モリワキエンジニアリング就職
ちょっと真面目な話し
高校3年生のある日のこと雑誌(オートバイ誌)を何気なく見ていた僕は
モリワキがレースメカニックの求人広告を出しているのを見つけた
当時進学を考えていなかった僕はその広告を一目見て
モリワキでレースメカニックとして働いてみたい思った
そしてその求人に早速応募、鈴鹿で就職試験をうけた
有り難い事に、なぜか何とか合格することが出来
僕は生まれそだった浜松を後に鈴鹿と住み移った
モリワキはレース活動といい、マフラーといい
雑誌で当時からその名をはせていたが
実は合格はしたもののそんなモリワキの事は僕はあまりよく知らなかった
それよりも高校時代ZUに乗っていて僕はカワサキのバイクが好きだった
だから当時のモリワキがカワサキのバイクでレースをやっていた事は
僕にとってはとても魅力的だったのだ
それから僕もいずれはレースをやってみようと思っていて
鈴鹿に行けばサーキットが近く練習がしやすいと思った
そんな事が理由でモリワキに行きたかったのだ
だがこの求人広告による森脇護さんとの出会いは
その後の僕の人生を方向付ける事となった
初めて仕事として組んだエンジンはモリワキモンスターZTだった
当時、チーフメカニックとして僕の先輩だったのが佐藤健正さん
この人こそ、後のオーバーレーシングの社長である
その他にも、ノジマエンジニアリング社長の野島さん
P'Sサプライの社長である林さんもモリワキの先輩メカニックであった
そのころ一緒にレースをやってきた人たちは
現在もこの業界では活躍している人たちばかりである
森脇 護さんのもと
この様な人たちからもレースを教わることが出来たことは幸運だった
79年〜81年に僕が担当したライダーは
ワイン・ガードナー、グレーム・クロスビー、
ジョン・ペイス、デビット・アルダナ、和田将宏選手達である
僕は彼らのマシンのエンジンを担当し
サーキットをめぐってメカニックとして夢中で働いた
最初はちょっとまじめな話ですが、この先は雑誌にも書いていない
面白いエピソードを紹介したいと思っています
どうぞお楽しみに