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江戸時代小説に見る やまい(病)・薬と食べ物 |
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くらた内科クリニックでは隔月で漢方の勉強会(YTK漢方勉強会)を主催しています。
YTKの由来はスタート時のメンバーが横浜駅近く(Y)、鶴見区(T)、川崎市麻生区(K)で仕事をしていた関係です。本会は、相鉄ビル内科医院院長の森壽生(ひさお)先生に、漢方処方の理解とその臨床応用を主に講義をしていたたき、日常の診療に生かせるような勉強会を実施しています。
今回は、私の趣味である江戸時代小説に出てくるやまい(病)・薬と食べ物の話をこれまでの漢方勉強会での内容と合わせて皆さんに紹介したいと思います。
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第一話 「マタタビ」
(マタタビは保険適用の既存漢方エキス製剤処方には含まれていません)
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| はなしの出所: |
包丁人侍事件帖 シリーズ第二弾 「大奥と料理番」 著者 小早川 涼 |
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主人公は江戸城の台所人、鮎川惣介と脇役は大奥添番、片桐隼人(剣の達人) |
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話の大筋は、文政年間、第11代将軍徳川家いえ斉なりと西の丸様(嫡男家慶)間でお世継ぎ問題が微妙に拗れ、家斉の寵愛の厚い側室美代の方(※1)と寺社奉行水野和泉守間で権力争いのため数々の事件が起こる。今回の薬の話は、大奥「呉服の間」奉公で針仕事をする七葉は長い奉公で、関節痛などに悩まされていた。七葉の弟(御細工所同心 五木田与五郎)が姉七葉の病状を見かねて秘密の抜け穴(夜泣き石の言い伝え)を使って関節痛に効くマタタビを差し入れするが、こぼれたマタタビに猫が集まり、秘密の抜け穴が露見する。大奥に30年以上奉公すると合力金(※2)が死ぬまで年30両出るため、姉の奉公期間は26年目で後4年間は頑張らないといけない経済的事情があった。(慰労金が出る話は今回初めて知りました。)
(※1)美代の方:下総中山の寺の娘、長局では一番の権勢を誇る側室で、大奥一の美人だそうで、若君には恵まれないものの、長女の溶姫はじめ、3人の姫君を産んだ。
(※2)合力金(ごうりょくきん):大奥に長く勤めた者に支給される給金。大奥の呉服の間を30年以上勤めれば、そのあと暇を取っても、年金として1年に三十両の合力金が終生保証される
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(P107) 石の上にこぼれた柳色の粉をさし片桐隼人が、鮎川惣介に言う。
「正しくは木天もくてん蓼りょうといったかな。またたびの枝の瘤をゆでて天日に干し粉末にした薬だ。」
「木天蓼は体の節々の痛みを取る薬だ。服用もするし、粉を湯に溶かして痛む部位を浸したりする。母が一時期、膝と足首の痛みに悩まされてな。木天蓼を使ったのだが、ずいぶんよう効いた。」 |
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| 日本での「マタタビ」の花(左)と実(右)です。 (写真出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』) |
Actinidia polygama ツバキ目、マタタビ科マタタビ属の落葉蔓性、別名夏梅ともいう
「マタタビ」は皆さんもご存知のように、ネコ科の動物(ライオンやトラも)はマタタビの臭い(中性部の有効成分マタタビラクトンおよび塩基性部の有効成分アクチニジン)に恍惚を感じ、強い反応(異常な嗜好性反射)を示すため「ネコにマタタビ」という言葉が有名ですが、中国の本草書にはそのことに関する記載は見当たりません。マタタビ以外にも、同様にネコ科の動物に恍惚感を与える植物としてイヌハッカがあります。 |
【説明】
天蓼(てんりょう):
木天蓼(もくてんりょう)の和名をマタタビActinidia polygama(Sieb. et Zucc.)としていることが多いが(記載は出典により異なる)、日本で知られている「マタタビ」と中国での元祖?「マタタビ」は別のものを指しているようで、[神農本草経]にある天蓼(てんりょう)が木天蓼(もくてんりょう)で貝原益軒の「大和本草」にある天蓼(てんりょう) は藤天蓼(とうてんりょう) でこれが日本でマタタビと言われている物に一致します。木天蓼は精油成分に富んだ果実をつける大木植物ですが、現在中国においても木天蓼はマタタビであるとされ、日本でもそれが通用しています。薬用部位については、日本では一般に果実を用い、特に果実にタマカ科のマタタビミタマカ寄生して瘤状になった虫えい(ちゅうえい)(※3)を用いるが、本来は蔓性の茎を用いたと思われます。現在中国においては、果実(木天蓼子)のみでなく、枝、葉(木天蓼)、根(木天蓼根)も用いています。
天蓼は木天蓼、藤天蓼、小天蓼の3種類があるが、効能は似ており、たぶん同じ仲間と考えられており、果実は蝋燭になり、芽は食用にできます。
(※3)虫えい(ちゅうえい):マタタビの花の子房にマタタビアブラムシが産卵し、そのために実は異常発育し凹凸不整の虫えいとなる。 |
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特徴:
葉は蔓状の枝に互生し葉柄があり、形は楕円形で細かい鋸歯を持つ。6月から7月に径2cmほどの白い花を咲かせる。花をつける蔓の先端部の葉は、花期に白化し、送粉昆虫を誘引するサインとなっていると考えられる。近縁のミヤママタタビでは、桃色に着色する。
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(⇒白化したマタタビの葉) |
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分布と生育環境:
日本では、長野県、四国など、アジアでは千島列島、朝鮮半島、中国(東北、西北、山東、湖北、四川、雲南など)に分布し、山地の林縁に自生する。低位の山を散策すると割とよく見かける。
マタタビという名前は、疲れた旅人が、マタタビの果実を食べたところ、再び旅を続けることが出来るようになったということから、「又旅」から名付けられたとの説がある。だがこじつけという説もあり、アイヌ語の「マタタンブ」からきたというのが、現在最も有力な説のようである。 アイヌ語で、「マタ」は「冬」、「タンブ」は「木にぶら下がっているツト」の意味で、おそらく果実を表した呼び名だろうと思われる。貝原益軒は「・・・実二種なるゆえにマタタビと云、マタツ実なり、ツはやすめ字也。」と
若い果実は辛いが熟すと美味しく、用酒(マタタビ酒)の素として果実がよく使われ、また塩漬けにして食用にされている。因みにキウイフルーツもマタタビ科である。
【薬味、薬性】 辛、温
【薬能】木天蓼は元来その藤茎を用い、ハンセン氏病、腹中の硬結、腰痛、ヘルニア(疝気)、歯痛、下痢、風邪による虚労、虚冷を治す薬であるが、現在ではその虫えいは風湿を除き、脾胃を固める作用があるとして用いる。中国での木天蓼酒は脳卒中による片麻痺、構音障害に用いられている。
【用途】民間療法は体を温める作用があり、健胃薬、強壮薬、リウマチ、腰痛や神経痛の治療薬として用いる。酒に浸して「木天蓼酒」や浴湯料に利用する。
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参考文献:和漢薬草科図鑑[T]、中薬大辞典[第4巻]、漢方のくすりの辞典、
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia) |
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本題に戻ります、
七葉の仕立てる「御召おめし」(しゃきっとした風合いの先練り先染めの柳条縮緬の単衣)が大の気に入りの家斉は、マタタビだけの治療では十分でないと判断し、本道(内科)と整骨を得意とする番医に診察をさせてくれることになり此の件は解決しました。
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| 【ショート・ショート】 江戸前てんぷら(天麩羅) |
主人公が「南総里見八犬伝」で有名な読本作家、曲亭(滝沢)馬琴(1767〜1848)を天ぷらに誘うシーンがあります。「人形町まで行って天麩羅を食いませんか。少し相談に乗ってもらいたことがあるのだ。ご馳走しますよ。」 早世したとされる松前藩の藩医になった息子の滝沢宗伯先生(神田同朋町に(馬琴の年上女房)母 百と住む)も登場します。
江戸で本格的に天ぷらの屋台売りが登場するは安永年間(1772〜81)で、文政期(1818〜30)になると天ぷら料理店がぼちぼち登場します。「江戸前天ぷら」とは東京湾で獲れる魚介類を揚げたものをさし、食べやすいように串に刺して供されていました。天つゆは大阪の串揚げみたいに共用の大どんぶりの天つゆ(串揚げは二度付け禁止のソース)に付けて食べていたようです。
人形町で供された天麩羅は大皿に30串が載せられ、芝海老、車海老、烏賊、小柱、鱚(きす)、旬の銀宝(※4)、鮃(ひらめ)、慈姑(くわい=鍬芋)、出始めの筍などです。屋台では、1串4文(約100円位)ですので大皿は3000円位?か
天ぷらを食べてみましょう。 主人公は天ぷらを見つつ、
「屋台の天麩羅はごま油を使って、濃い色に揚げているが普通だが、この見世(店)のは少し色が薄い。上方風に菜種油を少し混ぜているのだ。そして、菜種油を混ぜて油の香りが控えめになった分、天つゆを醤油多めに仕立てることで味に釣り合いを出している。サクツとした歯触りは、うどん粉にくず粉をちょっと混ぜてあるのだろう」 美味しそうですね。
(※4)銀宝(ギンポ):別名ウミドジョウ(海泥鰌)、カミソリ(剃刀)
江戸前の天ぷらのネタとして珍重されたが現在では幻の魚とも言われ、語源ははっきりしないが、江戸時代の銀貨である丁銀に似ているからとも言われています。
釣りの好きな人はご存知かも? |
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| 続きますので、ご期待を |
くらた内科クリニック 倉田 文秋 |
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