北見教会

 

 

 

 

 

北見教会《 聖ペト口》 1933 年(昭和8 年)10 25 日献堂。
沿革:
1930
野付牛地方は帯広教会の巡回地となった。キノルド司教はこの地方の中心教会のため、アレキシオ・ヒップ師に命じ土地を物色させ、1931 年番場町に住んでいた信者の加藤チセさんの世話で野付牛町の番場氏から2217 . 6uの土地を購入した。

1933
この年の14 日、旭川教会主任であったダマゾ・ゴラ師が野付牛教会開設のために任命され、加藤さん宅に間借り。10 25 日に教会が完成した。1935 5 10日 には1570 . 8uの土地を購入し3788 . 4uに増加されている。

1942
北見市となり教会も北見教会となる。戦争への突入から1943 年ゴラ師は札幌光星に移り、教区司祭の中川(宏)師が主任司祭となる。中川師も軍属での徴用もあり、再赴任後の1944 3 月には教会が軍の病院に接収されたり,中川師の召集などで司牧も十分出来なかった。194 年中川(寿)師が着任、病弱と食料難の中での宣教司牧であったが多くの受洗者を出している。1949 年にはフルダ管区のジジモ・ヨルダン師と交代し、北見は再び教区からフランシスコ会の担当となった。

1955
ジジモ師に代わって1952 年からオランダ人宣教師アルテミオ師が主任となっていたが、北見地区が25 年の司牧契約でオランダ管区担当となる。その後、多くの宣教師が北見地区に派遣されたためもあり、屯田町修道院や教会建設・幼稚園建設がすすめられた。

1966
前年の末に閉幕した公会議をうけて、教会の刷新・福音宣教の推進・信徒の養成などのために、多くの計画や実践活動がスタートした。1968 年には学生セン夕一がつ<られ、1969 年には司祭・修道者・信徒による使徒職委員会が出来て新しい福音宣教活動が始まった。1974 年より美幌・留辺薬教会は巡回教会となったが、1977年に留辺薬教会は北見教会に統合された。

1981
日本管区への司牧移行により、中谷功師が地区長として任命され、川上剛師と共に赴任した。

献堂50周年記念式典 198311 6 日(昭和58 年)司教代理の浅井正三師の司式で共同ミサが捧げられ、市内のキリスト教会の牧師や管内・道内からの信徒約230 名がミサと記念式典に参列した。また、50 周年記念にあたり記念誌と新教会墓地(共同墓地 )がつ<られた。

1993 年(平成5年)
前年度から教区司祭の太田哲也師がフランシスコ会司祭との共同司牧を行っていたが、この年から教区司祭に司牧が移行され、今田玄五師が地区長として赴任した。この年の11 14 日深夜、漏電と思われる火災により聖堂と会館部分が焼失した。教会再建委員会や各教会・修道会・地域市民の協力で翌年の10 23日、地主司教を迎えて献堂式を行うことが出来た。可動壁での聖堂の拡張、身障者へのスロープやトイレ、採光や断熱などの配慮がされている。

歴代の主任司祭
初代 ダマゾ・ゴラ師
1933-1943年
2
代 中川宏師1943 - 1947
3
代 中川寿師1947-1949
4
代 ジジモ・ヨルダン師1949 - 1952
5
代 アルテミオ・ホルス師1952 - 1 955
6
代 マテルノ・ダッセン師1 955 - 1 959
7 代 ヴァレリコ・オストウルム師1 960 - 1962
8
  アルテミオ・ホルス師1 962 - 1 966
9
代 パウ・ボウマン師1966年−1980
10 代 ゲラルド・サレミンク師1980 - 1981
1 1 代 中谷功師1981 - 1982
1 2
代 伊藤隆師1982 - 1984
1 3
代 村上芳隆師1984 - 1988
1 4 代 織田格師1988 - 1991
1 5
代 太田哲也師19911993
16代
今田玄五師1993 - 1995
17代
谷内武雄師1995 −2005年
18 川上 剛師 2005年―2008年
19代 パウロ・ボウマン師2008年-


(写真は現在の新聖堂)

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        主日のミサ:10:00 AM 

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」

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聖アントニオ

聖ヨゼフ

聖母マリア

聖堂の内部