はこの推進計画(案)に対する意見を募集していたが10日間で締め切った(46.9)

 輸入権や消尽は各国さまざまだが、そのなかでとくに日本が輸入権を持ってはいけない理由のひとつに、CDの再販価格維持をやっているのが先進国では日本だけだという事実がある。日本の音楽ファンは世界でいちばん高いCDを買わされている。このうえ輸入権を創設すれば、再販制との相乗効果で、水も漏らさぬ完璧な消費者収奪システムができあがる。

 CD輸入権が成立したので、日本のJポップ・ファンがレコード産業の労役囚人になる(capitulation)という主作用のほかに、副作用として、日本著作権の権利者でもある米欧レーベルが、日本市場を世界から切り離して、安い並行輸入盤を国境でストップし、利益の大きい日本ライセンス盤だけ店頭に並べるという商法に転じるのは目に見えている。それもライセンシーである日本のレコード会社が自分の趣味で判断した売れ筋だけに絞られるので、輸入盤コーナーを1枚々々見て歩いて掘出物を探すクラシック・ファンの被害がとくに大きい。それとも、こちらが真のねらいだろうか。最近並行輸入盤のシェアが増えて再販制が揺らいでいるのだ。知的財産戦略本部の本部長である小泉首相はクラシック・ファンだが、ちゃんとこの説明を受けたのだろうか。産業間調整(B2B)にすぎない特許や商標とちがって、著作権は直接何千万人もの声なき有権者を敵にまわす可能性がある(B2C)ので、いい意味でのポピュリストをめざす小泉首相にとっては最大の注意が必要である。首相のスタッフはなにをしているのだろうか。

 もっとも、ユーザーは、ネットでCDを個人輸入するか、それともネット配信をダウンロードするだろうから、レコード業界は自分の墓穴を掘っているだけだ、そんな自殺行為はしないだろう・・という楽観論が本部内にあるらしいが、個人輸入は拳銃や麻薬なみに禁制品扱いにするつもりだろうし(改正法では一応OKになった−−みんなで反対した効果があった)、ネット配信はアルバム売りの抱合わせで稼いでいるレコード会社にやる気がなく、その空隙を埋めるため登場したp2p音楽交換サービス日本MMOの「ファイルローグ」が著作権侵害で差止めと巨額の損害賠償判決を受け、WinMXやWINNYのユーザーが逮捕されている(後述)。

 もうひとつ、日本が、「送信可能化権」(=公衆回線に接続しているコンピューターのアップロード用メモリー媒体(といってもふつうのメモリー媒体とどこも変わらない)に他人の著作物をファイルしただけで権利侵害)というネット皆殺し兵器をすべての旧メディアに与えているほとんど唯一の経済大国だということを私はいま思い出している(46.95)

 同じアルバムで、輸入盤は正規のフィリップス規格なのに、日本でのライセンス生産盤はCCCD(コピー・コントロールCD−−パソコンでは再生できない欠陥製品)だというケースがネット上で多数報告されている。こんなことを意図的にやっているのだとすると、輸入権は、まともな洋盤の輸入をすべて止めて、日本のファンには欠陥規格の国内ライセンス盤だけを押しつけようとする壮大な日本鎖国化の陰謀だということになる。市場を閉鎖すれば、そのなかで独占的供給者は何でもできる(自殺も含めて)。私たちは、もしかすると、一握りの狂人たちが作りだした妄想宇宙の中にとらわれているのかもしれないな(46.96)

 権利は一度与えると、そこから分泌する甘い超過利潤に寄生する利権グループの固いかたまり(産業組織)を作ってしまうので、革命でもないかぎり、取り戻すのは不可能である(保護期間が典型で、いったん延長したら短縮はほとんど不可能)。特定産業振興(保護主義者の大好きな言葉でいうなら「インセンティブ」)が目的であれば、あとくされのない補助金のほうがいい。ただし、その場合は、ボスどもが横取りしてしまわないように、最底辺でほんとうに創作しているクリエーターたち、たとえばグラフィッカーやSEたちに直接渡るようにしなければいけない。タダだからといってなんとか権を濫発していると、日本は世界に類のない著作権牢獄になる(なお注50)。

 著作権にもとづく並行輸入阻止を書籍でやったカナダとオーストラリアでは大衆の反対運動が起こっている。米国の出版社から独占ライセンスを買った現地出版社が、米国からの安い書籍輸入を現地著作権にもとづいて差し止め、高い現地生産品を買わせているからだ。ドイツはガチガチの書籍再販制をやっているが、隣国オーストリアのオンライン書店リブロ(Libro)がドイツ語書籍をインターネットでドイツ国内むけに安売りし、これに対抗してドイツの出版社がリブロに卸さないカルテルをやって欧州委員会に摘発された。特許権にもとづく医薬品の並行輸入阻止に対しては、いま米国の老人パワーが立ち上がっている(「インターネット評論」参照)。

 いずれ「商業用レコード」の定義が拡張解釈され、またいまは日和見をしている映像も当然はいってくるだろうから、音声映像をふくむデジタル・コンテンツ、デジタル・データ、ICチップ、それらを組み込んだ機器まで逆流禁止ができることになろう。米国のQuality King事件が、ラベルの著作権で化粧品本体の逆輸入を止めようとした事件だったことを想起されたい。

 2003年7月8日公表の「推進計画」http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/030708f.htmlでは、CDの輸入権、中古ゲーム・ソフトの「消尽しない譲渡権」、貸本店の非合法化、著作権保護期間の延長、版面権、技術的保護手段の強化など、いずれも「案」とまったく変わっていない。「案」から「計画」へ昇格したのである。これでお墨付きをもらったわが有能な官僚諸君が、2004年成立をめざして法案づくりにひた走った。

 2003年12月10日、輸入権創設を是とする文化審議会報告書が発表され(「日本販売禁止レコードの還流防止措置」というタイトルで、「関係者間の合意が形成された事項」とされている)、パブリック・コメント募集はたった2週間(46.97)。業界はいつものように賛成意見で文化庁のメールボックスをあふれさせ(46.98)、2004年通常国会を乗り切った。業界はかねてから政界に根回しをしており、報告書発表当日の自民党著作権ワーキング・チームの会合をみても、議員さんたちは、あきらかに、本件のような正規盤の並行輸入妨害問題と、まったく別世界の海賊盤制圧問題とを混同させられていた。

 2004年3月5日、文化庁原案が閣議決定を経て国会に提出され、無修正で両院を通過した。主要条文は次のとおりである。


著作権法第113条第5項: 国内において頒布することを目的とする商業用レコード(以下この項において「国内頒布目的商業用レコード」という。)を自ら発行し、又は他の者に発行させている著作権者又は著作隣接権者が、当該国内頒布目的商業用レコードと同一の商業用レコードであって、専ら国外において頒布することを目的とするもの(以下この項において「国外頒布目的商業用レコード」という。)を国外において自ら発行し、又は他の者に発行させている場合において、情を知って、当該国外頒布目的商業用レコードを国内において頒布する目的をもって輸入する行為又は当該国外頒布目的商業用レコードを国内において頒布し、若しくは国内において頒布する目的をもって所持する行為は、当該国外頒布目的商業用レコードが国内で頒布されることにより当該国内頒布目的商業用レコードの発行により当該著作権者又は著作隣接権者の得ることが見込まれる利益が不当に害されることとなる場合に限り、それらの著作権又は著作隣接権を侵害する行為とみなす。ただし、国内において最初に発行された日から起算して7年を超えない範囲内において政令で定める期間を経過した国内頒布目的商業用レコードと同一の国外頒布目的商業用レコードを輸入する行為又は当該国外頒布目的商業用レコードを国内において頒布し、若しくは国内において頒布する目的で所持する行為については、この限りではない。


 思いついたことをコメントする(順不同)。

 1.ここでいう「著作権者又は著作隣接権者」は日本人とは限らない。外国レーベルが世界分割をやる気なら輸入盤も止まる。業界は、米欧レーベルがまさかそんなことはしないだろうと多寡をくくっている(衆議院では、議員さんから、輸入盤を止めないという約束を文書で取りつけろという発言があったが、そんなことをすれば日米独禁法違反になる)が、米欧知的財産権者の市場分割妄想は正気のビジネスマンにとっては不可解なほどである−−DVDの地域コードなど、いまになってみるとなんのためにそんなコストを消費者が負担しなければならないのか分からない(大抵のDRMsがそうだ)。また、米欧との利益差が中国とほど大きくないので、後述(5)の不当侵害要件を満足するかどうかという問題がある(しかしそこで述べるように「不当に」条件の骨抜きができると、このブレーキがはずれる)。

 2.「情を知って」(変な言葉だが・・)はあまりブレーキにならない。米国のペーパーバックの裏表紙に「For sale in the U.S.A. and Canada only」などと書いてあるが、その程度でも「情を知った」ことになろう。現品に表示しなくても、警告や広告でもおなじだろう。

 3.「頒布目的」だから自家用の個人輸入はセーフ。中国で日本向けのネットCDショップでも開こうかな。もっとも、内閣の知的財産推進計画案(2004年版)は日本知的財産権侵害品の個人輸入も規制しようとしているので、CD並行輸入もそこに便乗してくるかもしれない。なお注33.5参照。

 4.「見込み利益の不当侵害の蓋然性」が「みなし侵害」の要件になったのはパブコメでの反対293票の大きな功績である(審議会案にはなかったのだから)。反対コメントを出した一人一人はこのことを誇りにしてもいい。「見込み利益」も「不当に」も「害される」も「こととなる」も、疎明責任は原告/申立人(業界)側にある(いずれも楽な仕事ではない)。

 5.見込み利益の侵害に「不当に」という条件がついた。裁判では「不当に」の意味が中心的争点になるだろう(裁判官は文化庁のガイドラインなど見ない)。「著しく」とか「実質的に」のような量的質的基準とちがって、「不当に」は規範的基準なので、利益侵害がわずかでも成立することがある一方、利益侵害が大きくても成立しない可能性がある。しかし、「不当に」という用語は著作権法の中にいくつか出てくる(たとえば第35条)が、利益侵害が大きければつねにこの要件が成立するというのが学界の多数説である。コンテンツ業者が競争に負ければただちにそれが「不当」だという反市場主義−−コンテンツ業者が資本主義のうち金儲けのいいところだけとって、つらい競争からは無縁でいてもいいというご都合主義−−である。芸術保護と業者保護のすりかえがここにもある。郵便事業のかわりにコンテンツ産業を国営化したほうがいいかもしれないね(かつてソ連や東独が国営でいい芸術を生み出していた)。国会答弁によると、文化庁も今のところ数値基準しか考えていない。数値基準なら、利益侵害がわずかな場合はセーフということになるが、業界はこれでは満足せず、利益侵害が小さい場合は規範的基準を要求してくるだろう。その場合、業界は、現地ライセンシーによる対日禁輸契約違反が介在したから「不当に」条件が成立すると主張するだろう。万一この主張を採用すると、たいていの場合がそうだということになって、「不当に」条件が骨抜きになる。どうしてもというなら、現地での契約違反を日本の輸入業者(頒布・所持者)が積極的に教唆したというほどの被告側の悪性をも要件にすべきだろう。これなら、著作権侵害はムリでも債権侵害とのバランスがとれるということで、学者は安心するかもしれない。

 6.税関は輸入差止めが申し立てられれば受け付ける義務があるが、特許の場合のような特許庁長官照会制度があるわけではなし、税関長は「不当に」などどうやって判断するつもりだろう。2004年12月6日づけ文化庁の業者向けガイドラインはやはり数値基準で、レコード1枚あたりライセンス料額の海外/国内比が0.6以下であれば「不当」だとしている。ダンピング企図でもないかぎり同一のレコードのライセンス料率を内外で変える必然性はないから、この基準は実質的には外内価格比(卸ベース)である。日本で3000円のアルバムが米国で1800円であれば、米国のほうが「不当」だというわけだ(米国ではCDの価格競争が始まっているのでこの可能性はおおいにある)。繰り返すが、これはあくまでも一介の行政ガイドラインにすぎないので、税関の輸入差止めが裁判所で争われたら参考にもされない。たとえば、ガイドラインの要件@「禁輸対象レコードの国内発行が国外発行と同日またはそれ以前」など法文からは絶対読めない。みんなの目線が集中してしまった米欧盤問題の当たりをやわらげるためのマヤカシであろう。こんなガイドラインなど気にしない業者、とくに米欧レーベルのライセンシーが、国内リプレス盤の価格維持のため、並行輸入盤の輸入差止めを申し立てたら、税関は発行日前後の理由では拒否できない(「内外価格費比0.6以下」も税関を拘束しない)。

 7.業界は、税関に輸入差止めを申し立てるときに「見込み利益の不当侵害の蓋然性」を疎明しなければならない。後日の損害賠償請求訴訟でなら、ある程度の数字を集めることができるかもしれないが、税関に輸入差止を申し立てる段階で、将来の侵害の総量を推定することは不可能であろう。輸入品がもう入港しているかもしれないが、そのワン・ロットだけなのか後続があるのか分かるまい。いわんや、刑事で、犯意をどうやって立証するつもりだろうか(例によって、脅しで逮捕ぐらいするかもしれないが、ちゃんと争われたらはたして有罪にできるだろうか)。

 8.被害要件がはいったため、GATTや独禁法違反がますます濃厚になった。というのは、今回の「みなし侵害」が著作権の行使からますます遠くなってきたからである。レコード会社が儲かれば非侵害で、損をすれば侵害という「権利」があるものか。「みなす」だけで「権利」だといっているわけではない−−と弁解すればするほど、GATT第20条(d)や独禁法第21条による正当化から遠ざかっていく。独禁法についていえば、並行輸入妨害は独禁法違反だが、今回の著作権法改正法案の中には独禁法の適用を除外する規定がない。「石油カルテル事件」最高裁判決によれば、いくら後でできた法律でも、そこに「明文の除外規定」がなければ、独禁法の適用を除外できない。悪名高い著作物の再販制にしても、二次使用料や貸与権報酬の団体交渉にしても、いちいち明文の適用除外規定があり、独禁法第21条には頼っていない。21条というのは確認規定で実用品ではないのだ。実際これで適用除外が認められた例はない。今回の改正案では忘れたのかわざと入れなかったのかわからないが、うっかり改正法を信じて並行輸入妨害をやると、独禁法違反でトン死する。

 9.税関でも裁判所でも、「見込み利益の不当侵害」を争えば輸入者側が勝訴する公算が大きい。ただ、スレスレの合法フロンティア(ここでは儲けも大きい)を極める強さのある米国の企業者と違って、いまの日本のビジネスマンや弁護士は臆病なので、今回の改正は実力以上に輸入を抑止する−−脅し効果が強い−−だろう。これが業界の真のねらいだろう。今後大量生産される若い弁護士さんたちは、このような法のフロンティアに果敢に挑戦していく気概が必要である。たとえば、業界からの提訴/申立てに対しては、独禁法違反(並行輸入妨害)を理由とする差止請求がショート・パンチとしては有効だが、決定打は憲法第98条第2項(国際法規の遵守)違反である(最高裁までいく)。

 10.GATT違反については文化庁も楽観していないようである。各所への説明の中で、通商的観点からの私の問題提起(上述)に答えているらしいのだが、GATT第20条(d)があるからGATTに抵触しない可能性が残されているという程度の自信らしい。「必要」条件や柱書には頬かぶりらしい。パネルにかかったら必敗だろう。しかし被害者の中国やライバルの韓国が、日本のリスナーのためにわざわざWTO提訴してくれるほど親切だとは思わない(提訴がなければWTOは動かない)。日本の音楽ビジネスが保護主義の自家中毒で滅びていくのを冷然と眺めているだろう。こういう不自然な商売が長続きするはずはないのだが、法律だけはいつまでも残って、魚がいなくなってしまった川に毒を流し続けるだろう。

 11.現行著作権法第113条の各項はいずれも著作権侵害(ではないがそれ)に隣接する行為を「みなし侵害」としており、国民の倫理感情にもある程度合致する。しかるに、どう考えても著作権侵害からほど遠い真正品の輸入を侵害とみなして刑罰を課す今回の改正は、「鷺(さぎ)を烏(からす)とみなす」というたぐいの強弁で、本来の「みなし侵害」の立法趣旨から大きく逸脱した−−倫理とはまったく無縁な−−赤裸々な特定産業保護法案である。倫理のしばりを放棄したことは、「みなし侵害」を国内産業保護のために野放図に開放して、500年以上にわたって保護と利用のデリケートなバランスの上で綱渡りしてきた著作権レジームの自爆を早めたという点で、著作権法の歴史に残るだろう(米国の不況を世界に拡大した1930年スムート・ホーレイ関税法のように、こんな愚かな立法を担いだ人々の名前とともに・・)。

 12.還流レコードにも最高裁のBBS判決の適用がある。BBS事件の特許「侵害品」において「日本除外の合意・表示」が要求されたのだから、いわんや「みなし侵害品」においてをや・・である。これの対策で、レコード業界が、対中国ライセンスにあたって、「日本除外の合意・表示」を条件とすることをみんなで申し合わせたら、共謀による参入妨害だから、パチンコ組合事件とおなじ私的独占になる。

 こういつもだまされつづけていると、新聞の小さい記事でも疑いの目でみることがある。2004年3月25日付日経新聞は、「海外向け音楽CD認証マーク−−経産省など−−不正コピーに対抗」という見出しで、経産省や文化庁が業界に呼びかけて作った「コンテンツ海外流通促進機構」なる任意団体が、海外向け音楽CDの共通認証マークを各国で商標登録するという一見人畜無害そうな記事を載せている。だが、海外向け音楽CDの共通認証マークを各国で商標登録すれば「不正コピーに対抗」できるとは考えられないので、その狙いは、おそらく、輸入権と同じく、中国でライセンス生産したCDの逆流阻止であろう。「国外頒布目的商業用レコード」という商標を日本で登録しておいて、これをつけたCDが日本に逆流してきたら、商標権侵害で輸入を差し止めようというつもりだろう。1970年の「パーカー万年筆事件」(大阪地判)は商標権ベースの並行輸入を許した判決だったが、これは内外権利者が同一人だった事件なので、ライセンス生産品ではどうなるかわからない(米国のQuality King判決や日本のBBS判決もそうだ)。そこををついてきた。ただここでひとこと警告させてもらおう。「コンテンツ海外流通促進機構」が、メンバーにこの認証マークの表示を義務づけたら、それはただちに並行輸入妨害カルテル(独禁法違反)になって、並行輸入業者から損害賠償を取られる(意図的にやっているのだから刑事になるかもな−−ただ刑事は公取委の専属告発)。経産省や文化庁が行政指導で表示を強要したら新手の官製談合である。安全マークなどと違って公益的な性格は全くない。認証マークを決めたり商標登録するのは勝手だが、そんなものをつけるかつけないかはレコード会社の自由である。中国からの逆流を利用して一気にシェアを獲得しようという野心的なレコード会社(とくにインディーズ系)があるかもしれないし、大手でもグローバルな連結決算で利益最大化をめざすという覇気のある経営者がいるかもしれない。

6.3.デジタル権管理システム(DRMs)−−統制への技術 vs 自由への技術

 一般に、著作権の直接侵害者はユーザー個人だが、これではとても執行できないから、著作権産業としては、なんとかしてプロバイダー(や通信会社や機材メーカー)からカネをむしり取ろうとする。そのために、代位責任や寄与責任といった苦しい解釈でやっている米国と違って、日本では、送信可能化権などという、コンピューター・アプリケーションの持つ無限の可能性を大きくゆがめる可能性のある私的独占権を、問答無用で創設するのだ(後述−−なお注50)。

 2000年9月、音楽産業が後援するSDMI(Secure Digital Music Initiative--保安デジタル音楽協会)なるコンソーシアムが、デジタル音楽ファイルに埋め込んでおいて複製を妨害する電子透かし(watermark)のテストを公募、これを破ったプリンストン大のエドワード・フェルトン(Edward Felten)教授が研究結果を学会で報告しようとしたところ、SDMI代表者が、DMCA違反をほのめかして、同報告の中止、資料の回収および破棄を要求する書信を教授に送り、学会関係者にばらまいた。この書信がインターネット上に公表され、私的な行為による「表現の自由」(憲法第1修正)侵害として批判されていたが、2001年4月、フェルトン教授は、「表現と学問の自由は譲らないが、訴訟の費用、時間、不確定性を考えて」公表をいったん断念した(FUD--fear, uncertainty & doubt--戦略も著作権産業の歴史的な武器である)。ケンブリッジ大のロス・アンダーソン(Ross Anderson)教授は、透かしはとっくに破られているのに、音楽産業の意図がわからない(例の大衆脅迫?)と批判している。新聞も学者グループに同情的な書き方である。6月、一度は断念した教授たちは、憲法第1修正にもとづき、ネット上の人権擁護を訴える非営利団体の電子フロンティア財団(Electronic Frontier Foundation--EFF) を代理人として、RIAA、SMDI、司法省を相手に、上記論文の発表権確認と、DMCAの一部改正を求めて、ニュージャージー連邦地裁に提訴した(47)

 ウインドウズ上で視聴できる映画DVDは、コピー防止のためにスクランブルされているが、これを解読・解除してリナックス上で視聴できる(したがってデジタル・コピーもできる)ソフトウエアDeCCS(当時15才のノールウェイ少年ヨン・ヨハンセン(Jon Johansen)が製作、1999年ネット公開)の米国でのアップロードに対して米国映画業界が提訴、対個人(アンドリュー・バナー(Andrew Bunner)ほか)のカリフォルニア州裁では、「スクランブル解除ソフトのアップロードはトレード・シークレット盗用にあたる」と、また、対ネットのニューヨーク連邦地裁では「著作権侵害幇助がDMCA違反」と主張、司法省がこれを支持する法廷助言書を提出したが、電子フロンティア財団が被告側を応援して全面対決になった。スタンフォードのキャサリン・サリバン法学部長やバークレイのパム・サミュエルソン教授が被告側に立って証言。いずれのケースも、一審では映画産業の仮差止申立てを認めたが、2001年11月、カリフォルニア州控訴裁は、対バナー訴訟で、「ソフトウエアが思想表現である以上、その公開を禁止するのは憲法第1修正の違反」として、一審の決定を覆した(48)。この判断は、DMCAを憲法違反とするだけにインパクトが大きく、訴訟の成り行きが注目されていたが、2003年8月、州最高裁は、DeCCSが「公共の関心事(public concern)ではなく、第1修正の目的と抵触するものではない」として事件を控訴裁に差し戻し、本件スクランブル・ソフトが「トレード・シークレットの要件を満たすかどうかを審理せよ」と指示した。この判決に対しては原被告とも自方の勝利だと喜んでおり、とくに被告側は、同ソフトがDeCCSによってすでにネットで公開されており、Tシャツにまで印刷されて出回っているので、トレード・シークレットの要件である秘密性がまったく欠けるとして自信満々である(48.3)本間忠良、「ビジネスマンのためのトレード・シークレット(営業秘密)」参照。映画業界がヨハンセン個人に対して起こした刑事訴訟では、ノールウエイ高裁が「私的使用の自由」を理由にヨハンセンを勝訴させている。

 2001年7月、ラス・ヴェガスでおこなわれたハッカーたちの年次大会デフコン(Defcon)で講演するため米国を訪れたロシア人プログラマー、ドミトリー・スクリャロフ(Dmitry Sklyarov)がFBIに逮捕された。彼の所属するロシアの会社エルコムソフト(ElcomSoft)がアドービ・システムズ(Adobe Systems)の電子ブックe-Bookの暗号を破るソフトを$99でインターネット通販しており、彼がその開発者だというDMCA違反容疑である(はじめてのDMCA刑事事件)。有罪になると最高25年の懲役ということで、この逮捕に対しては世界中から非難が集中、当のアドービまでが司法省に対して個人訴追をやめるよう申し入れたほどである。彼は数週間勾留されたあと、トライアル(公判)で政府側証人として証言するという司法取引きのもとで不起訴になった。会社に対する刑事訴訟では電子フロンティア財団(前述)が被告側の弁護に立った。トライアルは2002年12月サンノゼ連邦地裁でおこなわれた。公判での主要争点は、(1)刑事訴追の要件である「故意」が認められるか、(2)外国でおこなった行為に対してDMCAの適用があるか・・の2点である。とくに(1)について、被告側は、同ソフトはバックアップなど合法的な目的にも使われ、また、会社幹部はDMCAのことは知っていたものの、ロシアでは暗号破りソフトの開発は違法ではないため、販売もおおっぴらにやっていたと主張、陪審は被告側の主張を認め、「故意」を否認して無罪の評決をおこなった。司法省は控訴するつもりはないらしく、今後同様の事案を訴追するつもりもないようである。DMCAの牙が引き抜かれた。学会や新聞はこの判決を歓迎している(48.5)

 ソニーのプレー・ステーションには世界を3地域に分割する地域コード(DRM)システムがついていて、地域外で買ったソフトやコピーしたソフトがプレーできないようになっているが、オーストラリアで、これを無効化するチップを組み込む行為(チッピング)が著作権法(最近改正された第116A項)違反になるかどうか争われていた(個人被告による本人訴訟)。2002年7月、連邦裁判所は、プレステの地域コードが改正法の目的である「著作権保護」を超えた取引制限だとして、個人被告を勝たせた(48.8)

 いま2年を超えるe-ビジネス不況の中で、ナップスターに代表される音楽配信だけが希望の星である。日本でも、ブロードバンドの普及とともに、音楽配信が情報革命の第2幕を開くだろう。この歴史的瞬間にあたって、長年著作(隣接)権に寄生していたレコード産業が、漫然とCDアルバムの値段から逆算した1曲350円などという料金の上のあぐらをかいていたら、グヌーテラやフリーネットやカザーに市場を根こそぎさらわれるだろう(2002年4月エイベックスが、7月ソニーが、いずれも200円に値下げ−−まだまだ足りない。日本の経営者にはビジョン(幻視)が見えないのだ)。革命は反動を容赦なく踏み砕いて進む。アウトローの無料サービスと競争するレジットは、限界費用までの価格圧縮を強いられる。そしてこの圧力下においてのみ、市場爆発が可能になる。ここにアナーキズム(リバタリアニズム) の歴史的役割とその限界がある。

 ネットにしてもCDRにしても、レコード業界のいまの不満は、情報革命への道に横になってわがままを言っている子供にほかならない。CDをひとわたり売ったあとの二次利用のコストはゼロに近い。ゼロに近い価格でオンライン配信できるはずである。もちろんアイドルを売り出す宣伝費や、夜の銀座でアイドルを侍らしたハゲの遊興費は出ない。音楽業界以外の世界では、もっともっとたいへんな変革を迫られている。ナップスタ−を使った人には分かっていることだが、p2pからストリームまたはダウンした音楽の品質は不確かである。タイトルもいいかげんなものがあり、ノイズや替え歌のいたずらがあって不愉快なことがある。品質を保証してくれるなら月10ドルくらい払ってもいい。たぶんこの程度が均衡価格だろう。何千万人が月10ドル払ったら、いまの音楽産業ぐらい十分食わせていけるのに・・。

6.4.著作権膨張の限界−−苦悩する米国

 米国では、ナップスターが2年で6,000万人の会員を獲得し、おかげでブロードバンド化が一気に進んだ。ナップスターそのものは法的嫌がらせ(legal harassment)で挫折したが、そのまえに大きな歴史的役割りを果たしたのである。日本は、インターネットの影も形も見えない1986年、有線カラオケを規制するために有線送信権という権利を創設、それをもとにして、1997年、公衆送信可能化権という、米国にもないオールマイティな権利を創設して業界に投げ与えた。

 他方、2002年3月、オランダ控訴裁判所は、前述のカザーが、ユーザーによるソフトウエアの使用をコントロールする立場にないから、著作権侵害の責任がないという判決を言い渡した(上告中)(49.5)。どうやら日本(と韓国)だけが、またまた米国のお先棒を担いでいるらしい。

 2003年4月、首都ワシントン地区連邦地裁は、カザーに先立って全米レコード産業協会(RIAA)に訴えられていたグロックスターとモーフィアスの2社が、著作権を侵害していないとの判決を下した。2004年8月、控訴審の第9巡回裁が地裁判決を支持して、RIAAの請求を棄却した。2社は、いわゆる第2世代のファイル交換ソフトを無料でオンライン配布し、自社サイト上でのCMで利益を出すという業態だった。判決は、第1世代のナップスタ−との技術的な差異を認め、「被告各社は、ユーザーによる個々の著作権侵害を止めるに必要な知識を持っていない」と結論している。

 技術的な差異とは、ナップスターがファイル検索のための中央サーバーを持っていたのに対して、グロックスターとモーフィアスは、接続している無数のコンピューターの中からリソースに余裕のあるコンピューターを見つけだし、それを一時的にスーパー・ノードとして使ってファイル検索をするというp2p(グリッド・コンピューティング)の本質により近いシステムだったという点にある。判決は、1984年のいわゆるベータマックス事件最高裁判決にしたがって、グロックスターとモーフィアスが、ビデオ・カセット・レコーダー(VCR)のメーカーと何ら異なるところはないと判断したのである。ちなみに、ベータマックス事件最高裁判決とは、VCRの製造販売がが著作権侵害だという映画産業の主張をしりぞけた記念碑的判決である−−当時、原告は、VCRのおかげで芸術が滅びると言って騒いだが、結果的には現在ハリウッドの収入の半分以上がビデオである。

 2004年12月、連邦最高裁はRIAAの申立てにより事件移送命令を発した。2005年6月判決は、第9巡回裁が先例のベータマックス判例を読み誤ったとして、巡回裁判決を破棄・差し戻した(49.6)。一見p2p側の完敗のようにも見える(RIAAはそう宣伝している)が、実はそれほどでもない。私たちがいちばん心配していたのは、ベータマックス判決が修正されることだったが、それはなかった。また、p2pが否定されたわけでもない。グロックスターとモーフィアスが、ナップスターの会員を引き継ぐと豪語していたことが悪意の証拠と認定されて、著作権の寄与侵害(制定法に明文はないが普通法の原則)とされたのである。寄与侵害は特許法では明文規定があり、この原理が著作権法にも適用されることは以前からわかっていたことである。要するに余計な露悪趣味がみずからに跳ね返ってきただけのことである。これで思い出されるのが日本のMMO事件で、問題のp2pシステムをFileRogue(無法者ファイル)と名づけていた。WINNYの作者もネットで大言壮語していた。みんな無邪気なんだな(もっともWINNYは刑事だから無邪気を罰することはできないはず−−しかし2006年12月一審有罪判決−−2009年10月二審無罪)。2006年7月、カザーはレコード会社と映画会社にあわせて1.15億ドル、11月、音楽出版社協会に推定1,000万ドル払って和解、有償ライセンスを受け、侵害ファイルをフィルターする義務を負うことになった。モーフィアスも、2006年10月ロス地裁での寄与侵害判決を受けて、親会社のストリームキャストがレコード・映画と和解交渉中。争っているのはライムワイヤだけになった。

 RIAAは、対グロックスター/モーフィアス巡回裁敗訴を受けて、p2pユーザー(ほとんどが子供たち)を著作権侵害で直接訴える方針にすでに転じている(後述)(49.7)(ナオミ・ウイルスン、「カザーは生き残れるか−−国家権力と戦う無国籍ネット」、『インターネット評論』参照)。

 2001年10月18日、ニューヨークで開かれた「デジタル権管理(DRM)サミット」は、はじめは会合の名前からして、コンテンツ著作権絶対主義で塗りつぶされるという予想だったが、終わってみると、関係者みんなにとって意外なことに、米国のコンテンツ産業が海賊行為をあまり怖れていないことがはっきりした。ウォールストリート・ジャーナル(WSJ.com−−有料) のニール・バッド(Neil Budde)は、オープニング・スピーチで、「安い料金が海賊を抑止する」と断言している(51)。出席したミュージックネットもプレスプレーも、先発の独立音楽サイト(やはり出席したDavidBowee.comで月6ドル)がすでに作りあげた競争相場から離れることはできず、複雑な月会費にしてあがいている。映像でも、あれほど著作権にうるさいプレーボーイ(Playboy.com)が月7ドルだ。値段さえ安ければ、手間がかかり、品質の不安な無断コピーなどだれがするものか(ナップスターではイタズラ被害があったらしい−−後述)。音楽産業が疑心暗鬼におちいって、巨大な市場の扉をいつまでも開かず、立ち枯れにしているのではないか・・というのが、米国司法省と欧州委員会の平衡感覚である。

 ハリウッドの大御所ジャック・バレンティ(Jack Valenti--全米映画産業協会会長)は、パソコンから携帯電話までふくむすべての「双方向デジタル・システム」に著作権保護サブシステムを自発的に組み込むようIT業界に迫まり、ついには、2002年3月、著作権産業の守り神として有名なホリングズ(Hollings)上院議員(D-S. Carolina)をして、消費者ブロードバンド/デジタル・テレビ振興法案(Consumer Broadband and Digital Television Promotion Act--CBDTPA、従来は保安システム標準認証法案(Security Systems Standards and Certification Act--SSSCAとして知られていた)を2002年議会に上程させた(54)

 CBDTPAは一見して偏執狂的な発想だが、米国にはすでに複数の先輩がいる。まず1992年オーディオ家庭内録音法(AHRA)である。これは、(1)すべてのデジタル・オーディオ機器メーカーに対して、機器の買手から数%の「ロイヤルティ」を徴収してレコード会社やアーティスト団体に納めること、(2)機器にSCMS(serial copy management system--デジタル音源の複製を1世代に限定する装置)の組みこみを義務づけ、(3)SCMSの解除を業としておこなうことを禁止するものである。これは形式的にはコンテンツ業界(RIAA)と機器業界の妥協の産物だったが、当時米国にはオーディオ機器メーカーがほとんど存在せず、コンテンツ産業の圧倒的な政治力のもとでおこなわれた立法だった。同じ政治過程が、1996年、WIPO(世界知的所有権機関)の著作権、演奏・レコード両条約の採択について、さらに、両条約を根拠とする1998年デジタル・ミレニアム著作権法(DMCA)の制定についても起こった(こんどは通信・ISP両業界が相手)。いずれの場合にも、コスト高で性能を落とした製品を買わされる消費者の声はまったく顧慮されなかった。CBDTPAに関するジャック・バレンティの自信はこのような歴史的な成功体験にもとづいている。

 2002年7月25日、ハワード・バーマン(Howard Berman, D-Calif.)、ハワード・コーブル(Howard Coble, R-N.C.)両議員からひとつの法案が上程された。これによると、著作権者が、一定の制約のもとに、公衆が利用可能なpeer-to-peerファイル交換を停止・阻止その他妨害しても、連邦法および州法上の責任を問われないことになる。

 いったいどうやって停止・阻止・妨害できるのかについては法案は触れていないが、ヒントはある。法案上程の1週間前、タイム・ワーナー・ケーブルが所有するブロードバンドISPのロードランナー(RoadRunner)が、音楽交換で大人気のカザーが使っているファスト・トラック(FastTrack)p2pエンジンをブロック(接続拒否)してみせたのである。音楽交換はふつうコンピューターのポート1214を通すのだが、ロードランナーは、このポートをモニターして、ネット中で「スーパー・ノード」として機能しているユーザーを発見し、サービスをとめたらしい。法的根拠としては、プロバイダー契約中の帯域過負荷条項に依拠しているらしい(もっともこれは一時的なブロックしか許していないのだが・・)(55)

 この法案(まだ正式な名前はついていないが「著作権ハッカー法案」などとあだなされている)は、ただちに強い批判を浴びている。妨害の手口としては、上の接続拒否のほかにも、ウイルス、ワーム、洪水(interdiction--存在しないファイルを大量にリクエストして交換システムを飽和させる)、汚染(spoofing--不良なファイルを交換システムに流す)、ガセネタ(redirection--ファイル・ロケーションを大量に偽造して検索リソースを浪費させる)などなどいろいろ考えられ、著作権の美名に隠れさえすれば、レコード会社や映画会社ばかりでなく、だれでも(テロリスト・グループでさえも)、公共のファイル・シェアリング・ネットワークを破壊できる。裁判で勝訴判決を取りつけてからでなければできない差止めを、ロボットにやらせようというのである。もうひとつ問題なのは、法案がインスタント・メッセージングによる音楽交換(利用者はナップスターよりはるかに多い)を除外している点である。コンテンツ業界と癒着したネット(たとえばAOLタイム・ワーナー)の自己撞着である(56)

 この法案のあまりの愚かさに、成立を疑問視する人もいるが、いちおう超党派だし、会期末というのは審議がずさんになって、信じられないような法律が成立することが多い(特許権ベースの抱き合わせに対するミスユース抗弁に「市場力」立証を要求する1988年特許法改正もそうだった)。

 2002年10月、第107議会閉会まぎわ、前述した「音楽所有者の聴く権利」法案の提出者でもあるリック・バウチャー下院議員とジョン・ドゥリトル(John Doolittle, D-Calif.)下院議員が提出した「デジタル・メディア消費者権」法案(ゾー・ロフグレンZoe Lofgren下院議員(D-Calif.)の「デジタル・チョイス&フリーダム法案」もほぼ同内容)は、DMCAを改正して、一定の条件で、デジタル作品を複製するための公正使用権を回復、コピー・プロテクション回避を合法化、コピー・コントロールCDに顕著な性能抑圧表示を義務づけるものである。今議会通過の可能性はないが、来議会、ホリングス、バーマン両法案との激突は必至である。役人が鉛筆をなめなめ書いた著作権改正法案を、いつもしゃんしゃん無修正で通してしまう東洋のどこかの国とは国の出来が違う。

 2003年にはいってすこし状況が変わってきた。レコード業界とコンピューター業界が急接近し、映画業界と一線を画す戦術に出たのである。1月、RIAA(レコード)、ビジネス・ソフトウエア・アライアンス(ソフト)、コンピューター・システムズ・ポリシー・プロジェクト(ハード)の3業界団体が一致して、上のホリングズ法案に反対し、海賊版対策は業界間の私的協定で推進することを宣言した。映画業界は依然としてホリングズ法案をかついでいるので、オーディオとビジュアルのあいだに亀裂が生じたのである。SCMSで味を占めたレコード業界は、コンピューター・アーキテクチャー(レッシグ教授のことばを借りれば「コード」)によるDRMに期待をつないでおり(SCMS外しにはDMCAで対抗)、映画業界の強引なロビィングに引き込まれることをおそれたのであろう(56.5)。SCMSも法律(1992年AHRA)で担保された制度だが、これはむしろ業界間の合意を反トラスト法から免責するのがねらいで、ホリングズ法案のような強行的な規制とは違うというのがレコード業界の理解であろう。またビジュアル用SCMSがオーディオ用とは比較にならないくらい高価なものになる−−そんなものにつきあってはいられない−−というのも本音であろう。電子フロンティア財団のようなユーザー団体はいずれにしても懐疑的で、コンピューター業界がオーディオ用SCMS装着にうっかり同意すると、あとでビジュアル用や電子ブック用などなどDRMsの二重三重投資にになる(だからDRMsやコードは何の解決にもならない)という声もある。

6.5.著作権テロ−−情報恐怖時代きたる

 他方、レコード各社は、DRMサミット直前のRIAA会議で、いよいよ、peer-to-peerで無料交換をやっている一般ユーザーを訴追する覚悟を決めた(会社によって温度差:ユニバーサルとソニーが熱心で、ワーナーは及び腰)。このやりかたは、大企業が個人のファンを訴えるということで、いままでタブーとされてきたこと(前記パメラ・サミュエルソン教授の警告:「お客に逃げられる最良の方法は、お客を泥棒呼ばわりすることだ」を三掲)だが、産業全体の売上げ前年比 5% 減の背に腹は代えられないというところか(52)

 ただ、この報道に対しては、猛烈な批判がネットで殺到しており、業界首脳が、あわてて訴追はまだ検討中だと否定したりして(53)混乱をみせつけたが、2003年4月、RIAAは、ついに、ナップスター型のサイトを立ち上げた4人の大学生に対して、1曲15万ドルという損害賠償請求訴訟を提起するに至った。RIAAのオッペンハイム副会長は言う。「法律違反を承知で侵害を続けていて、警告書がきたからやめようというのは安易すぎる。盗みは盗みだ」。大学当局は、従来、ガイドラインを作ったり、違反学生の学内接続許可を取消したりして、RIAAに協力的だったが、今回のは頭越しだったので憤慨して、RIAAに抗議状を送ったりしている。イラク戦争をまねた「衝撃と畏怖」作戦だという批判もある(53.3)。対立が先鋭化している。RIAAのローゼン会長の辞任も、業界における内紛の存在を示唆している(「燃え尽きた(?)タイガー・ウーマン、ヒラリー・ローゼン」『インターネット評論』参照)。

 この訴訟は、予想どおり、FUD--Fear, Uncerttainty, Doubt--訴訟遂行能力の大きい大企業が個人や中小企業を訴え、弁護士料と結果の不確定性をテコにして和解に持ちこむ--常套作戦で、学生たちが1.5-1.75万ドル払うという和解になった。レコード業界としてはこんなはした金がほしいわけではなく、懲らしめとして手ごろな金額というところだろう。学生たちに対して、ペイパル(PayPal)経由で続々寄付金が集まっている由(53.4)

 2003年1月、通信大手ベライゾンのネットで1日600曲の音楽をアップロードした人物の名前を開示するようRIAAが求めていた訴訟で、DC地区連邦地裁は、ベライゾン側のプライバシー主張を排して、DMCAにもとづき、RIAAのサピーナ要求を認める判決を言い渡した(ベライゾン控訴)。この判決に対してはネット掲示板が騒然としている。いわく、いよいよ個人テロの時代がきた、子供たちがやられる、みせしめに誰がやられるかわからない、アップロードばかりではなくダウンロードも狙われる、ロボットが常時見張りをする、名前を開示された人にはそのことが通知されないなどなど(53.5)。某大学学長などは、1枚数十曲もはいっているアルバムの在庫を編集しようと思ったら、数百曲のアップロードになる可能性は十分あると言っている。RIAAの真のねらいが、こうして判明した何万人のユーザー個人を実際に訴えることではなく(すこしは見せしめに訴えるものの)、サピーナ(召喚状)の濫発でインターネット・プロバイダーを追い詰め、技術的規制に協力させることにあるといううがった見方もある(53.6)。2003年12月、DC巡回裁は地裁判決を逆転、DMCAがp2pにおけるプロバイダー責任を想定していなどとして、ベライゾンを勝訴させた(53.63)

 2003年9月、RIAAは、1,000曲以上の楽曲をファイル交換に出しているという261人の個人に対して著作権侵害訴訟を提起した。管轄裁判所は国中に散らばっている。RIAAは同時に「恩赦」制度も発表し、個人がみずから名乗り出て、楽曲を消去し、今後無料交換をしないと約束すれば、訴訟の対象にしないと言っている。RIAAは、6月以来、サピーナで1,500人以上の個人名をプロバイダーに要求しており、この時点から日増しにFUD(Fear, Doubt and Uncertainty)効果が強まり、カザーのアクセス数がサピーナ以前の1日450万から350万に減っていた。皮肉なことに、この期間中CDの売上減少はむしろ加速し、年平均6.1%減の背景に対して、この期間における減少率は54%に達した。この間、RIAAレーベル(および所属アーティスト)不買を呼びかけるサイトと、そこへのアクセス数が急増している(53.65)

 ディスカッション・サイトのhttp://slashdot.org/には次のような話が載っている−−ニューヨークの母子住宅に住む12才のブリアンナ・ラハラに訴状が送達され、直後、RIAAが大急ぎで彼女と和解した(シングル・マザーのシルビアが罰金2,000ドルを払うらしい)。ブリアンナは言っている。「ごめんなさい。悪いことだとは知らなかったの。私は音楽が好きなので、私が好きなアーティストを傷つけるつもりはなかったの」。この話は事実らしい。上院のヒアリングでも言及されている(53.67)

 261人のなかのもう一人セアラ・シーベリー・ウォード66才は、2000曲以上もカザーでアップロードしたという理由で1曲15万ドルを請求されていたが、たまたま身内にいた弁護士が、彼女はコンピューター音痴(computer neophyte)で、カザー・ソフトをインストールしたことも音楽をダウンロードしたこともないと抗議、ボストン連邦地裁はRIAAの訴え取下げを許可した。訴え取り下げはwithout prejudice(再提訴権を保留)なので、ウォードさんは今でも眠れない夜を過ごしている(RIAAからは何の謝罪もない)(53.68)。こんな話はこれからいくらでも(これ以上書く気がしないぐらい)ボロボロ出てくるだろう。

 2004年1月、RIAAは、対ベライゾン敗訴を受けて、こんどは氏名不詳のままあらたに532人を提訴、訴えられた個人はこれまで3回の提訴で計914人に達した。RIAAはその後も大量提訴を続けている(2004年10月現在で総計4,500人)が、対ベライゾン敗訴によって被告を特定することができず、訴状の送達は宙に浮いたままである(訴訟が始まっていない)。RIAA訴訟の性格が個人テロからプロパガンダに変わっている。

 RIAAの提訴は、結局、対26,000人に及んだが、その第1号として、2007年10月、ミネソタ連邦地裁の陪審は、ジャミー・トマス30才に対して、RIAAが権利を有する24曲を、カザーでダウンロード・アップロードしていたとして、1曲$9,250として計$222,000の損害を認定した。彼女はカザーではtereastarrというアドレスを使っていたのだが、彼女のインターネット・プロバイダーが法廷で彼女の本名を証言したのである。RIAAによれば、2007年3月現在、全米で780万所帯がファイル・シェアリングで音楽をダウンロードしている由で、弁護士は、今回の陪審評決が、彼らみんなに教訓を送ることになるだろうと言っている(53.685)

 音楽交換をあくまで民事(費用自前)で制圧しようとしている米国とちがって、日本の著作権産業は、刑事告発で警察に子供たちを逮捕させ(費用は国民もち)、痛めつけることが大好きである。日本の著作権産業は、送信可能化権にもとづいて、2001年11月、京都で、p2pソフトWinMXで音楽をアップロードした20才の学生を逮捕させ(世界史上はじめて)、両手錠で市中引き回し、目いっぱい留置勾留した上、略式判決で罰金40万円払わせた。2003年11月、こんどは、後継システムWINNYで映画をアップロードした19才の学生を逮捕させ、2004年5月、ついに開発者まで逮捕・起訴した(米国人もびっくり(53.69))。また、学費を稼ぐため大学受験テレビ講義をビデオ録画して15,000円で販売した母子を逮捕させた(53.7)。こんなことをしても、どこからも批判も反省も出てこない。日本という国はおそろしい国である。

 音楽ギルドは、さらに、2002年1月、ナップスター型のディレクトリー・サービスをはじめたばかりの日本MMOという会社を訴えて(49)、自動公衆送信権と送信可能化権の直接侵害で、仮処分と巨額の損害賠償判決をとりつけた。会員数は4万人であった(ナップスタ-は6,000万人)。こういうのをinfanticide(嬰児殺し)という。この仮処分は、MMOのファイルローグ(File Rogue−−名前が悪い)サービスで共有されているファイルのわずか15%にすぎない音楽ファイルのディレクトリーの送信を差し止めろ(削除しろ)という命令なのだが、非音楽ファイルとの区別は技術的に不可能なので、事実上すべてのファイル・シェアリング・サービスを差し止めたことになる。この決定は、カラオケ店による著作権侵害を認めた古い最高裁判決からの類推なのだが、この裁判官には、時間的空間的に閉じたカラオケ店と、世界に開かれたインターネットの区別が分からないのである。

 そういえば、問題の自動公衆送信権と送信可能化権も有線カラオケ規制の子孫である。日本のインターネット法は、不幸なことに、おなじく日本が生んだ奇形の文化形態であるカラオケというDNAを持ってしまった(米国のサイバー法は、「表現の自由」の境界問題として形成されつつある)。ここで重要なのは、著作権を直接侵害しているのは個々のユーザーなのに、その(監督・教唆・幇助)責任を、カラオケ店やプロバイダーがどこまで負わなければならないのか、また、この点(侵害者と管理者との関係の密接度)についてカラオケ店とインターネット・プロバイダーの間に決定的な断絶があるのではないかという問題である。金がとりやすいというのが理由なら、侵害者の範囲は通信会社や機材メーカーまで限りなく広がっていくだろう。500年の歴史をもつ著作(財産)権が、情報革命全体を人質にして、目一杯の身代金を稼ごうとしている。

 ナップスターのようなイノベーションは、日本でははじめから生まれないようになっている。米国では、まず馬に乗った無法者が西部を開拓し、そのあとを治安判事が馬車で追いかけてきたものだが、日本では、まず牛車に乗った「法と秩序」が静々と進み、そのあとに徒歩の民衆が黙々と続く(50)

7. あたらしいポピュリスト・アートの予感

 芸術は、もともと人間の動物的本性を超える精神を表現した創作物であって、自然状態という冷たい風のなかで自力で生きていける雑草ではない。近世の歴史をみても、それは、王・貴族・教会の保護という花園の中でやっと生存してきた脆い花(fragile blossom)である。そこでの評価基準は王侯貴族の個人的趣味であった(かなり高いものであったとはいえ・・)。著作権はあったが、それは中世的な印刷業ギルドの特権に由来する出版者の権利にすぎず、創作者個人の利益とはむしろ背反するものであった。

 フランス革命は、すべての封建的特権を廃止するとともに、個人の創作を人格権によって保護、さらに財産権で擬制して、市場における多数の市民の人気投票によってその価格を評価しようとした(1791年フランス著作権法)。これが19世紀西欧ブルジョワ芸術の花を咲かせた。

 20世紀、資本の高度化とともに芸術の商業化が進み、芸術はふたたび大資本を擁する出版社、映画会社、レコード会社の手中におちた。彼らは、創作者から寄託された著作権および彼ら自身が獲得した著作隣接権から発生する超過利潤を使って、彼らの好む一握りのスターを創り出し、巨大な宣伝によってそれへの需要をも創り出してきた。これが商業アートである。本エッセイの冒頭で、米国レコード産業協会(RIAA)ローゼン会長がこのことを率直に認めている。

 私は、当時19才の少年がはじめたナップスター騒動のかなたに、商業アートに代わって、インターネット上でのアーティストとファンの直結によってもたらされるあたらしいポピュリスト・アートへの胎動を見ている(57)。ナップスターそのものは反革命の嵐の中で倒れたが、これによって米国でもネットのブローバンド化が一気に進み、現在の500万世帯が2,000万世帯(2-4年後)になったところで、音楽を突破口とした情報革命の本番がはじまるだろう。そこでのヒーローは、もはやレコード会社に飼われたアイドルたちではなく、いま昼間は皿洗いをしながら夜ガレージで練習(またはその逆)をしている独立のアーチストたちであろう。

 現に、ニューヨークのデジタル・クラブ・ネットワーク(Digital Club Network--DCN) は、すでに音楽ナイトクラブ60店と契約して、ブラウニーズ(Brownies--マンハッタン・ロワー・イーストサイドの有名な音楽クラブ)と同等の機器を中心としたDCNシステムを装備(1店$7,000-$10,000かかる)、音楽のウエブキャスト(インターネット放送−−はじめは音声と静止画像だけだが、ブロードバンドの進展−−ADSLでわき道にそらされなければ、光ファイバーでは日本のほうが先行しそうだが(57.5)−−にともない、いずれは動画も)をはじめている。もちろんバンドの同意も取っている。バンドはほとんどがナイトクラブ専門で、レコード会社専属ではない。世界100店目標が達成できたら、24時間ウエブキャストが可能で、その時までには10万曲の資産ができ、1% しかヒットしなくても1,000曲、年間30万曲ウエブキャストできるようになる。クリックすればアーティストや曲の解説がポップアップする。ロサンゼルスの音楽レストラン・チェーンのハウス・オブ・ブルース(House of Blues--HOB) やニューヨークの有名なライブ音楽クラブのニッティング・ファクトリー(Knitting Factory)もはじめている。pay-per-view (1日$8程度)もあるが無料サービスがほとんどで、各社ともまだ採算が取れていないようだが、ブロードバンド普及が臨界量に達して情報革命がはじまるまで必死に生きのびようとしている(58)

 2001年、米国のCD売上げが前年比6.4%減を示した。RIAAは、これを、ポスト・ナップスター音楽交換サイトのせいにして、彼らをあくまで抹殺すべく、そのためには手段を問わない(科学技術の進歩を止めてもいいというまでの)姿勢で、対議会ロビイングを強化している。だが、これは(不況を図書館やブック・オフやカメラつきケータイのせいにしている日本の出版業界と同じ)自傷行動ではないか。

 まず、音楽交換とCD売上げ減少の相関関係は、立証されていないばかりか、むしろ反対の証拠がかなり有力である。フォレスター・リサーチによると、CD売上げの3分の2が、音楽のダウンロードなどしたことのないユーザーに売られている。イプソス・リードによると、音楽をダウンロードした人の81%が、以前より多数のCDを買っている(59)。ネットと関係のないステージ・ミュージックが、CD以上に落ちこんでいる。グラミー賞歌手のジャニス・イアンによると、ナップスターの全盛期、過去のアルバムの売上げが急増した(60)。RIAAはまたちがう調査結果を持っているらしいが、どちらにしても、問題はそういうレベルではない。

 レコード業界の危機というのは過去にも何回かあった。SP→LP→CDの交代時はもちろんだが、最近では、70年代の終わりにも深刻なレコード不況があった。業界は、それをカセット・テープ・レコーダーのせいにして、「ホーム・テーピングが『音楽』を殺している」と叫んでいた。そのときも、業界は、「音楽ファンは払うより盗む」という基本認識だった。あとでわかったことだが、このときの危機は、当時まで流行していた没個性的なディスコ音楽がファンに飽きられた結果なのであって、テープはむしろ業界の救い主だったのである。音楽市場の好不況は、まず、音楽市場内部の需給変化にその原因を求めなければならない。

 いまのCD不況についても、業界のもっと真摯な反省が必要ではないか。ロックが若者特有のもの(ジェネレーション・スペシフィック)だった60-70年代とちがって、いまは音楽ファンの年代層が広がり(当時のロック・ファンはいま50-60代になっている−−だからいまだにエルヴィスが売れているのだ)、需要が多様化してきている−−そして、インディーズや場末のクラブなど、供給も多様化してきている、そういう市場に対して、いまだにスター・システムに固執して、マイケル・ジャクスンやマライア・キャリー後の一発ばかりねらっている音楽産業が適応できないでいるのだ。

 一般の商品では、価格が下がれば売上げ数量は増える(需要曲線が右下がり)。この増え方の割合が価格弾力性だが、アップルのアイチューンズの例で分かるように、音楽という商品の価格弾力性は非常に大きい(本エッセイの冒頭で、RIAA前会長のローゼン女史が、「音楽は『ながら』商品だ」と指摘して、鋭い市場感覚を見せている)。価格を半分にすれば、売上げ数量は4倍になるかもしれない。「かもしれない」ではなく、正確な均衡点は市場での試行錯誤(競争)を通して得られるのだが、レコード業界は、寡占(米国)と再販制(日本)のおかげで、この試行錯誤を徹底してやったことがない(均衡メカニズムがない)。だからやみくもにコスト積み上げで価格を決め、売上げが下がったといっては、コンピューターやインターネットのせいだなどと言って騒ぐ。これはビジネスとはいえない。ビジネスの基本である利益最大化行動を知らないのだ(61)

 需要をでっち上げるための巨大な宣伝費(米国)と、超過利潤の取り合いで複雑かつ重層化してしまった製作流通構造に起因する高い間接費(日本)(62)のために、1曲で100万枚売ったら大儲け、100曲各1万枚売ったら大赤字−−という現実と、現実はそれしかないのだというあきらめが、音楽産業だけでなく、音楽芸術を−−そして情報革命をも−−だめにしている。音楽産業の寡占化・硬直化が、スーパースター以外の多数の実力派ミュージシャンにそれなりの報酬を与えられないような歪曲市場をもたらしている。ジャズやロックは、独占企業からではなく、場末のクラブから生まれたのだ。

 

1. Kara Swisher、「ちょっと失礼、ベートーベンさん−−音楽市場はゼロサムか?」、The Wall Street Journal ("WSJ") 00-4-17。ヒラリー・ローゼンは、2003年6月、14年に及ぶRIAA会長職を辞任したので、この会談は会長当時のものである。ちなみに、ヒラリーの後任はミッチ・ベインワルといって、フリスト上院議員(R-Tenn)の主席スタッフだった人である。

2. 米国競争当局はEMI吸収(垂直統合)を認めなかった。そこで、ドイツの巨大コンテンツ産業ベルテルスマンは、もと司法省反トラスト局長のジョエル・クライン(Joel Kline)氏を雇って米欧競争当局との対決に備えつつ、同社傘下のBMIによるEMI吸収(水平統合)のための交渉にはいったが、両当局とも難色を示している(レコード業界は寡占状態)。Suzanne Kapner、「EMI/ベルテルスマン合併交渉断念か」、The New York Times ("NYT") 01-4-30。

3. 本間忠良、「e-ビジネス・モデルの研究」参照。

4. Silicon Alley Reporter ("SAR") 01-5-22。

5. LAWRENCE LESSIG, THE FUTURE OF IDEAS--THE FATE OF THE COMMONS IN A CONNECTED WORLD (Random House, N.Y. 2001), at 131。スタンフォード大のレッシグ教授(憲法学)は、インターネット時代の初期においてinnovation(新結合)の原動力になった知的共有地(intellectual commons)が、いまや、インターネットの商業化とともに、技術面ではアーキテクチャー(レッシグ教授はCODEと呼んでいる)の改変によって、また法律面では著作権の膨張によって、私益のために囲い込まれつつあることを指摘する。同書が、アンシャン・レジームの代表と思われるベルテルスマンが所有するランダム・ハウス(Random House)社から刊行されたことは、米国出版界の良心を示す証拠といってもいいだろう(著作物再販問題をめぐる日本の出版業界の偏狭な態度と比較して・・)。

6. 以上The New York Times ("NYT") 00-3-7。

7. NYT/WSJ 00-11-1/2/エコノミストThe Economist 00-11-4。

8. NYT 02-2-23。

9. SAR 01-6-6。

10. Wired News ("WN") 01-12-4。

11. WSJ 01-12-12。

12. SAR 01-12-12。

13. 本間忠良、「情報革命とその敵」参照。

14. WSJ 01-3-30/SAR 01-4-3より。

15. SAR 01-12-21/02-8-1。

16. Anna Milde Matthewsほか、「やっとオンライン化した音楽業界−−だが誰も聞いてくれない」、WSJ 02-5-7。

16.3. NYT 03-5-19。

16.5. WSJ/NYT 093-2-26。ネット音楽の未来を決める法律は、絶対主義の遺制にほかならない著作権法などではなくて、反トラスト法(日本なら独禁法)であろう。いまのところミュージックネットとプレスプレーはほぼ同料金(プレスプレーがいずれストリーミング料金を$1引き下げるだろうから)だが、さしあたりふたつの競争問題が懸念される。ミュージックネットとプレスプレーの複占(duopoly)による価格固定と競争者(さしあたりラプソデー)排除である。レコード産業はいまでも寡占(oligopoly)でカルテル体質である。複占市場では目配せ程度でもカルテルが推認される。米国では司法省、日本では公取委による周到な監視が必要である。

16.7. 宇野功芳、「商業主義の極まりに抗して−−クラシック音楽の衰退を憂う」、朝日(夕)03-3-10。

17. WSJ 01-11-29。

18. WN 01-12-18。

19. SAR 02-7-11。

19.5. WN 03-5-21。

20. WN 02-2-4。

21. NYT 02-4-3。

22. いずれについても、それで契約が成立するかどうか、どんな条件なら契約が成立するか、判例・学説ともまだ確定していない。シュリンク・ラップとクリック・ラップについては、2000年末、それまでもめていたUCC (Uniform Commercial Code) 2B条改正問題からスピン・オフして、Uniform Computer Information Transactions Act (UCITA)というモデル法典ができたが、これにもとづく立法はまだ1-2州。

 「I agree」ボタンについては、最近興味深い下級裁判決があった(ニューヨーク・マンハッタン地区連邦地裁、2001年7月5日−−控訴の可能性大)。ネットスケープ(Netscape)のSmartDownloadをダウンロードすると、ユーザーのファイル移動履歴がフィードバックされる(いまはやっていない)。これをプライバシー侵害とするユーザーからのクラス・アクションに対して、ネットスケープ (AOL) が、ダウンロード約款中の仲裁条項を援用して却下を申立てたのに対して、判事は、約款の「I agree」ボタンが、ダウンロード作業の critical path (ここを通らなければ先へ進まない必須経路)上になかった−−したがってユーザーの合意が推定されず、契約が成立していない・・などとしてこれを退けた(Carl S. Kaplan、「ユーザー契約と終わりのない問題」、NYT 01-7-13)。

 最近のダウンロードのように、ます使用条件のページが立ちあがって、ここで「I agree」を押さないかぎりダウウンロードがはじまらない−−click thru license−−なら契約が成立したといえるか−−契約が成立したとしても、約款に書かれていないプライヴァシー侵害についてまで、仲裁条項によって一般的に訴権を放棄したことになるか、そんな条項が公序良俗違反にならないか−−法の不確定性はまだまだ終わらない。

23. NYT 01-4-12/Nick Wingfield、「RealNatworksウエブ著作権に挑戦」、WSJ 01-6-20。なお、本間忠良、「マクロ・アーキテクチャーをめぐる独占への死闘」参照。

23.5. WN 03-5-14。 

24. LESSIG, op. cit.。

24.3. Wired Magazie 02-9-3。

24.4. David Coursey、「MSのあたらしいメディア・センターPCに内在する致命的欠陥」、ZDNet-AnchorDesk, 02-9-9/Brad King、「デスクトップ大企業の爪にかかる」、Wired News 02-9-9。

24.5. 2002年8月12-15日、サンフランシスコで開かれたリナックスワールド・エキスポは、大手企業のウインドウズ離れを強く印象づけた。スーパー・サーチ・エンジン、グーグルの創始者セルゲイ・ブリンは、グーグルが1万台以上のリナックス・サーバーを使っているばかりでなく、全技術者のデスクトップもすべてリナックスだという、いままでほとんど知られていなかった事実をあきらかにし、その理由として、コスト・パフォーマンス・レシオがいいこと、カスタマイズしやすいことを挙げている。おなじ席上、アマゾンのワット・ネルソンも、同社が2001年1月リナックスに切り替えてから、技術コストで25%、インフラストラクチャー・メンテナンスおよびソフトウエア・ライセンス・コストで11%のコスト低減を果たしたことを発表した。事実、ヤンキー・グループ[私事を許してほしい。1980年代を通して、ビジネスマンとしてIBMのメインフレーム独占と戦っていた私にとって、ヤンキー・グループはなつかしい名前である。当時はIBMウオッチャーと呼ばれ、IBMに訴えられたこともある]によると、企業ユーザーのマイクロソフトに対する 不満がいま史上最大値を示している(1,500社中40%が代わりがあったら切り替えたい由)。Michelle Delio、「リナックスは企業の恋人」、WN 02-8-14。

25. 本間忠良、「情報革命とその敵」参照。

26. WSJ 01-8-6。

27. WSJ 01-8-17。

28. NYT 01-8-17。

29. WSJ 02-2-5。

30. WSJ/NYT 02-7-1。

30.5. WSJ  03-4-30。

30.7. 朝日 03-5-6。

30.8. WN 03-9-4。

31. NYT 01-6-26。

32. Brad King、「音楽は無料の時の方が楽だった」、WN 01-6-29。

33. LAWRENCE LESSIG, CODE--AND OTHER LAWS OF CYBERSPACE (Basic Books, 1999) p. 14は、 "offshore haven"を例にとって、サイバースペースが本質的に国家権力の統制から自由になりうることを指摘する。国家権力に代わって、CODE (レッシグ独自の概念だが、アーキテクチャーに近い意味)による技術的統制が懸念される。

33.5. 日本では、著作権法違反の国外犯を罰することができる(刑訴施行法27条1号)ので、カザーのようなわけには行かない。

34. E.g., EMMA GOLDMANN, ANARCHISM AND OTHER ESSAYS/DANIEL GUERIN, ANARCHISM。

35. E.g., “Anarchism, the Creed That Won’t Stay Dead”, NYT 00-8-5。 

36. BNA: Patent, Trademark & Copyright Journal 00-9-29。

37. WN 01-8-4。

38. "n"の前の"g"は通常はサイレントだが、gnutellaが手本にしたGNUプロジェクト(リナックスを実質的に作り上げてきた無数のかつ無記名のハッカーたちによる集合的創作運動)の創始者リチャード・ストールマン(Richard Stallman)は、"new"との混同を避けるため、"g"を発音してもらいたいと言っている由。SAM WILLIAMS, FREE AS IN FREEDOM--RICHARD STALLMAN'S CRUSADE FOR FREE SOFTWARE (O'Reilly, Sebastopol, CA, 2002) at 24.

39. The Economist 01-6-23。

40. ファイル交換をしているPCのアドレスがわかれば、それと他のいろいろな登録情報をコンピューターで照合することによってユーザーを同定できる可能性がある。だから、ユーザーを探して著作権侵害で訴えることは理論的には可能である。ここで、固有IP番号については、IntelがPentium IIで試み、轟々たる批判を浴びて断念したCPU総背番号制がある。いま日本政府がプロモートしているIPv6の真意も疑えば疑える。また、著作権侵害に対して、被告は、一般的な「公正使用(fair use)」で抗弁することになるが、そんなもののない日本著作権法ではブレーキがかからない。事実、1980年代はじめ、ゲームソフトを無断コピーした中学生を訴えて新聞種にしたことがあり、一罰百戒は著作権産業の常套手段である。そればかりでなく、1998年デジタル・ミレニアム著作権法(DMCA)は、侵害者のプロバイダーにも一定の責任を負わせる(等々)しており、これを嫌うユーザーは、ますますwwwから離れて、インターネットの原型であるpeer-to-peerに戻っていくだろう。

41. "Big Music Fights Back", The Economist 01-6-16。

42. たとえば、Mat Richtel、「ナップスターはダウン、ファンはアップ」、NYT 01-7-20。

43. たとえば、Jason McCabe Calcanis、「ナップスター閉鎖はなぜ誤りか」、SAR 01-7-19/Brad King、「ナップスターはダウンしていない」、WN 01-7-19。

44. グヌーテラはハッカーたちの集合的作品だが、その創始者の一人であった天才プログラマー、ジーン・カン(2002年7月、25才で自殺)は、2001年6月、上院司法委員会での証言で、レコード業界に対して、「歯磨きはもうチューブから出てしまった。レコード業界は、ファイル・シェアリングという現実を所与の前提として、ビジネス・モデルを変えるほうが賢明だ」とアドバイスしている。WN 02-7-9。

45. "The Internet and the Law", The Economist 01-1-13。

46. E. g., ITHIEL DE SOLA POOL, TECHNOLOGIES OF FREEDOM (The Belknap Press, Harvard University, 1983)/LAWRENCE LESSIG, CODE--AND OTHER LAWS OF CYBERSPACE (Basic Books, 1999), p. 218。

46.1. Jポップがアジアで人気があるというのはうれしいニュースである。アニメもゲームもそうだ。日本もやっと文化の発信を始めたのだ。それも、官庁や業界と癒着した文壇や楽壇からではなく、だれも予想していなかったポップ・カルチャーからだったというところがたのしい。そういえば、コンピューターおたく雑誌「ワイアード」が、ガングロ、ヤマンバ、ルース・ソックスのころから「Japanese Schoolgirl Watch」というコラムを定期特集していて、最近はケータイのアクセサリーと制服回帰現象だった。サブカルは外からの方がよく見える。21世紀世界の一翼を担う東アジア共同体の文化的基盤がもしかするとこのポップ・カルチャーではないか(EUのそれがクラシック・カルチャーであるのと対比して・・)。

 

46.15.JポップのCDも、製品輸出でもライセンス生産でもおおいにやるべきだろう。ただ、業界の一部の人たちによると、アジアでは海賊版がすぐ出てくるから、正規品の価格を海賊版と競争できるほど安くする必要がある、一方日本では海賊版がすくないし再販価格拘束ができるから高値で売れる、だからアジアの安い正規版が日本に逆流しないように日本で輸入権を創設する必要がある・・というのである(たとえば「週間東洋経済」03-8-30、p. 43/「コンテンツ産業国際戦略研究会中間取りまとめhttp://www.meti.go.jp/kohosys/press/0004331/」平成15年7月、p. 24/2004年6月1日衆院文部科学委員会における依田参考人陳述「海賊盤とのフレンドリーな競争のなかで進出したい」(あまり傑作なので書き取っておいた))。

 だが、この論理は絵に描いたような−−尻尾が犬を振るたぐいの−−本末転倒である。著作(隣接)権は、現地の法にもとづいて厳正に執行するのが本筋なのであって、現地の法が信用できないというのなら、そのためにこそTRIPS協定があるのだ。海賊品とフェアな価格競争をやって、そのツケを、ちゃんと法律を守っている日本のファンに回してくるという論理が成立する世界があるとは驚くほかはない。

 

46.2. 著作(財産)権のはじまりは、1445年ごろといわれるグーテンベルクの活版印刷術の発明にさかのぼる。1世紀後、活版印刷術は、ルターのドイツ語訳聖書の量産を通して、宗教改革を不可逆のものにした(宗教改革の試みはそれまで何回もあったのだが、メディア不足も一因となっていつも挫折していた)。この発明が政治的爆弾であることを知った絶対王制は、言論統制の手段として、活版印刷術の実施を出版業ギルドに特許し、その独占に委ねた。著作(財産)権の原型は、だから出版社による複製行為の独占だったのである。E.g., POOL, Id., p.14ff。

 この間、著作(財産)権は出版社の特権で、著作者は出版社の雇人ないし下請けにすぎなかった。1789年のフランス革命はすべての中世的特権を廃止したが、著作(財産)権と発明特許制度がこれを生き延びた。もっとも、フランス革命は、個人尊重の理念のもとに、保護の客体を著作者に据えた。大司教領から出奔して自由人として生きようとしたモーツアルトが、生前から人気作曲家だったにもかかわらず貧窮のうちに死んだのは、著作者権誕生前夜の1791年だった。モーツアルトより14才年下のベートーベンが自由市民として堅実な生涯を送ることができた法的枠組みは、出版社の独占権である著作権ではなく、著作者個人を保護する近代的な著作権であった。

 

46.3. Quality King Distributors, Inc. v. L'Anza Research International, Inc., 118 S. Ct. 1125 (Mar. 9, 1998)。

 米国著作権法第602条(a):「外国で取得された複製物を、著作権者の承諾なく輸入する行為は、第106条に定める複製物の譲渡権を侵害する」。第106条は第109条(a)にしたがう。第109条(a):「・・・本法のもとで適法に作成された(lawfully made under this title)複製物の所有者は、著作権者の承諾なしに、同複製物を売却およびその他処分することができる」。

 ランツァはカリフォルニア州のヘア・ケア製品メーカーで、米国内では、特定テリトリー内のランツァ・ショップにだけ卸す排他的特約店を使い、集中的な宣伝と販売員訓練によって高値を維持していた。外国ではそんな差別販売をしていないので、価格は米国より安い。製品ラベルはランツァの著作物とされている。ランツァの英国代理店がランツァ製品をマルタ経由クオリティ・キング(QK)に販売、QKはこれを米国内のランツァ・ショップ外で安値販売した。ランツァはQKを著作権法第602条等違反で提訴、地裁はQKのfirst sale(第109条(a))抗弁を却下して略式判決を言い渡し、巡回裁がこれを容認したが、スティーブンズ(Stevens)判事が起草した最高裁判決は、ここでいう「所有者」が外国人であってもかまわないから、第109条(a)は輸入された複製物にも適用があると判断して下級裁の判決を覆した。

 判決は妥当なものだが、判決とは論理的な関係のない傍論(dicta−−後審を拘束しない)は、「first sale doctrineの保護は「所有者」に与えられるものであって、受寄者、ライセンシー、受託者・・には及ばない」とか、「外国法のもとで適法に作成された複製物には及ばない」と言い(IV)、また、ギンズバーグ(Ginsburg)判事の賛成意見は、著作権法の領土的性格を理由に、「本法のもとで適法に作成された複製物」と「米国で作成された複製物」とを同義に解釈する学説を引用するなど、判決そのものの自由貿易志向を謙抑的に限界づけようとする努力の痕跡がみられ、並行輸入問題を取り巻くはげしい利害対立を前にした司法部の苦衷が推察される。特許権ベースの並行輸入に関する日本最高裁のBBS判決(1997年)もそうだった(判決で並行輸入を認めながら、傍論で国際消尽を否定−−名を捨てて実をとった)(本間忠良、「BBS事件最高裁判決の評価と今後の問題点」参照。)

 この二人の発言については深く考える必要がある。まず、いまライセンス生産品を並行輸入しようとして第109条(a)を援用しているのは、ライセンシーではなくてライセンス生産品の「所有者」である。つぎに、第109条(a)の文言は対象を所有者自身による米国内での製造品に限定しているわけではない。ランツァ自身が外国で生産する場合(さらには米国内で他にライセンスを許諾して生産させる場合)もあろう。いずれの場合も、ランツァ自身による米国内生産と区別する法的根拠があるとは思えない。権利者自身によって、または権利者の承諾にもとづいて海外でライセンス生産された複製物を、「本法のもとで適法に作成された複製物」でないから、したがって「米国法上違法な複製物」だというのは詭弁であろう。ライセンス生産は米国法上違法でないから、ライセンス生産品は「本法のもとで適法に作成された複製物」に該当すると解すべきである。また「本法のもとで」と「適法に」は文理上従属関係にあるから、これらを切り離して論理操作することはできない。だから、「本法のもとで適法に」の否定形は、傍論のいうように「外国法のもとで適法に」ではなくて、「本法のもとで違法に」である。「本法のもとで適法に作成された複製物」を「本法に違反することなく作成された複製物」と読みかえるのが論理にも常識にも整合する。

 

46.4. OJ L167, 22/06/2001. なおEC条約第222条:「本条約は、いかなる場合にも、財産所有のシステムを規律する各加盟国の法令を妨げるものではない」に照らして、この著作権・隣接権指令が、知的財産保護よりも、むしろ高度な通商的意図(欧州要塞化Fortress Europa)を持つものであることがわかる。米国通商当局の言動と合わせて考えると、この輸入権問題が、じつは再来しつつあるブロッキズムの一側面なのであって、芸術保護などという美しい話ではない−−知的財産戦略会議の手に余る問題だった−−ことがあきらかである。日本が米欧のまねをしてはいけない決定的な理由は、日米欧3極のうち日本だけが、自国市場を要塞化してオートノミーでやっていけない−−唯一のグローバライゼーション依存経済なのだという点である。

46.5. EMI v. CBS, [1796] 2 CMLR 235 (1976). EC条約第30条は加盟国間での物品の自由移動に対する制限を条約違反としているが、第36条はかかる制限が財産権の行使として正当化できる場合を例外としている。CBSは米国、EMIは英国でそれぞれColumbia商標を所有、CBSの輸入をEMIが商標権にもとづき差止請求、欧州司法裁はCBSの30条抗弁を認めなかった。

46.8. Polydor v. Harlequin Record Shops [1982] ECR 329 (1982). Harlequinによるポルトガル(当時域外)から英国(域内)へのレコード(ビージーズ)並行輸入に対して、英国のライセンシーPolydorが著作権にもとづいて仮処分を申立て、欧州司法裁はHarlequinの30条抗弁を認めなかった。

46.81. 2003年12月9日文化審議会報告書。この種の詭弁やゴマカシがほかにもいろいろあるが、いちいちまじめに反論しているほど私もひまではない。

46.82. みなし侵害が著作権侵害でないことは学界のコンセンサスなので、とくに文献を引用するまでもないが、たまたま手のとどくところにあったものを挙げれば、斎藤 博『概説著作権法第3版』(一粒社1994年)p. 300/半田・紋谷『著作権のノウハウ第5版』(有斐閣1995年)p. 265。

46.825. Akzo事件パネル報告書GATT L/6439-36S/345 Novermber 7, 1989。WTOでは韓国牛肉事件Appellate Body Report WT/DS161/AB/R, WT/DS169/AB/R, adopted 10 January 2001, DSR 2001:I, 5がある。

46.83. 私たちがいま住んでいる資本主義世界では、自由な競争と流通によって、社会全体の需要と供給が一致する点で「1物1価」が成立し、この点で資源の最適利用と最大生産が実現する。しかし、コンテンツ業界は、どうやら「1物多価」という世界を待望しているらしい。そこではお客を所得階層に分割して、金持ちには高く売り、貧乏人には安く売る−−ただこんなこと(価格差別)が成立するためには、貧乏人が金持ちに安く横流ししないような障壁が必要だ−−これを国内でやるためには終戦直後のような経済警察が必要だが、国際的には−−輸入権さえあれば−−税関でもできるというわけである。知らないと思われると癪だから言っておくが、コストさえ考えなければ、価格差別には一定の経済的合理性があるという学説もある(本間忠良、「フェティシズムとユーフォリア」参照)。ただこのコストがあまりに大きいので、学説そのものの当否を考える気がしなくなるくらいである。コストといっても税関の費用のことではない。相手国もとうぜん輸入権やライセンス制限で対抗してくるだろうから、結局アブハチとらずになった上、ミニ・ブロッキズムという後遺症だけが残る−−米州要塞や欧州要塞に対抗できる東アジア共同体の悲願は絶望的である。韓国は、今までやっていた日本語ポップス禁輸を解除するつもりだが、日本の輸入権構想のことを聞いたらきっと考え直すだろう。これだけのコストを払っても、日本のレコード産業の利益のために、国際的な価格差別を奨励するという−−コンテンツ行政の平衡感覚の欠如が問題なのだ。

46.85. 先日、おなじ霞が関に勤務する一友人から、「反対ばかりしているのは建設的ではない。かわりに、君が考えている日本の音楽産業の未来像を描いてみせるべきだ」と指摘があった。ここでそれを簡潔にやってみよう。

 CDはいずれネット配信にとって代わられるだろう。音楽の価格はかなり下がる(直感的にいってポップスの聴き捨てで1曲25セントまたは月10ドル)が、自由競争による均衡価格までは下がらず、超過利潤は残るだろう(なぜなら著作(隣接)権が独占権であることは変わらないから)。一方、需要は飛躍的に増大するだろう。あらゆるところに音楽があることになろう(ubiquitous music−−といっても昔の観光地のようにラウドスピーカーでがんがん鳴らす「音の暴力」を思い出さないでいただきたい。私はWiFiの携帯端末を考えている)。

 それで思い出したが、昔とくらべていまの日本の町から音楽がなくなっていることにお気づきではないだろうか。私が子供のころはどこの店でもラジオで美空ひばりを流していた(これは今でも著作権侵害ではない(38条3項後段))。あのメロディは今でも耳の底に焼きついている。町は音楽であふれていた(うるさいといって怒る文化人もいたが・・)。しかし、1971年、音楽喫茶が要許諾となり(附則第14条/施行令附則第3条)、急速に姿を消した。私たちの世代はここでクラシックやジャズを聴く初期訓練を受けていたのである。再生機器も、音楽喫茶の超HiFi→ホーム・ステレオ→ミニコンポ→ラジカセ→ウォークマン→ケータイ(着うた)と、つぎつぎに矮小化してきた。ケータイでコントラバス(ダブルベース)の音が分かるかね。これがいまのクラシックやジャズ衰退の直接の原因だったのではないか。業界と役人がよってたかって音楽をだめにしている。私事で恐縮だが、私のグレン・グールドとの出会いは、通りすがりの喫茶店でふと耳にしたバッハのフランス組曲だった。入口でウェイトレスにたずねるとジャケットを見もせずうれしそうに教えてくれた。いまグールドのCDを何十枚も持っている。2000年、ふつうの喫茶店でのCD演奏もデパートのBGMも要許諾になり(附則第14条廃止−−もっとも、バッハなら著作権がとっくに切れている)、日本はますます静かになった。

 ネット音楽の到来によって、この(音楽喪失)傾向は逆転するだろう。多様なクリエーター(作詞・作曲・演奏家)と多様なリスナーがネット上で直結するだろう。いまクリエーターとリスナーの間に介在するいろいろな寄生事業者は、技術者を除いてかなり整理され、取引きコストが激減するだろう。これはいま音楽以外のいたるところで起こっている第何次かの産業革命の特徴なのだ。

 先日町のビストロで非常にムードのある女声ボーカル、ピアノ、ベースのトリオを聴いた。失礼を省みずギャラを聞いたら1ステージ1人1万円だった(食事はまずい定食1万円、30席満席だった)。娘の友達でみごとな3DCGアートを描くグラフィッカーがいるが、CGでは食べていけないので、本職は餃子店の皿洗いである。こういう人たちがもっとユーザー(最終的な支払者)の近くに来て、才能に応じた収入が得られるような社会システムができるはずである。

 以上の変化は、技術の発展のどうしようもないダイナミズムによるものであって、抵抗したところで、その到来を数年遅らせるくらいがせいぜいであろう。行政や業界がやらなければならないことは、この変化を、できるだけ犠牲者のすくないソフト・ランディングで受けとめることであろう。いま日本がやっているように、送信可能化権やいろいろな技術的制限手段でなにがなんでもネット音楽の到来を阻止し、輸入権や再販制でむりやりアンシャン・レジームを存続させようするなら、その変化はクラッシュ・ランディングになろう。

46.9. http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/pc/comment.html

46.95. 自慢するわけではないが、私はこのもとになったWIPO著作権・隣接権両条約の調印直後こうなることを予言している(本間忠良、「TRIPS協定の特異性」参照)。

46.96. 2004年9月、おもしろい現象がたてつづけに2つ見られた。まずエイベックスが社内クーデターの結果CCCDの全面採用方針を撤回、直後SMEが全面廃止に踏み切った。これは地すべりの始まりかもしれない。またソニーが、音楽携帯でいままで採用してしてきたDRMsベッタリの圧縮方式ATRAC3オンリーから後退して、なつかしのMP3を併載した。これでだれもATRAC3など使わなくなるだろう。2つのエピソードの共通点は、いずれもモノポリスト的自己過信が「市場に復讐」されたという点である。性能抑圧システムに他ならないDRMs(CCCDもその1種)などよろこんで買っている人はいない。これで音楽が他のエンタ商品(たとえば食事や旅行など)との競争に負けているのだ。音楽業界もすこしずつこのことが分かってきたのかな?

46.97. 2003年12月24日、私は文化庁あてつぎのコメントをメールした。ひどく忙しい日で、大急ぎで書いたため、不満足な出来だったが・・:

 平成15年12月文化審議会著作権分科会「文化審議会著作権分科会報告書(案)」第1章「法制問題小委員会」「II 検討の結果」「1  関係者間の合意が形成された事項」のうち、とくに「(2)『日本販売禁止レコード』の還流防止措置」を是とする意見に対して反対いたします(「(1)『書籍・雑誌等の貸与』に係る暫定措置の廃止」を是とする意見に対しても反対ですが、ここでは「レコード還流」の問題のみに絞ります)。

1. 検討の結果:「日本販売禁止レコードの輸入等」を、「関係者間の合意が形成された事項」と特徴付けることに反対します。

 ここでいう「合意」とは、供給者側−−業界−−の合意にすぎません。本件は、業界と消費者の利害が真っ向から対立する問題なので、消費者の同意を得ることがどうしても必要です。とくに、本報告書(案)のベースになった内閣の知的財産推進計画が、明文で消費者の同意を要求しています。

2. 現行制度:「日本販売禁止レコードの輸入等」を、著作権法第113条のいわゆる「みなし侵害」とすることは、立法の趣旨に反します。

 同条第1項第1号は、「輸入のときにおいて国内で作成したとしたならば著作権[等]の侵害となるべき行為によって作成された物」(俗にいう海賊版)の輸入を侵害とみなしている(無断複製は国内では著作権侵害)のですが、権利者のライセンスを受けて物を作成することは国内でも著作権等の侵害にはならないので、外国で生産されたライセンス品の輸入を「みなし侵害」とすることは、第113条の立法趣旨を大きく逸脱します。

 ライセンスの条件として対日輸出を禁止し、ライセンシーがそれに反して対日輸出をおこなう場合でも、契約違反の問題が起きるだけで、当該ライセンス生産そのものが著作権等の侵害になるわけではありません。

 輸出地域制限条項つきライセンス生産品を海賊版と同視することは、上述のとおり法理論として誤りなだけではなく、さらに、著作権法第113条が、権利保護とは関係のないオールマイティな取引制限法として濫用される危険性を開くことにもなり、通商政策上(著作物の自由な通商が文化に資すという意味からは文化政策上も)望ましくありません。

3. 問題の所在:「『日本販売禁止レコード』の還流防止措置」を要求する業界の基本的認識が誤っています。

 韓国政府による第四次日本大衆文化開放は、東アジアにおける文化交流開放の最終段階として高く評価されます。また小泉首相が提唱する「東アジア共同体」は東アジアにおける文化交流の促進を重要な柱にしています。

 日本の音楽産業の拡大を図るため、アジア諸国からの安価な日本音楽レコードの国内還流を止めて、国内音楽産業に対する影響を遮断しようという業界の意図は、東アジア共同体の構想に逆行する重商主義的発想で、今の日本がとるべき選択とは思えません。

4. 諸外国における還流防止制度:世界の65か国において著作権法等による還流防止制度が導入されているという業界の主張は正確さを欠きます。

 先進3極だけでいえば、たとえば米国には著作権法第602条(a)に輸入権の規定はありますが、これについては連邦最高裁判決(Qualit King事件)が、第109条(a)のいわゆるfirst sale doctrineによって、国内産品の還流を許しています。これが海外ライセンス生産品までカバーするかどうかは今後の問題(これを否定するかのような言及もありますが、傍論(dicta)にすぎません)で、決着がついているわけではありません。なによりも米国でのCDは安いので、還流など心配する状況ではなく、日本がまねをするいわれはありません。

 またEU(5月から25か国に拡大)域内では物品移動の大原則が働らいているので、レコードの輸入制限はできません。この意味で、業界の「65か国」というのはオーバーステートメントです。2001年の著作権・隣接権ハーモナイゼーション指令には、域内での譲渡権消尽を権利者の承諾にかからしめている規定がありますが、日本がこれのまねをするのであれば、東アジア域内ではレコードの自由移動を確保して、米欧に対して市場を閉ざせばいいはずです。しかし、アジアからの輸入を止めて米欧からの輸入を許そうという日本業界の意図はEUとはまるで反対で、やはりまねをする理由にはなりません。

5. WTO・GATTとの関係(報告書には言及ありません):GATT第11条は物の輸入制限を一般的に禁じています。

 海賊版を税関で留置できるわけは、ひとえにTRIPS協定第51条注1(b)(「みなし侵害」)などの積極的規定が国際法のなかにあるからです。「『日本販売禁止レコード』の還流防止措置」は国際条約の中には全く根拠がないので、これを税関で強行しようとすれば諸外国からの通商報復を招きます。審議会はこの問題を十分検討されたのでしょうか。

6. 検討結果:「『日本販売禁止レコード』の還流防止措置」は法的に無理なばかりでなく、政策的にも望ましくありません。

 著作権第113条による「『日本販売禁止レコード』の還流防止措置」は、一般的なレコード輸入制限につながります。海外メーカーと国内ライセンシーが共謀すれば、洋盤に「日本販売禁止」のステッカーでも貼れば、すべて税関で留置できることになります。法律を「日本製レコードの還流」に限定することは無理です(財産権法はこのような小まわりが利きません)。いま日本でライセンス生産されている洋盤は、外国で生産されているレコードのほんの一部です。このような一般的なレコード輸入制限を強行すれば、日本の音楽ファンのレコード選択の幅が阻害されて、結果的には彼らの音楽離れを招き、長期的には日本のアーティストにとってもマイナスになります。

 業界は「アジア諸国で正規品が適正価格で流通することにより,海賊版対策にもつながる」といっていますが、アジアで海賊版と価格競争をし、そのツケを法律違反などしない日本の音楽ファンに回してくるということなのでしょうか。もしそうだとすると、論理が完全に逆転しています。

 報告書(案)は、レコードの再販価格維持制度が著作権制度とは関係がないといっていますが、いずれも業界保護のための制度なので、役所の縄張りで区別するのは無意味です。文化政策としても、よりダイナミックな創作促進のため、業界保護のための還流防止措置を断念し、再販制度を廃止すべきです。以上

 

46.98.  パブリック・コメントの結果は、レコード輸入権が賛成676、反対293、不明68だった由(書籍貸与権が賛成1211、反対73、不明29)http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/010/04011501/009.htm。

47. David P. Hamilton、「音楽産業グループ、海賊防止方法に関する教授の研究阻止に動く」、WSJ 01-4-24/John Maekoff、「レコード業界の反対で科学者の音楽複製研究断念」、NYT 01-4-27/ZDNet 01-6-11。

48.. WN 01-11-1。48.3. NYT/WSJ 02-8-26。

48.5. NYT/WSJ/Wired News 02-12-18。

48.8. Sony Computer Entertainment v. Stevens [2002] FCA 906 (26 July 2002), http://www.austlii,edu.au/cth/federal_ct/2002/906.htm

49. WSJ 99-11-5。

49.5. NYT 03-2-21。

49.6. Sony Corp. of America, et al v. Universal City Studios, Inc. et al, 464 U.S. 417 (1984):有名な判決だが、最近の発展(Grokster事件)との関連で、あらためて要約しておこう。テレビで放映される映画の著作権者Universalは、消費者がSony製レコーダーを用いてUniversalの著作物を複製するので、Sonyは消費者による著作権侵害に対して有責だと主張。地裁は、かかる複製は公正使用だから著作権侵害ではなく、またかりに著作権侵害だとしても、Sonyの行為は寄与侵害(特許法と違って著作権法には寄与侵害の明文規定はないが、コモンロー不法行為の判例法が適用)に当たらない(Sonyは消費者による著作権侵害の可能性を認識していたものの、無許諾の著作物録画は著作権侵害になる可能性があるむねを表示)し、さらにレコーダーはテレビ番組に対するアクセスを増加させることによって、憲法第一修正(言論・表現の自由)に資するなどとしてSonyを勝たせたが、巡回裁は、この種の大量複製は公正使用に当たらないし、レコーダーは複製専用機だから寄与侵害の要件を満たすなどとして地裁判決をくつがえした。最高裁は、巡回裁をふたたびくつがえし、地裁判決を支持してSonyを勝たせた(5対4):「もしある機器が合法的かつ非難できない用法に広く用いられている場合は、その機器の販売を寄与侵害とすることはできない。非商業的使用の場合、それが著作物の潜在的市場を害するから公正使用に当たらないという主張の立証責任は主張者にある。Sonyは、無料のテレビ放映用にライセンスを付与している著作権者の多くが、個人消費者によるタイム・シフティング(あとで視聴するために放映を録画すること)に反対していない可能性が高いことを立証した(原被告ともかなりの規模の市場調査を実施している)。無許諾の家庭内タイム・シフティングは公正使用である。レコーダーは、だから、実質的な非侵害用途に使える製品であり、Sonyによるレコーダーの販売は著作権の寄与侵害を構成しない」。

  Metro-Goldwin-Mayer Studios, et al. v. Grokster, et al., S. Ct, 2005 U.S. LEXIS 5212 (June 27, 2005):被告有利の地裁略式判決を容認した第9巡回裁判決を破棄・差し戻す(全員一致):被告ソフトは、音楽および映像のダウンロードによる著作権侵害を促進するという主(排他的とは言わないまでも)目的で頒布されているので、被告が寄与侵害(著作権法に明文はないがコモンローの原則)で有責である可能性がある。被告は、ユーザーに対して、被告ソフトが作品を複製できる能力を明示で伝達し、著作権侵害で裁判中の同様サービス(Napster)のもとユーザーを標的にする意図を明らかにしていた。さらに、被告は、侵害行為を軽減するフィルタリング・ツールを開発する努力をしなかったし、その広告利益は明らかに侵害行為の多量さにかかっていた。巡回裁はSony 判決を誤読している。Sony判決はタイム・シフトという合法行為を主目的としていた。問題は、いかなる状況下において、合法・非合法両方の用途を持つ製品の頒布者が、同製品を使った第三者による著作権侵害行為に対して有責かということである。最高裁は、明瞭な表現やその他侵害を促進するためとられた積極的行為によって示されるような、著作権侵害の用途を促進する目的で製品を頒布する者は、第三者による結果的な侵害行為に対して有責であると考える。

49.7. NYT 03-4-26/WSJ 03-4-28。

50. 文化庁著作権課というのがNBL No. 741 (2002.7.15)に書いている。彼らの歴史感覚がよくわかるので、すこし長いが引用してみよう(下線と[ ]は筆者):『「インターネット対応」についてさらに他国を大きくリード。・・・「放送事業者」と「有線放送事業者」に「インターネット等による番組の無断再送信」を差し止めるための「送信可能化権」を付与する法改正[が国会の全会一致で可決、公布された]。我が国の著作権法は、インターネットへの対応(インターネット等による無断送信を差し止められる権利の付与)について、常に世界をリードしてきた。まず、[まだインターネットなど影も形もない]1986年には、世界で初めて、「著作者」に「サーバーからの無断送信を差し止められる権利」を付与した。・・・1996年のWIPO(世界知的所有権機関)のいわゆる「インターネット条約(WCTとWPPT)」が・・・日本の法制を超えた部分、すなわち、「著作者」、「実演家」、「レコード製作者」への「送信可能化権」(「サーバーからの送信」の前段階の、「サーバーへの入力やアップロード」をコントロールする権利)の付与については、我が国は、条約採択後わずか半年後の1997年 に 、先進諸国の先頭を切って法整備を終えている。現在でも、これらの条約に規定された「インターネット対応」のための権利を著作権法に明記しているのは、先進国中で日本とオーストラリアのみである(アメリカがこのような法整備を怠っているためにいわゆる「ナップスター訴訟」が起きてしまったことは、広く知られているとおりである)。・・・なお、インターネットでコンテンツを提供する場合には、安全な流通を確保するために、「プロテクション技術」や「電子透かし」などの活用が必要となるが、これらの回避、改ざんを防止する法整備を、「著作物」、「実演」、「レコード」、「放送番組」、「有線放送番組」のすべてについて終えているのは、世界中で日本のみである』・・・。[アメリカがビジネスと「表現の自由」との板ばさみで苦悩しているのを、インターネット最貧国「我が国」の役人が嘲笑している図である]。

51. SAR 01-10-22。

52. WSJ 02-7-3。

53. WN 02-7-3。

53.3. WN 03-4-5。

53.4. WN 03-5-8。

53.5. Dennis K. Berman and Anna Wilde Mathews、「レコード業界があなたの子供たちを逮捕させる?」、WSJ 03-1-28。

53.6. WN 03-4-26。

53.63. Verizon v. RIAA, 351 F.3d 1229 (DC Cir. 2003). 日本では、レコード会社14社が、プロバイダー3社に対して、WinMXでヒット曲を「送信可能化」したサブスクライバー19人の住所氏名を開示するよう求めた訴訟で、東京地裁が、プロバイダー責任法にもとづき、同開示を命ずる判決を言い渡した(日経06-9-26)。同紙によると、同様の判決が相次いでいるが、プロバイダー側が判決がないと開示しないという態度を貫いているので、レコ協や業界弁護士は、もっと簡易な手続で開示させるべきだと主張している由。日米の警察国家度の差が歴然としてきた。

53.65. WN 03-9-9。

53.67. Yahoo News 03-9-9。

53.68. NYT 03-9-25。

53.685. NYT 07-10-5。

53.69. WN 04-5-11。

53,7.日経03-2-6。

54. WN 01-12-18/02-3-22。なお、本間忠良、「マクロ・アーキテクチャーをめぐる独占への死闘」参照。IT産業は、法律で強制されるのには大反対だが、アーキテクチャーでは大きな譲歩をせまられるだろう。Declan McCullag、「ハイテクいわく、政府はハリウッドから出て行け」、WN 02-2-27/ZDNet 01-4-25。

55. SAR 02-7-16。

56. ZDNet News 02-7-25/WN 02-7-26/27。

56.5. NYT/WN 03-1-14。

57. Brooks Barnes、「彼らの耳に音楽を」、WSJ 01-3-26は、10年前に1度ヒットを出して以来大手レーベルからお呼びがかからなかった女性シンガーのテイラー・デイン(Taylor Dayne)が、手製の素朴なホームページでファンをつなぎとめ(新曲のMP3無料ダウンロードをふくむ)、このほどカムバックを果たしたエピソードを紹介している。シンガー・サイトで最もトラヒックの多いのがこれら独立サイトであって、レコード会社が金に飽かして作ったスターの'corporatized and sanitized'サイトではないことも報告されている。

57.5. 在来の無線放送(衛星デジタルも含めて)とくらべて、インターネット放送の利点は圧倒的である。資金がはるかにすくなくてすむ。無数のミニ放送局ができるだろうが混信の心配はない。出力に関係なく世界中で聴くことができる。表現形式が多様である(ゲーム性)。インタラクティブである。番組制作はプロダクションが主体になろう。コンテンツ情報の価格が下がり、それを上回って需要が増えるだろう。ただし、ここに至るまでには既存のコンテンツ生産流通体制が大変革を迫られるだろう。

 米国では、数週間かけて、1930年代以来現在までのビルボード全曲を連続放送するというような壮大なインターネット放送が試みられている。意識下で記憶していた曲を聞いて、幼児記憶が突然よみがえった(癒された)というような感動的な話がネットに寄せられている。

 日本ではこうはならない。日本では、サーバーからのオン・デマンド・インターネット送信が、送信可能化権の適用をもろに受ける(もともと1997年著作権法改正はこれが目的−−私は反対だし、サーバーなど使わないp2pがこれに含まれるとも思っていない−−)が、サーバーから一方的に流しているだけのインターネット放送も送信可能化権の対象となり、放送や有線放送のような二次使用料の支払いによるレコード使用や、放送のための一時的録音ができないとされている(文化庁・通産省「著作権法・不正競争防止法改正解説」(有斐閣1999年)60/74頁)。日本では何千曲をいちいち権利処理しなければならず、とうてい、この種のインターネット放送は不可能である。この判断が、最近の著作権法改正と判例(たとえば1999年東京地裁「スターデジオ100」判決)を深読みしすぎた私の誤解であればいいが・・。日本では、インターネットのあたらしいアプリケーションが、生まれる前に片端から殺されている。

58. Tim Townsend、「行かなくても聞けるんだよ」、WSJ 01-3-26。

59. Mark Jenkins、「ヒット・シャレード−−音楽産業の自傷」、Slate 02-8-20。

60. 日経02-8-28。

61. 2003年9月、米国でトップ・シェア(29.4%)をもつユニバーサルが、CDほとんど全製品の小売り推奨価格を一気に32%下げて$12.98にした(セット物、ラテン、クラシックは除く−−残念!)。10月スタートだが、末端では$9.99にまで下がるものもあるだろうといわれている。マスコミは大見出しで報道し、寝耳に水だった業界にはショックが走っている。米国ではCDの価格崩壊が始まった。米国のレコード業界は寡占状態だが、FTCの監視が厳しいので、協調による価格維持は不可能だろう。

 ユニバーサルのトップは、この値下げの戦略的意味をはっきり意識していて、ファンにそっぽを向かれたCDの長期低落にハドメをかけ、音楽市場を再活性化するのだと言っている。ユニバーサルは、値下げ財源のひとつとして、いわゆる「協力宣伝費」(地域広告補助名目のリベート)を廃止し、そのかわり本社レベルの(価格強調)宣伝を強化する。ユニバーサルによると小売店は$10でも利益が出る由だが、量販店有利を予想する専門家もいる。

 ユニバーサルは、1年におよぶ秘密のテスト・マーケティングの結果、この$12.98を「スイート・スポット」と決めた。ユニバーサルは値下げによる減収を上回る売上増を見込んでいる。店頭調査では、CDを手にとって、値段をみてから棚に戻す(価格コンシャスな)客が多いという観察が報告されている。いままでは、CDが高すぎて、ネットやゲームやケータイや旅行との競争に負けていたのである。もっとも、いくら値下げしても、品揃えが今のまま(売れ筋ばかり並べる)では、やはりネットに勝てないだろうという厳しい見方もある。「エンタ産業経済学」(ケンブリッジ大出版部、1998年)の著者ハル・フォーゲルは言う。「音楽業界が今日のビジネスの現実をやっと認識しはじめた」。$12.98は音楽ルネッサンスを起こすにはまだまだ高いが、同時に実施した個人対象の大量訴訟ショーとの合わせ技−−アメとムチ−−プッシュ・プル−−効果をねらっている。

 ユニバーサルの今回の動きは、2年前ワーナーがDVDの大幅値下げに踏み切って、そのおかげでいま見るようなDVDの大市場を作り出した行動(ハリウッドではついに劇場収入を抜いた−−日経 03-11-30)を見習っている。日本はいずれの動きにも乗り遅れ、輸入権でひたすら閉じこもろうとしている。WSJ 03-9-4/NYT 03-9-4/5。

 2004年8月、今度はネット音楽7割のシェアを持つアップルの小型再生機i-Podで再生できる音楽配信を始めたリアル・ネットワークスが、期間限定とはいうものの、配信料金をアップルi-Tunesのちょうど半額の1曲$0.49に設定した(互換問題や不当廉売問題でいくつか訴訟が起こるだろう)。アップルもリアルネットワークスも卸店だが、卸段階での価格競争がメーカーであるレーベルを引きずり込む可能性がある。海千山千のビジネスマンであるロブ・グレーザー社長はあきらかにこれを狙って瀬戸際作戦に出ている。再販制にしがみついている日本ではこうはならないだろう(もっとも、日本でも、ネット配信で再販価格維持をやったらモロに独禁法違反である。念のため)。

62. 日本のレコード産業では、管理・営業などの間接費が経費の70%を占める(BMGファンハウス社長田代英彦氏談、日経 03-12-1)。日本の音楽産業は、レコード会社、プロダクション、音楽出版社、音プロ、CM制作会社、放送局、映画会社、商社、出版社、金貸しなどが入り乱れて「権利ころがし」に参入しており、それらが水平・垂直に結びついた重厚長大構造を呈している。それぞれが営業(接待)部門を抱え、取引コストが高い。むりやりスターを作り出すための宣伝費が大きい。その上、二次使用料や、貸与報酬、私的録音録画補償金など人工的に創出した超過利潤の奪取をめぐって合法(官製)・非合法カルテルがひしめき、それぞれが「著作権意識普及のため」などと称して巨額のロビイング予算と人員を擁し、政治の一角に食い入っている。作曲・作詞・演奏というクリエーターの取り分はエッというほどすくない。1円の原価低減のために死ぬ思いをしている製造業からみたら気が遠くなるようなビザンチン的世界である。こんな古い芸能界の体質のままで、あたらしいディジタル・コンテンツ革命の主役が演じられるのだろうか。