紋別教会
1955923日(昭和30 年)献堂(聖マリア海の星)

      主日のミサ;午後2:00


オランダ管区のフランシスコ会司祭のムルダー・スタニスラオ師は富良野教会の手伝いを辞めて、北見地区に移り1954 年から紋別で司牧に当たっていた。
1955
年、借家に住みながら教会と幼稚園の設立準備に入る。1955 9 23 日、冨津司教様司式により献堂式か行われた。聖堂・司祭館の平屋で387 . 8 u(聖マリア海の星)の教会であった。信徒は紋別・遠軽・雄武・滝の上・鴻の舞地域に散在していた。

当初は20 数名の信徒であったが、次第に増加したため、ムルダー師は新聖堂の建築を自らの手で行ない、1969 年秋に完成し冨澤司教様により献堂式が行われた。146 .9uの新聖堂は公会議の精神を生かし、祭壇を囲む形となっている。
1974
年から79 年まで教区司祭の長坂親秀師が司牧手伝いに来ている。しかし、鉄道の廃止・鴻の舞鉱山の廃坑・司祭の減少・過疎化の進行・共同司牧などで兼任教会となっている。

歴代の主任司祭
初代 ムルダー・ス夕ニスラオ師1955 1970
2
代 ヴァレリコ・オストウルム師1970 1974
3
代 長坂親秀師1974 1979
4
代 アルテミオ・ホルス師1979 1980
5
代 パウ口・ボウマン師1980 1984
6代 川上剛師1984 1987
7
代 パウ口・ボウマン師1987年-2008年
8代 川上 剛師 2008年-

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沿革

小聖堂