復刻 汽車土瓶 2008 August





【オリジナル汽車土瓶(昭和30年代)】
 ・・・汽車土瓶を復刻しました・・・
 信楽学園の汽車土瓶は、かってSLが黒い煙を上げ、汽笛の音とともにたくましく走っていた時代に、駅弁と共に駅のホームで売られていました。「べんとう、おちゃ〜!」と列車が到着するのを待ちかねて、その短い時間に忙しくも手際よく販売する売り子さんに(この時はおじさんが多かったように記憶しています)旅愁をかき立てられたものです。
 信楽学園では、いま時代を超えて、この懐かしい汽車土瓶を復刻しました。当時の面影をそのままに忠実にオリジナルを再現しました。焼き物の伝統を今に受け継ぎ、信楽学園の子どもたちが丹誠込めて作った汽車土瓶をどうぞお使い下さい。
下は国鉄時代の機関車動輪マークの入ったオリジナルの汽車土瓶です。左は、信楽学園のシンボルマークです。
「復刻汽車土瓶」の反響は大きく、新聞各社や、関西テレビ、NHKテレビは、「信楽学園が汽車土瓶を復刻しました」と、この取り組みを大きく評価し、取り上げてくれました。この間、新聞社やテレビ 局のカメラが学園に入ってきたことはいうまでもありません。子どもたちにとっては緊張場面もありましたが、取材を受けるということは、作り手の子どもたちにスポットライトが当たることです。最初は少し照れくさそうにしていた子どもたちが、次第にインタビューにも、自信に満ちた表情で対応をするようになっていったことに、驚かされました。まさに光があたると、その光は子どもたちを輝かせ、周囲には明るい話題を提供し、嬉しくさせてくれることを実感いたしました。当然ながら、子どもたちの日々の仕事に、ますますの励みになったことはいうまでもありません。今年度「汽車土瓶」は信楽学園を、大きくPRしてくれました。
 11月2日のSL北びわこ号初運行日では、当日の限定「汽車土瓶付きSL弁当」が10分で完売、予約分も売り切れと、大好評でした。井筒屋の宮川会長さんが、当時を懐かしく思い起こされながら、「この汽車土瓶復刻は、まさに売り手よし、買い手よし、世間よしですね」とおっしゃった言葉が印象的でした。
 昭和30年代、当時汽車土瓶は、信楽学園の主力製品でした。月産2万〜5万個を作っていたと記録に残っています。利用者にとって汽車土瓶は、直接社会とつながる上でも有効な仕事でした。しかし、時代の変化の中で、この汽車土瓶は、次第にポリ容器にとって代わられ、昭和42年にはすっかり姿を消してしまいました。それから40年、いま時代を超えて、「汽車土瓶」はよみがえりました。
 「信楽学園汽車土瓶復刻」の反響は大きく、「新聞・テレビを見て・・・注文出来ますか」と、個人はもとより、企業や団体からの問い合わせや注文を多数お受けしています。今後も様々なイベントや、弁当を引き立てる小道具として、活用して頂けると期待しています。
 信楽学園では、このことを励みとし、汽車土瓶の製作をやりがいある就労訓練に生かし、取り組みをいっそう充実させていきたいと考えています。そして、子どもたちが居住を共にし、生活・職業訓練に励み、社会自立に向けて頑張っている姿を、多くの人にご紹介したいと思っています。
 ○毎日新聞紹介記事(08_8_5)  ○朝日新聞紹介記事(08_8_18)  ○滋賀報知新聞紹介記事(08_8_21)

 ○産経新聞Web News(08_8_25)  ○滋賀民報新聞紹介記事(08_8_31)  ○読売新聞紹介記事(08_9_30)

 ○近江毎夕新聞紹介記事(08_9_2)  ○交通新聞紹介記事(08_9_22)  ○産経新聞紹介記事(08_10_7)

 ○京都新聞紹介記事(08_10_18)  ○読売リビング滋賀紹介記事(08_10_18)  ○DADA通信紹介記事(08_10_26)

 ○毎日新聞紹介記事(08_10_28)  ○読売新聞紹介記事(08_11_30)  ○読売しが県民情報紹介記事(08_8_31)

【汽車土瓶のことを、多くの新聞社が取り上げて、記事にして下さいました】

汽車土瓶当時の製作風景




汽車土瓶注文書


汽車土瓶の色は4色あります
白釉(白色)飴釉(茶色)瑠璃釉(青色)青磁釉(薄緑色)