ポール・オースター

最後の物たちの国で


白水社
 ううーん、すごいよぉ〜。
 誰もが引き止めるのを振り切って、政情も不安定な滅亡への一途を辿るある国へ、行方不明になった兄をさがして、単身乗り込んだヒロイン、アンナ。物語は彼女の手記という形で表わされます。確かなものはまるでない、今あった物も今まであった道も振り返ると無くなっている(ことだってありえる)という混沌とした国で、「兄を見つけること」を、途中からは「この国を脱出する事」を支えに生き延びるアンナと彼女が出会う人々。彼等はそれぞれ違う様子を見せてくれるけど、この現状を彼等なりに受け入れるしかないという所はみんなが同じなの。どんなにそれが理不尽だろうと何だろうともはや「肝腎なのは生き延びること」だけという諦観が、めっちゃリアル。しかも、実際生き延びられるかどうかアンナ自身あんまり信じてなさそうで、その辺もなんかリアルに怖いの。
 読んでて、サラマーゴの「白の闇」を思い出したけど、途中から、それ以上にアニメ「平成たぬき合戦ぽんぽこ」の1シーンを思い出してしまいました。何の技もない並の狸たちが人間の世界に狸の世界を乗っ取られてしまうという危惧から世を儚んで、歌い踊りながら泥舟で死出の旅へと向うという、子供向けアニメにあるまじき背筋のさむくなるシーン。緩やかに、でも確実に死へ向う姿がこの作品とシンクロするんですよ。
 未来のない混沌や理不尽さの中にもなにがしかの秩序が生れるというのも、うーんとうなってしまうとこです。
 こう書くとめちゃくちゃ重くてしんどいお話のようですが、不思議と読後感に浮遊感があるの。なぜでしょ?(2001年9月26日)

偶然の音楽


新潮社
 面白かったですね。(^-^)ニコ
 妻に逃げられ、娘を姉夫婦に預けている消防士ジム・ナッシュが、突然父の遺産を手にする事になります。しかしそれで妻が戻ってくるわけでもないし、幼い娘は完全にナッシュを忘れて幸せに暮らしている・・・彼は仕事を辞め、有り金を使い果たすつもりであてもない放浪の旅に出ます。やがて1年以上が経ち金も尽きかけた頃、ナッシュはポッティというギャンブラーに出会います。ボッティの富豪との大勝負の話に乗って、ナッシュは彼に残りの金を全部託して勝負に出ますが…。
 前半と後半でがらりと変る物語、怖いですよ〜〜。 (2001年10月10日)

ムーン・パレス


新潮社
 父を知らず、母も幼い頃に無くした主人公M・S・フォッグ。伯父に育てられた彼は、大学生の時にその伯父も亡くし、絶望のあまり人生を放棄したように、伯父の残した大量の書物を読むだけの暮しをはじめます。。やがて書物の尽き生活費も尽きホームレスと化した彼は、公園で餓死寸前のところを友人に救われます。体力が回復すると、フォッグは奇妙な仕事を見つけます。盲目で車椅子に乗った気難しい老人の世話。そしてフォッグは知らず知らず、自分のルーツに近づいていくことになります。
 うわ〜〜、これも良かったです。主人公の青年M・S・フォッグについては、どうなんだろうという感じなんですが、彼が出会う男たちが素敵なんですよ。まず、彼が愛し愛された、彼を育ててくれた伯父。かれとのエピソード、いいんですよね〜。そして謎の老人エフィング。やっぱり表に出さなくてもお互いに強い絆を結んで行ったこの老人抜きにして「ムーン・パレス」は語れないですよね。気難しくて、誇大妄想ぎみで、真摯で、非情で、愛情あふれた人でした。それからもう一人、エフィングの息子の巨大な体のバーバー。フォッグって、如何にも破滅型の人間だけど、彼を取り巻く人たちに恵まれてるよね。
 フォッグの極貧生活とホームレス生活についての描写もリアルだったわ。実は私も半月ほど住む所のない暮らしをしてた時期がありますが、確かに公共の図書館はとてもよい避難所でした。このあたり、日本もアメリカも似てるんだな〜。リアルな描写で肉付けされた現代の寓話って感じがしました。(2001年11月5日)

リヴァイアサン


新潮社
 ううっ、良かったです。好きだわ。
 この物語は、一人の男がウィスコンシン州北部の道端で爆死したことから始まります。自作中だった爆弾が暴発したらしいのです。で、一人の作家がその死んだ男は自分の友人ベンジャミン・サックスではないかという前提のもので語る長い物語なの。
 作家のピーター・エアロンが語るのは、一冊の長編小説を出したことのあるエキセントリックで、魅力的で、才能あふれる作家サックスについての、彼が直接知っていたサックス、サックスの口から語られたサックス、他の人間から語られたサックス。先輩作家であり、親友だったサックスが、何故爆死するに至ったかが、みっちりと書かれてるんです。順を追って。
 でも語ってる本人も、何時誰が真実を口にしてるのかわからないの。全ては失ってしまった後、過ぎてしまった後での事であって、語る人の主観が交じらずには入られないものだし。
 強く喪失感を感じさせる物語だったような気がします。(2002年1月25日)

ミスター・ヴァーティゴ


新潮社
 うう〜ん、面白かったですわ。一人の少年の六十八年間を描いた物語なんですが、イキの良い語り口と、全編に漂う切なさからくる甘さがほど良くて、ホント楽しく読めました。
 セントルイスの街で暮していた9才の孤児の少年ウォルト。彼に、黒いタキシードとシルクハットの男がいいます。「私と一緒に来たら、空を飛べるようにしてやるぞ」。過酷な空を飛ぶための修行が続くある日、ウォルトはついに宙に浮かぶことができるようになります。これまで誰一人なし得なかった技を身につけた彼は、師匠とともにアメリカ各地を巡業し、成功を収めていくのですが…。
 第一章は農場での修行時代。師匠とウォルト、幼い頃にやはり師匠が拾ってきたという黒人の少年イソップ、彼らの世話をするジプシーの女性、マザー・スーの暮しが語られて行きます。
 第二章は、突然の悲劇から師匠とウォルトが農場を後にし、浮遊術の興行を始める物語へ。そして、第三章は、空を飛ばないウォルト、師匠と別れた後のウォルトの物語となってます。
 1920年代のアメリカを背景にしての、喪失感漂うやさしいおとぎばなし。かなり好きな感じです。(2002年3月14日)

トゥルー・ストーリーズ


新潮社 柴田元幸訳
 とても読み応えのある本で、読み終えて本を置いた時、ふうっと溜息がもれたぐらい。とてもよい本でした。ぜひ手元に置いて時々読みたい!そんな気持にさせる作品。しみじみと、様々な事柄について思わせてくれる本でした。
 本書は、オースター自身、あるいは彼の知人の身に起こった「嘘のようなホントの話」をあつめたエッセイや、彼の半生を、主に金銭面からくるさまざまな出来事を中心に綴った長編エッセイ「その日暮らし」、他さまざまなエッセイが纏められているもの。
 嘘のようなホントの話をあつめた「赤いノートブック」の章は、最初に書いたような、時々読みたい、読み返したいと思わせるような素敵なエッセイがつまってました。例えば、オースターの友人Rが、知られざる傑作と言われる一冊の本を何ヶ月も探していた時の話。オースターの自宅に、宛名の人物の転居先不明で戻ってきたと思われる一通の封書の不思議の話。出生の秘密に纏わる偶然の徒のような不可思議な出来事など、どれも、読んでいて素直に「へー、不思議な話だね」と頷いてしまうようなものばかり。本当は、普段なにげなく過している毎日の中にも、きっと人には信じてもらえないような、ちょっとした不思議な出来事がひそんでるのかも…そんな気持にすらなってしまいました。でも、それをちゃんと過去から拾い出せるかどうか、それが才能なのかも知れないですね。
 「その日暮らし」の中のさまざまなエピソードも良かったですね。小説を読むだけではわからないオースターの人柄が垣間見えるような気がします。特に、遠く離れた地で、翻訳された作品だけしか目に出来ない人間にとって、とても興味深く、かつ楽しく読ませてくれました。
 最後の方にあるエッセイには、9.11のテロについてのエッセイもありました。それはオースターの14歳の娘さんが初めてハイスクールへ通う日だったのだそうで、娘さんが世界貿易センターの下を通った一時間後のことだったとか。ニューヨークに住み、誰もが本当に身近な人を失って傷ついたこの日のことが、短いけれども真摯に書かれてました。
 それにしても、これらのエッセイの文章のよいこと。ウィットに富みながらも、けして崩れない真摯に語りかけるような文体、素敵です。近年の日本で人気のあるエッセイって、どうもヘンになれなれしくて、読んでいてなんだか落ち着かない気持にさせるのだけど、ここには、きちんと計算された距離感があるように思えます。日本人の幼児性、なんていいたくないけど…言いたくないけど…。(2005年6月5日)

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