バッハ無伴奏補完委員会
 

パブロ・カザルスのバッハ無伴奏チェロ組曲
~OPUS蔵復刻版~

J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲を世に知らしめた功績で有名な、パブロ・カザルスの演奏である。
EMIの復刻盤は入手しやすいが…

これは、確かに聴いていて精神性とか気迫のようなものは伝わってくるんだけども、音が悪すぎてストレスになる。音質の悪さを我慢しながらでないと、聴いていられない。そのため、聴いていて疲れてしまうので、敬遠しがちになってしまう…


そうしたら、なんと、OPUS蔵というレーベルから、もっと高音質の復刻盤が出ているそうじゃないか。

さっそく、HMVオンラインで注文してみた。


しかし、なかなか入荷しない。
もしかして、すでに廃盤なのか…?と不安になりつつも、待つこと1週間程度だっただろうか。発送を知らせるメールが来て、その次の日くらいには、ポストに届いていた。


どれどれ…( ̄ー ̄)ガサゴソ


ぐぉッ、こ、これはッ!!Σ( ̄□ ̄;)


な、なんという…味わい深い演奏。
滋味あふれる、とはまさにこのことか…(-_-;)

昔のSPレコード(蓄音機のヤツらしい…)から復刻したそうで、レコード特有の「シャー…」というノイズが入っているのは仕方ないとして。
まぁ、CDなんてまだない時代から、LPレコードに親しんでいた世代としては、その程度のノイズは全く気にしないけども。


それにしても、この、チェロの音の良さは何だ…?
ちょっと、これほどの良い音色の演奏は他にない。


カザルスの演奏に対しては、いろいろと批判もあるようで。
CDに付属の解説書でも、鈴木秀美氏がいろいろと書いておられる。
なんでも、「バロックのスタイルから逸脱」しているんだそうだ。


う~ん(-_-;)


別に、良くない?
バロック時代にはこう弾いていた、バッハの時代には、このように演奏されていた…というのを復活するのは、まぁ、その道の学者さんにとっては重大な意味があるんだろうけども、ワタシのような素人愛好家からしたら、割とどうでもよい。


だって、今はバロック時代じゃないんだから。
バロック時代の楽器や奏法を復元してみたところで、やっぱり現代のモダン・チェロの響きの方が好きだし…バロック時代の楽器や奏法は、博物館に展示するにはいいだろうけども、聴いて楽しむには、ちょっと物足りないのである。
すでに失われた楽器や奏法は、やはり失われるだけの必然性があったんだと思う。さらに良い響きを求めて改良されていったワケだから、そんな昔の楽器・奏法を再現してもねぇ…考古学的な価値はあるにしても、聴いて楽しむという点からすると、ちょっと疑問に思っている次第です。


カザルスの時代には、まだバッハ当時の演奏習慣についての情報が多くなかった、とも言っているが、情報が多ければよい演奏ができるかというと、必ずしもそうとは言えない。
むしろ、情報が邪魔をすることもある。
多い情報は、人を頭でっかちにして、傲慢にさせ、本質を見失わせることがあることを、忘れてはいけない。


このカザルスの演奏は、カザルス自身の生き様、人格の全てが自然と滲み出して凝縮したものだと思う。
まだ「生きること」そのものが命がけの真剣勝負だった時代の、まさに「巨匠」の芸術なのだろうと思うワケです。


だから、真似しようとしてできるものじゃない。
弾き方がどうとか、演奏の仕方とか、そんな小手先の小技でどうこう変わるもんじゃない。


カザルスの体から、精神そのものから湧き出してくる何か魂の奥底を揺さぶるような、そんな深い精神性を感じるワケです。


バロック時代はどうだった、こうだった、なんてことは、些細なことで実はたいして重要じゃないよなぁ、と思うワケです。


サラバンドで大仰な感情表現してもいいじゃないか。サラバンドなんて、バッハの時代にすでに舞曲としてのキャラクターを失っていたらしいし。だったら、ただの緩徐楽章ではないか。
5番プレリュードもそんな言うほど退屈じゃないし、むしろすごい。
ガヴォットも、そんな言うほど重くないと思う。ガヴォットが重過ぎて最悪なのは、ロストロポーヴィチ2番&5番だよ(笑)


…まぁそんなワケで、このOPUS蔵による復刻盤は、かなりすごい。
レコード特有のノイズさえ気にしなければ、チェロの音はいいし、ストレスなく聴ける。
ただ、気軽に楽しく聴く、というものでもない。
人間の生き様とか、強さとか、そういったことを感じてカザルスの深い精神性に心打たれながら、魂の奥深くを揺さぶられながら真剣に聴く、そんなCDだと、思うのであった…(つづく…のか!?)

(2010年5月31日)

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