国民救援会宮城県本部
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自衛隊は国民監視をやめよ

自衛隊の国民監視差止訴訟とは
 
違法な監視を止めさせ、憲法の自由と民主主義を守らせる裁判です
 東北6県の力で裁判を闘う体制めざし、6県107人の原告団に
 仙台の59人に各地のイラク訴訟から合流し111人の弁護団に
 具体的な被害を立証し、被告に認否を迫っています
 


第2陣の提訴に向かう原告団 仙台地裁前(2008.3.12)

 

    ○弁護団 111名
         団  長 勅使河原 安夫 弁護士(仙台弁護士会)
 
    ○支援する会
         代  表 小田中聡樹 氏
           代行 伊藤 博義 氏
                       連絡先 一番町法律事務所
                             電話  022(262)1901
                             fax   022(267)0144
 
    ○ 原告団 107名(宮城90,秋田8,山形5,福島1,岩手1,青森2))
         団  長 後藤 東陽 氏
         事務局長  堤  智子 氏
                       原告団事務局は、国民救援会宮城県本部事務所
                            (電  話) 022−222−6458
                            (ファクス) 022−222−6450


仙台弁護士会での報告集会で講演する三宅勝久氏
     第15回口頭弁論の終了後(2010.6.07

 <裁判の経過>
 陸上自衛隊情報保全隊の違憲・違法な国民監視をやめさせる裁判は、救援会会員も多数加わった107人の原告団となり、18回の口頭弁論が開かれてきました。

(訴訟経過)
 第1陣訴訟 2007年10月 5日提訴 原告 4名
 第2陣訴訟 2008年 3月12日提訴 原告22名

第3陣訴訟 2008年10月15日提訴 原告29名
 第4陣訴訟 2009年 2月23日提訴 原告31名
 第5陣提訴 2009年 4月27日提訴 原告18名
 第6陣提訴 2009年 7月 2日提訴 原告 3名


 これまでの法廷で原告側は、自衛隊による監視活動がどのようになされ、どのような被害を受けたかについて、原告の陳述書も提出し、意見陳述。また、山口大学の纐纈厚(こうけつ あつし)教授の意見書も提出しました。
 一方被告・国側は、監視の事実があったのかを認否しない異常な態度を取り続けています。さらに、現職の情報保全隊員を国の代理人として法廷の被告人席に座らせていることも判明。二次被害を防ぐためこの代理人を退席させるたたかいも行ってきました。
 今後は、提出したほぼ全員の原告陳述書に対し、国に認否を迫ること、当時の陸上自衛隊情報保全隊長らの証人申請、学者証人の申請を中心に自衛隊の実態、憲法論、国家賠償論などの主張立証を行います。
 3月13日の第13回口頭弁論では、原告側は、自衛隊情報保全隊の幹部3人を証人喚問するよう仙台地裁に申請しました。
鈴木健 氏(2004年当時の陸上自衛隊情報保全隊東北方面隊長)
六旗方之氏(現在の自衛隊情報保全隊東北情報保全隊長)
高山治彦氏(現在の自衛隊情報保全隊司令)
 このほかに、
     纐纈厚氏(山口大学教授=軍政学)
     小林武氏(愛知法科大学院教授=憲法学)
 を証人として申請しています。
 7月12日の第16回口頭弁論では、畑一郎裁判長が3人の情報保全隊関係者の証人喚問について、「自衛隊に照会する」と明言し、その期限を9月15日としました。
 これに対して、北澤俊美防衛大臣の回答が9月10日付けでだされ、鈴木健、六旗方之、高山治彦に対する尋問事項は・・・いずれも職務上の秘密に該当するものである。仮に、鈴木らが証人としてこれらの事項について証言することになれば、自衛隊情報保全隊の情報収集の手法、関心事項又は着眼点が明らかになり・・・じ後の情報収集活動に支障が生じることになる。加えて、自衛隊情報保全隊の業務に支障が生じた場合、防衛省・自衛隊の任務遂行にも支障を及ぼすことになり・・・以上から・・民事訴訟法191条第2項に規定する・・・に該当するため、承認は行わない、と回答してきました。これに対して弁護団は、裁判所独自の判断で証人喚問するよう、9月27日の第17回口頭弁論で主張しました。

現在まで寄せられた団体署名は、全都道府県から

個人署名、13,637筆


北澤防衛大臣に証人出廷の承認を求める署名は、

団体署名、  514筆
個人署名、4,818筆

<11月1日、第18回口頭弁論開かれる>
この日の裁判の焦点は、裁判長が原告側が申請していた証人を採用するかどうかでしたが、裁判長は、証拠として陸上自衛隊情報保全隊関係者3人と纐纈厚氏ら2人の学者の証人採用を認めませんでした。採用したのは原告5人の証人だけでした。
しかし、被告側は認否を明確にしていませんが、最終的に内部文書を作成したのは自衛隊であると認められる、と言う点では、裁判長の態度から立証可能という感触も得られたとも受け取られました。

裁判長が採用した原告
我孫子 麟氏 (元東北大学経済学部教授)
大宮 慶作氏 (青森県平和委員会事務局長)
小澤 和悦氏 (大崎市議会議員)
苫米地 敦史氏(シンガーソングライター、団体職員)
松井 美子氏 (大河原町議会議員)
 次回弁論は2011年1月17日13時45分から、原告側証人、
      我孫子 麟氏
      大宮 慶作氏
 上記2人に対する尋問が行われます。自衛隊の監視活動で受けた被害について、具体的に立証します。
 次回弁論は2011年1月17日13時30分から、原告側証人に対する尋問が行われます。自衛隊の監視活動で受けた被害について、具体的に立証します。
 まさにヤマ場を迎えています。
 毎回大法廷を埋め尽くす傍聴をはじめ、世論に訴える運動が求められています。
 日本で唯一、この仙台地裁でたたかわれている、人権と平和を守るこの裁判の勝利に向けて力を尽くしましょう。

法廷での原告側弁護団と裁判長とのやりとり

 

法廷には原告代理人14人、被告・国側代理人7人が出席し、傍聴席はほぼ満席。
 はじめに原告側準備書面を千葉晃平、野呂圭弁護士がその趣旨を弁論し、その後、裁判長は証人採用について、「原告5人を採用する。他は採用しない。次回は我孫子麟の証人尋問を30分と大宮慶作の証人尋問を30分にしたい」と告げたのに対して、勅使河原弁護団長が裁判長の訴訟指揮に異議を述べ休廷となりました。
 再開後、弁護団が情報保全隊幹部3人の証人採用しないことについて意見を述べ、裁判長の考えを質問したのに対して裁判長は、「防衛省が採用しなかったから」と答え、また、弁護団が内部文書の作成についての立証について質問したのに対しては、「一年前の法廷でのやりとりで済んでおり、後は法律判断になる」と裁判長は答えました。学者2人の採用については、「事実関係というよりは法律論だから必要ない」と採用しなかった理由を説明しました。
 法廷は、弁護団が「原告側が異議を述べたことを調書に記録すること」と裁判長に要請し、閉廷となりました。
 これまでの裁判で、自衛隊の監視活動に何一つ正当性がないことが明白になっており、まさにヤマ場を迎えています。
 毎回大法廷を埋め尽くす傍聴をはじめ、世論に訴える運動が求められています。
 日本で唯一、この仙台地裁でたたかわれている、人権と平和を守るこの裁判の勝利に向けて力を尽くしましょう。



裁判の勝利をめざす決起集会
12月15日(水)午後2時
仙台市戦災復興記念館・地下展示ホール



当日は、約100人の原告、支援者が参加して開催され、はじめに原告団の後藤東陽氏の挨拶の後、ジャーナリストで東京新聞編集委員の半田 滋氏が「戦地派遣 変わる自衛隊」と題して講演し、自衛隊の誕生からソ連崩壊後の冷戦終結後のペルシャ湾への掃海艇派遣、イラクへの陸上自衛隊と航空自衛隊の派遣、インド洋上での給油支援など海外派遣と対米支援へと進んできた自衛隊の実態と役割の変化について詳しく話されました。
その後、鹿又喜治弁護士の裁判報告があり、最後に、原告団事務局長の堤智子さんから裁判勝利に向けた個人・団体署名活動推進の提案があり決起集会を終了しました。
 引き続き、団結と裁判勝利を願って望年会が行われ、懇親を深めました。






     
ゾッとする自衛隊の監視活動

〜堤 智子さんの原告としてたたかう決意〜

 

 3月19日仙台弁護士会館で、「LittleBirds」の上映会がありました。

 フリージャーナリスト綿井健陽監督のこの映画は、イラクの多くの子ども、一般市民が殺傷されるさまを映し出し、サマワに「援助」に行った自衛隊の姿を衝き、イラク戦争の真実を伝えていました。

 当時私はイラク戦争阻止を願い、世界の人々と連帯し様々な行動に参加、戦争強行後もこれは続きました。その後アメリカ自身イラク戦争の誤りを認め、戦争に協力した各国での検証も進められています。ところが国は自衛隊派兵の誤りを認めないばかりか、イラク戦争と自衛隊のイラク派兵に反対する市民の行動をひそかに監視していたのです。

 暴露された陸上自衛隊東北方面情報保全隊作成の内部文書には「反自衛隊活動」の一覧表があり番号、所属、氏名、発生年月日、発生場所、関係者又は団体、内容、駐屯地などの項目ごとに情報が管理され、参加人数、シュプレヒコール、看板文字、写真なども記載。突然に現場で情報収集し、記録したことを伺わせます。

 監視対象は政党、市民団体、地方議会議員、ジャーナリストなど広範囲にわたり、自衛隊演習がうるさいと苦情の電話をした市民まで記録されています。

 私は18ページ、「16・1・14、仙台市、戦争法反対宮城県連絡会(P・S共闘)」の記録に「あっ」と思い、すぐ手帳で確認しました。確かに国民救援会の旗を持ち参加していました。Aさんは婦民代表として集会決議案を読み上げています。

 暴露文書はわずか3ヶ月程度の期間ですが、イラク反戦行動だけでもその前後、昼デモ、集会での司会、決意表明、宣伝カーのマイクの訴え等、私の行動が逐一監視されていたと思うとぞっとします。市民全体の情報はどれほど膨大な量となっているのでしょうか。

 本来情報保全隊の仕事は、隊の外に勝手に情報が流れることのないよう、隊内の規律違反を取り締まることです。なのに、海上自衛隊情報流出事件など不始末の絶えない一方で、監視の目を国民に向けていたとは・・。

 私は東北6県107人の原告に加わり監視差止訴訟をたたかうことにしました。これまでの裁判で被告・国は、監視の事実について「認否しない」という不当な態度を取り続けています。原告側申請の自衛隊幹部や学者などの証人を採用させることができるかどうか、今重大な局面を迎えています。言論思想弾圧と共に侵略戦争を進めた歴史を繰り返させないため、広く世論に訴え、原告として役割を果たしていく決意です。




警察と一体となった監視、放置できません
2011年1月7日、第19回口頭弁論報告


 去る1月7日、第19回口頭弁論が仙台地裁101大法廷で開かれ、原告・安孫子麟さん(宮城憲法会議代表委員、原告副団長)、原告・大富慶作さん(青森平和委員会)の証人尋間が行われました。自衛隊隊幹部およぴ学者証人が不採用の中で、原告5人の証言は一段と重要になっています。お二人の証言は監視の事実、その実態、具体的な被害の実態、監視活動の不当性、原告としての思いなど多妓にわたりました。その毅然とした証言は大法廷に静かに、感動的に響きわたりました。


 我孫子麟さんの証言(要旨)
   自由な杜会であってほしい

  
   安孫子さんの主な証言内容は次の2点でした。
 まず監視された2004年1月14日夜の集会について。この集会は安孫子さんが代表委員を努める宮城憲法会議と、憲法を守る市民委員会、護憲平和センターの3団体が主催しました。集会当日安孫子さんは主催団体を代表して挨拶し、ひきつづ行われたデモ行進の先頭に立ち、横断幕を手に行進しました。安孫子さんは、この集会が自衛隊に監視されていたことを、自衛隊の内部文書を見て初めて知ったこと。シュプレヒコールの文言や横断幕の内容もほぼ正確に記録されていることを見ると、新闘記事からではなく情報保全隊員が実際に現地に釆て内部文書に記録したのではないかと証蓄しました。
 もう一点は、警察の情報が自衛隊へ流されているのではないかという事実について。内部文書の一か所に、14日の集会の主催団体が「戦争法反対宮城県連絡会」と記載されているものがあるが、これは、警察へ届けた名前がそのまま自衛隊に横流しされた結果、自衛隊の内部文書に主催団体として記録されたものと思われる。当初集会は「戦争法反対宮城県連絡会」で企画・準傭していましたが、その後の経過で三団体の共催になりました。 当初の主催団体を「戦争法反対宮城県連絡会」としたのは、警察に属けた申請書からしか分かり得ないことなのです。明らかに、警察、とくに公安警察と自衛隊とが、密接に連
携している。戦前・戦中に特高警察ど憲兵隊が一体となり国民監視し弾圧したあの時代の再来かと思われると証言しました。最後に安孫子さんは、もし監視を知っていたら「止めてくれ」と言ったと思うが、しかし主催者の立場としては、集会参加の呼びかけを萎縮したり、自己規制したりするのではないか。集会参加の団体や個人が園家権力から監視されるとなれば圧力どなり恐怖感もある。右翼からの攻撃も考えられる。主催省も参加者も共々、行動の障害になることは間違いないと、監視がもたらす「実際の被害」についても言及しました。
 中国・満州で戦前・戦時下の憲兵の監視活動を体験された安係子さんは、自衛隊の国民監視を放置すれば戦前のような抑圧体制になるのではないか、逆戻りをいま止めなければとの思いで原告になった、自衛隊の国民監視は即時やめて欲しいと証言を結ばれました。


大宮慶作さんの証言(要旨)
   卑劣な監視,歴史の後戻りではないか
 

   大宮慶作さんはい1953年生まれ。「青森県平和委員会Jの事務局
長と「有事法制反対東青連絡会」の事務局の仕事をしていた2004年、「有事法制反対東青連絡会」の街頭宣伝・書名活動について9回青森県・平和委員会の活動が4回にわたり監視され内部文警に記録されています。その記録は何時何分から何時何分まで、何名でと詳細に、プラカ一ド、ゼッケンの文言も正確に記録され.ていることから、自衛隊は現場に来て宣伝開始から終了まで継続して執拗に監視していたものと思われる。現場でそれらしい人はいなかったので、自衛隊は私服市民にまぎれ、あるいは隠れて監視していたのではないかと証言しました。
 また、2004年2月2日の内郡文書の記録を見ると、団体代表者のところが黒塗りになっているが、秋谷尚八代表と読み取ることができる。実際現場に来て監視したとしても、無言で立ってアピールしており、ゼッケンには書いてないし誰が代表か分からないはず。
 警察へ届けた団体代表者名が自衛隊に流されたとしか考えられないと証言しました。大宮さんは22歳の時広島で被爆者の話を闘いたこが、平和活動。核廃絶運動にとりくむきっかけになつたと証言。イラク派兵反対についても、国民の8割が反対しているのに派兵を強行した政府に対し、国民には国の聞違いに「異」を喝える権利があるとの考えから精カ的に行勤した。ところが私たちが知らない間に、コ'ノコソと隠れて監視するなんて、人間として許されないと。自衛隊が監視しているという事実を知ったのは、2007年6月6日に日本共産党が記者会見で発表する少し前の5月末頃、日本共産党から事実確認の問い合わせがあった時。衡撃であり、ショックでした。
 軍事力をもった:自衛隊の監視により「反自衛隊」というレッテルを貼られる、、まるで戦前の特高、憲兵、隣組みたいで歴史の後戻りではないかと恐ろしくなりました。現実に、監視文書を知ってから妻や子どもへの影響も考え、覚悟がいるし、宣伝行勤に参加する団体が以前に比べ半分以下になった。、また秋谷さんのように名前が特定される不安もあり、宣伝する時は誰か監視している人がいないかあたりを見回るよつになったし、私自身ネームプレートを付けないで行動するようになったと、監視による被害について具体的に証言しました。


  
安孫子さん、大宮さんに対する国側の反対尋問はありませんでした。

 
  次回証人尋間は5月9日(月)13:45〜
 小澤和悦さん、苫米地サトロさん、松井美子さんの原告3人の証人尋問です。
 傍聴席を満席にし、激励しましょう。


 なお、裁判終了後、弁護士会館で開かれた報告集会では、渡部容子弁護士の司会で、我孫子さんの主尋問を担当した鹿又喜治弁護士、大宮さんを担当した千葉晃平弁護士から発言があり、そのほか、佐藤博文弁護士(北海道)、毛利正道弁護士(長野)からも意見が出されました。



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