先ず隗より始めよ(まずかいよりはじめよ)

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ちょいと前振りが長い話ですが、聞いていただきましょう。故事はいろいろなことを知ることから始まりますから。

禅譲(ぜんじょう)という言葉がある。
これは皇帝が自分の血を分けた者(息子とか)に次の帝位を継がせるのではなくて、この人だ、と思われる「有徳の士」に譲位することである。これをやったのが伝説の聖人の堯(ぎょう)と舜(しゅん)であり、この2人はかなりの有名人。
世襲が当たり前だったこの頃ではとにかくビッグサプライズな出来事だったようですな…

さてさてでは本題に入りましょうヽ(´ー`)ノ
燕という国にある王がいた。
んで、このときの宰相が子之という腹に一物ある人物。

で、ひそかに子之の腹黒いたくらみに加担しようという陰険なやからがいる。
それらがこう言った。
「陛下、帝位を太子の平さまにお譲りにならず、徳のあります宰相の子之に禅譲されれば、陛下はそれこそまさに堯か舜です」と。
で、なんとこの王、こう言われて本当に位を子之に譲ってしまったんだと…(;´Д`)

さぁて、こうなると反子之派と子之派とが入り乱れてしっちゃかめっちゃかの大混乱。ついには内乱が起こって数ヶ月つづき、死者は数万にも達したそうな。

この動乱を隣の斉国でみていたのはあの孟子。
この禅譲は、全く意味ないし、こいつらのやってることは、殷の紂王の暴政となんら変わりはないですから、暴政から燕国の民を救いましょう。」
と言って、もともと燕国侵攻の機会を狙っていた斉国の王の背中を押し、ついには燕の全土を制圧してしまった。
子之は逃げ去ったが、王は殺された。

さて、そのあと、めちゃくちゃになっていた燕を収拾し、燕王の位についたのが昭王である。

この王様はなかなかの人物で、なんとか燕国を復興し、制圧されたという仇を晴らそうとしていた。
そこで宰相・郭隗(かくかい)を訪れて訊ねた。
斉はさぁ、内乱に乗じてうちの国をゲッツ!(σ・∀・)σしたじゃん?まぁ今は国も弱々だから報復したいんだけど出来ないし、だからと言ってこのまま泣き寝入りするのもイヤなんだよね。なんか(・∀・)イイ!方法はないかいな?

郭隗がこたえていうには
「陛下、こういう話がありますねん。
むか〜し昔、“一日で千里を走るという馬”を1000金で求めようとする主人がおりました。が、何年たっても手に入れられずにいたところ、その家来が金500で、死んだ千里の馬の骨を買ってもってきました。それを見た主人は激怒して
『ほすぃのは生きている馬だYO!ヽ(`Д´)ノなんで死んだ馬に500金も払うかなお前は…_| ̄|○』と言ったそうです。
買ってきた者がこう言いました。
『死んだ馬の骨でさえ500金で買うんだYO?生きている馬ならもっと払うだろう…と世間では考えるじゃん(多分w)。だからこっちからうろうろ探さなくても向こうの方から優秀な馬が集まってくるYO!ヽ(`Д´)ノ』
すると本当に1年もせずに千里の馬が何頭もその主人の下にやってきたのだそうですぉ。
つまりですな陛下が本当に賢者を得たいと思うのでしたら、まず私、隗からお始め下さいな。
『昭王はあの隗のような奇特でつまらない人材をも優遇する』という噂流れれば、当然私よりもっとすぐれた賢者が王の下に来ますですよ。それらは千里の道も遠いとは思わないでしょう」

王が隗の言を受け入れると、その通り、さまざまな国から賢者が競ってやってくるようになった。
そして王と優秀な人々が苦楽をともにした間、燕は遂に斉国をことごとく制圧するのである。で、そのときの将軍があの名将・楽毅(がっき)。彼も『隗より始めよ』作戦(爆)で魏から燕にやってきた人物の一人だったのだ。





解説:先ず隗より始めよ
    1 身近なところから手をつける方が良いということ
    2 物事はまず言い始めの人からやるべきだということ

  

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