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二十四節季は節分を基準に、
1年を24等分し約15日ごとに分けた季節で、
冬至から約15日ごとに節季(せっき)と中気(ちゅうき)が交互にあり、
新暦(グレゴリオ暦)とは毎年約11日ずれるので、
中気を含まない月が閏月(うるうづき)となる。
この節季の移り変わりと、
「楽〜〜〜に、楽しく、ほんのりと」
生きている日々の移り変わり.を、
「節季の彩り」として。
※ インターネットで「二十四節季を」検索してみますと、
せっきのきが季と気の二種類あるのに気付きました。
良く調べると、
「二十四節季」は間違いで、
「二十四節気」が正しいとの記載がありましたが、
このまま「二十四節季」でGO!
大寒の花(22.1.20)
1月20日は一年で最も寒さが厳しいといわれる「大寒」でした。
が、
今年は暖かい大寒です。
そのせいでもないでしょうが、
水仙と桜草が花盛りです。

水仙の学名はNarcissus(ナルキッソス)。
ギリシャ神話では、
水鏡に映る自分の姿に恋焦がれて、
ついに水死して水辺に咲く一輪の花になった、
美少年ナルキッソス。
水を覗き込むように咲くのはそのせいだ、
という。
怖い怖い、
私も自分に恋焦がれないようにしなければ。
(~o~)大笑い!!
新しい年(22.1.1)
新年を迎え、
遅めの年賀状を送付しました。
(年内には間に合いましたが)
今年は寅年なので寅の切り絵を添え。
言葉は「虎描き 狗に類すを 省みる」としました。

「凡人の私、
豪快で優れた人のまねをして失敗し、
かえって軽薄に思われてしまう事がよくあるのですが、
今年は慎ましく年相応の生き方を実践しよう」
との意味で書き記しました。
先輩のK氏からの返信の助言は、
「まねは大事だと思います。そして、目標は高きに置くをよしとする。」でした。
納得です。
菅弦祭の記事(21.8.9)
なぜ高根島のような小さな島の神社が菅弦祭を出来るのか?
昔、
高根八幡神社の境内にあったイチョウの大木を、
厳島神社の大鳥居の一部に寄進したために、
菅弦祭の行事が許されたとか。
8月8日中国新聞 8月9日中国新聞

本家宮島厳島神社の菅弦祭 高根島八幡神社の菅弦祭
暑き海の祭り 男の祭り(21.8.7)
8月7日は二十四節季の一つ、
「朝夕はなんとはなしに秋の気配が感じられる」という、
「立秋」でした。
しかし日差しは高く暑い毎日です。
旧暦の6月17日の今日、
恒例の高根厳島神社のお祭り「菅弦祭」が、
厳かに執り行われました。

AM 7:30
赤宮横艇庫 櫂伝馬を海へ

海上親船 陸上親船
PM6:30
神事

平谷市長さんや子供達も参加

出航前 槇村総代さんの口上

カンカンカン(鐘) ホーオオエンヤー(掛け声)

ドンドコドン(太鼓) ホーランエーエーエヨイヤサノサッサ(掛け声)

夜店 応援団

流しソーメンのグループ有り 飛び込んでお酒を届けてくれた若者

汗の飛び散った後は、
日付が変わるまで続く慰労の宴。
帰り道は、
寂しさの残る祭りの後でした。
成長の主戦 父の目に涙(21.7.24)
7月23日は二十四節季の一つ、
「一年で最も暑い」という、
「大暑」でした。
夏の甲子園を目指した広島県の地方大会が開催中。
24日付けの朝日新聞広島版に、
盈進×崇徳「成長の主戦父の目に涙」。
高根島で暮らす槇村君と息子さんの記事。
〔昨秋、
股関節を痛め思うように投げられなかったが、
エースの背番号1をもらった崇徳の槇村君は、
同点の延長14回1死2・3塁の場面でマウンドに上った。
最初の打者を内野ごろに打ち取り、
あと一人で切り抜けられるはずだった。
甘く入ったスライダーは右中間を破る2点適時打となり、
抑えられず涙をのんだ。
「あんなに泣いているのを初めてみた。
エースの責任と覚悟がわかって精神的に成長したんですね」。
そう話す父親和郎さんの目も涙にぬれていた。〕
父親和郎君は崇徳高校のOBで、
三塁手として1976年の選抜大会全国制覇の経験者で、
郷土の誇りでもある。

盈進×崇徳(2009) 崇徳×三原(1997)
1997年、
我が息子は三原高校野球部時代、
広島地方大会1回戦、
旧広島市民球場で13×3でコールド負けした経験がある。
ちなみに対戦相手は崇徳高校でした。
さすがに涙はなかったと記憶してます。
中・高と野球漬けの6年間でしたが、
今の成長はその頃培われたものだと確信しています。
余談ですが。
「花笑み」(21.7.4)
7月7日は二十四節季の一つ、
「いよいよ暑さも本格的となり、
温風至(あつかぜいたる)の候」という、
「小暑」の3日前、
愛媛県に二人で出かけました。
しまなみ海道も松山道もそれぞれ1000円。
今治で友達のN君宅を訪問。
その後、
一路伊予市に向い、
行きつけの花・観葉植物の生産・販売店、
「花テラスみどり館」に到着。
妻が鑑賞中に私はカメラでパチパチ。
蕾がほころぶ様は、
まさに「花笑み」である。
少し気取って。



丹原町にある産直市場、
「周ちゃん広場」に寄る。
全国で第2位の売上だとか。
さすが、
品揃えにビックリ!

柑橘の王様「せとか」生産の私の先生でもある、
地元丹原町のYさん手作りの加工品、
「せとかぜりー」がありました。
私達は試食済みですが、
一度味わってみたらどうでしょうか。
絶品ですよ!

愛車の安全祈願(21.6.11)
6月5日は二十四節季の一つ、
「稲や麦などの芒(のぎ)のある、
穀物の種を蒔き植える時期という」
「芒種」でした。
10日は仏滅。
車屋さん曰く、
「今日が一番悪い日だとしたら、
明日からは上り坂」。
仏滅の日の納車に決めました。
とは言っても気になるものです。
で、
翌日、
広島の護国神社に安全祈願。

たくさんの神様をいただきました。
神頼りはあまりしたくないけれど、
叶わぬときはやはり・・・・・。
しかし、
宝くじはいつまで経っても当たりませんネ。
霧の美(21.5.21)
5月21日は二十四節季の一つ、
「陽気盛んにして万物ようやく長じて満つ」という、
「小満」でした。
陽気はいいのですが、
少雨の5月。
23日早朝は、
昨日の夕立のせいでしょうか、
瀬戸田海峡は幻想的な霧に包まれました。



姪の結婚式で博多に(21.5.2〜4)
5月5日は端午の節句。
二十四節季の一つ、
「山野に新緑が目立ち始め、
風も爽やかになって、
いよいよ夏の気配が感じられる」という、
「立夏」を3日後に控えた5月2日、
旅立ちました。
ゴールデンウイーク真っ只中、
土・日・祝祭日1000円の魅力を振りきり、
電車の旅でした。
中国新聞「天風録」にこんな川柳が。
「千円で どこへ行くかが 決まらない」
「千円で 高速ばかりの 2日間」


翌3日は電車で有田陶器市へ。
有田駅から上有田駅まで4キロの間、
ずら〜〜と陶器店が並ぶ。


翌4日は大宰府天満宮へ。

隣接する九州国立博物館へ。
「聖地チベット・ポタラ宮と天空の至宝」を見学。
建物のでかさにびっくり。
さすが国立。
不覚にも、
ガムを噛んだまま入場した。
係りの女の人から注意された。
さすが国立!

16回目のさくらまつり(21.4.12)
4月5日は二十四節季の一つ、
「万物ここに至りて皆潔斎にして清明なり」の、
さくらの見ごろ「清明」でした。
第2日曜の4月12日、
高根島の春のお祭りとして16回目を迎えた、
「さくらまつり」が開催されました。
今年は桜の開花が早く心配しましたが、
満開後のさくら吹雪の中、
多くの区民の方々が参加されました。
午前9時、
片富士山(高根山)中腹の滝山観音で法要後、
お接待が行われました。

境内で満開の春蘭 参加されたご老体に感心

滝山観音 峠尾(たお)観音
午前10:00からは、
峠尾(たお)観音で法要後、
お接待が行われました。

焼き鳥・焼きそばのお接待 カラオケ大会

こんな人居ますよね ねさくら吹雪の下で

さくら酒 世話人慰労会
春の息吹(21.3.5)
3月5日は二十四節季の一つ、
「虫が地面のぬくもりを感じて動き出す」という、
「啓蟄」でした。
今年は春の訪れが早いようで、
桜の開花も早めの予想です。
そこかしこに春の息吹が生きずいています。

メジロ(叔父の田坂哲也さんの作品) メジロ(私の作品)

3月3日は雨が雪に 盛りを過ぎたつくし

若いつくし つくしの親?スギナ


還暦(21.1.17〜18)
1月20日の二十四節季の一つ、
「最も寒いころ」という、
「大寒」を迎える頃。
60年で干支が一回りして、
生まれた年の干支に戻る事から「還暦」。
我が同窓生の会「破竹会」は、
この還暦行事を行いました。
嵐山光三郎氏の短編集「同窓会奇談」のあとがきに、
「人々が同窓会へ出かけて、
交錯した時間の糸をたぐり寄せあうのは、
昔の自分に出会おうという無為の作業である」とある。
竹馬の友(古臭い言い回しである)というだけで、
打ち解けて気がねなく話せ、
同じように生きてきた時代や、
昔の景色を懐かしむ。
昔の自分に帰り、
真っ正直だった笑顔、
真っ白だった希望を懐かしむ。
珠玉の二日間だった。

1月17日(土)、
高根八幡神社に参詣。
記念写真の後、
貸し切りバスで一路伊勢路へ。

二見浦の夫婦岩を参拝後、
鳥羽シーサイドホテルに到着。
ホテル支給の赤いちゃんちゃんこに着替える。
さすが還暦ですね、
ちゃんちゃんこが似合う事。
皆。

最高の料理を堪能し、
肩を組んでカラオケ「修学旅行」を歌い、
明日の英気を養い、
いつまでも変わらぬ親交を誓い合った。

翌、
18日は伊勢神宮に参拝。
おかげ横丁のあの「偽証」で有名な赤福本店前別店舗にて、
皆でぜんざいをほうばる。
甘辛党の私。
美味しかった。

鳥羽水族館にて、
トドのショーを見学。
あまりのメタボなトドに感嘆の声。
私など比ではないと一人安堵する。
松阪にて、
松阪牛のしゃぶしゃぶを豪華に食し、
松阪駅で、
東京・関西方面への帰省の友と別れ、
福山駅でまた別れ。
高根島に到着。
還暦行事が終わり、
寂しさだけが残った。

私達を育んでくれた高根島。
感謝の意を込め高根区自治会に寄付をした。
関西の友O・Eさんは、
還暦とは思えない、
はつらつとした若さの持ち主。
「秘訣は?」と聞くと、
「ヨン様の追っかけ!」
とあっけらかんと答えた。
後日写メールを拝受した。
「HPに使っていい?」
「いいよ!」
実にあっけらかん。
いつまでも若さを失わず、
こうでありたいものだ。