


| 「エンタープライズ」 1968年1月19日、米海軍原子力空母「エンタープライズ」が佐世保に寄港した。 |

映画 芦原すなおの青春小説「青春デンデケデケデケ」や村上龍の 映画69(シクスティナイン)なんかはIn Sasebo系と同じですね。
「 目 次 」
1章基地の街・性少年の夏 2章外人バー・ブラックローズ 3章アメリカ海軍第七艦隊所属バンド
4章EMクラブ 5章続・EMクラブ 6章ダンスホール・乙女 7章ベトコンになった高校生(妄想編)
8章「ベトコンになった高校生(妄想編)その2」 9章クラブ・ムガ 10章「ジミー・シング」
※抽入曲については一部を除き当時のライブ音源を入れました。



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「基地の街・性少年の夏」
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初秋の頃、思い出すのは過ぎ去りし夏の名残り・・・・・・・・ その夏の記憶は外人バーと掃き溜めのバンド部屋・・・・・・・ ・・・そう、今は無きブラックローズは俺達の心の中で生きているんだよね。 松浦公園の一角に、デーンと一軒だけ、いかにも誇らしげに建っていたっけ・・・・・・・・・・・・・ と或る日、俺達はバンドメンバーの桜井君ちの「桜井モータース」でバンドの練習をしていたんだ。 この桜井モータース、ロケーションはいいんだが実はおんぼろぼろの倉庫跡とあって殆どお化け屋敷に毛が生えた様な代物なんだ。 ベースの音量をフルに出した時なんかは天井がブルブルと音を立てて震え、今にも俺達の頭上に落ちて来そうなヤバ感がある。 それに加えてバイク屋特有のシンナーやらタイヤゴムの臭いやらが、いつも店内には充満していて暫くすると、なんだか酒でも飲んだみたいに皆気分良くなってきて、自然にノリが良くなって来るといった按配だ。 ついこの前なんかはバイクから漏れ出たガソリンに煙草の火が引火して、 あわやの大惨事になるところだったんだ。 ところでこの桜井モータースはベースキャンプのメインゲートすぐ側にあって裏のフェンス越しにはアメリカがある。 だから、用足しするときにはトイレが奥の離れにあったという理由で、そこまで行くのが煩わしい俺達は、いつも練習を終えるとフェンス越しに一列に並んでアメリカへ小便を飛ばしていたんだ。 この日もいつもの様に、一汗流した俺達はくわえタバコで爽快に飛ばしていた! ・・・・・が、その時 「こらー!お前達そこで、なんばしよっとかー!」 聞いているのは、例の黒服の男だけ・・・・・・・・・。 |




お疲れさん!! 隣のラーメン屋でジュースとラーメン一杯のギャラ……。 いやあ〜 実にうまい!! 気分は最高さ! ……俺達は、今日からプロなんだから……… .・・・・・・・・・・・・・・・・ 黒服に、とりあえず気にいられた俺達は、名門??「ブラックローズ」で週末の演奏依頼を受ける事になった。 ところで後に知った事だが、この店は、あのジャズの大御所、今は亡きジョージ川口先生が戦後、佐世保在住の折、後まで恩を受けることになる程の名ドラマーと巡りあった場所だったらしいんだ! その話をボーカルのジミーが仕事で一緒になった時、ジョージさん本人から直接聞いて驚いたと言うエピソードはずいぶん後になってからだった。 それだけでも、すでに名門だ! ……。 だが今の俺達には知るゆえもない。 なぜなら、他の外人バーにも俺達みたいなバンドマンが、ゴロゴロ 居たからさ。 今、まさにベトナム戦争の真っ最中なんだからね。 まあ、後に他の店のバンドと音楽性で遣り合う 事になるんだけどね・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・角マイクを手にしたジミーは、そこに書かれているロゴを見た。 それでも、極めて自然に振る舞った。 そばで見ていると、なんら 当たり前の様にね。 「AKG」 彼が初めて手にした、いわゆるオーストリア製の本物のマイクだったのさ。 それから ジミーは、またも、当たり前の様にして メンバー に合図をすると、1曲目を始めるんだ。 その時の彼は、すでにミックジャガー さ! ・・・・尾上のギターのリフ が始まると周りがシン と して、一瞬、店内の空気が張りつめる。 マンボのベースが、被せてくる! ドラムのビートが弾ける…!!
行きたか! 見たか!! 聴きたかぁー・・・・・・・・・・!!! |




米軍最新鋭の航空母艦 エンタープライズ が入港したのがそれから、間もなくの事だった。 ・・・・・・・・・・・・・・・ 俺達の店の前は公園だったので、反戦運動家の集合拠点となっていた。 全共闘率いる、全学連 安保共闘 日教組連合 etc・・・・・・・・・。 アーケード街を、まさに蛇踊りまがいにデモをする闘志達! 彼等の行動は、意外にも強烈に俺達の目に写った!彼等は命掛けだった。 ・・・・・・・・・・・・ 彼等は、ひたすら、アメリカ を批判した。アメリカ に支配されている自分達を総括した。 すべては、アメリカ のせいだと、取り憑かれた様に口走った………。 俺達は、そんな事柄を間近で見聞きしながら、 …やっぱり関心せざるを得なかった。 しかし、俺達が今やってること、とりわけ今からやろうとしている事は彼等とは正反対の事だった。 俺達は今こそまさに彼等が批判するアメリカ のふところに飛込もうとしていた。 そういう俺達には自己流の大義名分という信条が必要だった。 …… 反米を訴える彼等、 占領下に置かれている事に反発する彼等にしてみても、自分達を統治しているリーダーの真の存在を知らずに居た。 ・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・ かくして、俺達は基地内にあるEMクラブに客として招待された。 戦争の折りだからチェックは厳しかったが、なにせ俺達は高校生だと言う事で、なんら問題無く入国する事が出来た。 クラブに入ると さすがに盛況振りで、フロアー一面がセーラー服の兵士達でごった返していて、ホワイト一色の異様な光景に俺達は目を見張った。 このクラブは将校専用ではあるが、何せ戦場では命がけの仕事をやっている連中だ。 久しぶりのシャバとあって、酔いにまかせあっちこっちで騒いでいる! 俺達が会話するのも大声でないと聞こえないくらいの騒雑しさだ。 ・・・・・・・・ 運良くステージ近くの見やすい場所に座る事が出来た。 ボーイがオーダーを聞きに来る。 俺達は一応格好をつけて、三人共ジントニックを注文した。 (ところで人数制限があった為、ジミー、マンボ、俺 の 三人だけしか入国出来なかった) ローズのお姉さんから連れて来てもらっている俺達は遠慮もあって、ボーイの運んできたジントニックを、ちびりちびり と飲んでいた。 1時間程経った頃、時計を見ると8時を過ぎていた・・・・・ だが・・・・ステージが動き出す気配はまだ無い? 席に着いてからも そうだったが、俺達は目の前にある機材に釘ずけになっていた。 そこにあるのは俺達が生まれて初めて見る舶来楽器のオンパレードだった。 話しとか、音楽雑誌でしか見た事の無い代物が今、そこに、まさに、俺達の目の前に無雑作に置かれてる。 それだけでも、物凄い緊張感だ! しかも、今夜 演奏するバンドは、世界最強と言われるアメリカの第七艦隊所属のブリティッシュロックバンド。 本場を越える実力を持つと言われるアメリカの第一人者と言われているスーパースターだ。 おのずから緊張するのは当たり前だと言える。 ついでに当たり前なのは、ステージにセットされている楽器類。 フェンダーツインリバーブが合計5台、ハイワットのベースアンプが2台、JBLのPAシステム、プレミアーのフルドラムセット… 完璧なブリティッシュスタイルだ! さらに完璧と言えば当時日本にも数台しかまだ輸入されていないレスリー社の回転スピーカー。 これ1台の値段がなんとサラリーマンの半年分の給料に匹敵するほどの代物だ! これを目の前で見られただけでもここに来た価値があると言うものだ! ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ そうこうしているうちに、ステージに司会らしき者が出てきた。 何やら英語でペラペラと喋りはじめるとひときわ 大袈裟なアクションをとって今から演奏をするバンドを 紹介し始めた! と、同時にバンドメンバーが一人、又 一人とステージに登場してきた・・・・・・・・ |

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彼等に緊張した雰囲気は無い。 おそらくグラスで心地良いのだろう。 言葉少なに適当なテンション上がりに見える。 … 俺達もそうこうしている間に、ジントニックを5杯もお代わりしてしまった。 ステージのバンドも そうだが、俺達も なかなか良い気分になってきた。 … と!いきなりステージからギターのフィードバック が耳を突ん裂いた! 俺達は目を剥いた! … 観客も目を丸くして、そして一瞬 動作と言葉が止まった! そこに居る者全員が目を剥いたまま、ステージを見ていた・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・誰よりも早く俺達は我に戻っていた。 ジントニックもすでに7杯目だ。 興奮のせいか、ペースが上がっているが酔った気分では無い。 演奏はもう始まっている、ハモンドオルガンの響きが、心地良く感じる。 大音響に観客は無言のまま、ただステージを見つめるだけだ。 逆に俺達は大音響で一気にテンションが高まった! 何と言っても、そこで音を出しているのは俺達の憧れサウンドのエージェントヒーローバンドなんだからね。 ・・・・・・・・・・ ・・・・・ジミーは、手にしていたグラスをテーブルに置きもせず、かといって 飲みもせずに、ただ 目を剥いたままでステージを凝視したままだった。 ジミーの目はステージを見つめているだけだったが、彼の脳裏はすでに炎と化していた・・・・・ ・・・・・・・・・・・ まさに、始めてのエクスペリエンス! 始めての ブリティッシュロック! ・・・・ ジミーの心は、すでに燃え上がっていた! ・・・・・自分の行く末を、あたかも予言するかの様にね! ・・・・・・・ ![]() Light My Fire …ハート に火を着けて(ドアーズ、追悼ジムモリソン) ひとしきりの大音響に飲み込まれた俺達は、1曲30分にも及ぶ演奏が終わった時には酔いもまわって虚脱状態になっていた。 ベーシストのマンボと俺は 又 酒のお代わりをしている。 飲んでるのか?バンドを聞いてるのか?・・・・・ もう どっちでも良かった。 目の前のバンドの音に圧倒された俺達二人は、ふて腐れてなかば開き直っていた… 。 酒のお代わりをしないジミーを気遣って、 ふと、横目で見てやると、なんと彼はさっきのスタイルのまま依然、ステージに見入っている。 「おい、ジミー! お代わりせんとや!」 ・・・・・・ジミーが 返した言葉に俺達は、唖然とした!! 自分達の耳を疑った! 二人共、顔を見逢わせて、そして、三度彼に聞き直した! ・・・そして、彼の返した言葉で俺達二人共、酒の酔いは吹っ飛んでしまった! 逆に ぞっとする寒気がして、ゾクゾクと悪感が背中を走る! マンボは 隣に座って居るので、ガクガクと体の振動が伝わって来る! 俺も 釣られて膝がガクガクとステップを踏んだ瞬間にテーブルに足が当たって、置かれているドリンク グラス類が床に転がり落ちた! お姉さん達は、びっくり仰天して座っているソファーから二人共同時に50センチ飛び上がった! なにが起こったのか、彼女達には解らなかった。 ただ、ジントニックが彼女達のスカートにかかったものだから大声で悲鳴を上げている! 怒った お姉さんが、俺と間違って隣に座っているマンボに思い切り張り手を食らわせた! 俺じゃない!と 怒ったマンボは、隣のテーブルにあったグラスの水を お姉さんの顔に ぶちまいた! 乱恥気騒ぎにとうとう、隣のテーブルの お客が怒りだした! 「ファッキン ジャップ! 」隣のテーブルのどデカイ白人が俺にツカミかかろうとして、かなり飲んでいるものだから、自分で足を絡ませて、まともに床に体当たりをして、そのまま動かなくなった! 「ざまをみろ!」と 俺は思ったが、 そいつの彼女らしき白人女が、潰れている男の頭を平手でバシバシと叩いて、俺の顔を恨めしそうに睨み付けた! その顔は しかめつらだったが、いわゆるハリウッド張りの美白人青女だった! 彼女には、美人特有の凄みがあって、酔いの覚めた俺は一瞬 ブルブルと身震いをした! 今にも俺につかみかかろうとする彼女を見据えて、俺は後頭部に心地良い痺れが走るのを感じた! ・・・・と、同時に下半身に思わぬ緊張を感じた・・・・・・・・
美白人とは、のちに再会するとして本筋に もどろう。 ところで、乱恥気騒ぎを締め括ったのは、なんと! タイコの音! サブPAされたドラムソロの高周波と低周波の打楽器特有のメリハリが俺達の目を覚ました! 皆がステージを振り替える! 当然 俺達もだ。 あまりの派手なアクションに俺達だけじゃなく、このフロアーに居る全ての客が全員ステージに注目した。 今夜のメンイベントバンドの2曲目が始まった!・・・・・・・・と 誰もが思った・・・・・ |

「おお!ジミー次んとの、始まったばい!」 言って 振り替えると、ジミーが今まで居たはずの所に彼の姿は無い。 ドラムソロ が、一段落着いても、後に被せて来る楽器の音が出て来ない。 ・・・・・俺とマンボが鈍いんじゃなく、気付かないのが当たり前の状況だった・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・読者の思惑通り、ドラムセットに座って居たのは・・・ ジミーだったのさ! まぎれもなくね。 俺とマンボは、彼がステージからブームマイクで「カモンナップ! 」と呼んでいるのを、 まさか現実の事とは思われなかった、いや絶対に思いたくなかった! 二人して苦笑いをしながら お互いツジツマの会わないジョーダンを、なんかシラケてるが真面目そうに努めて言い会っていた。 ステージからはジミーが、こっちへ来い! と 言っている。 俺達は、この状況のもと、さっきジミーが言った言葉を耳なりじゃなく、マジな返事として解釈するしか無い様な気分に、無理やりになって来た! ・・・・・・・・・・・さっきジミーが呟いた言葉。 いや、唸った、と言うのが適当かも知れない。 「ジミー・シング!」 ・・・・・・彼は、そう言ったのだった。 ・・・・・・・ のちに 解ることに成ると思うが、 彼は普通に生まれて普通に育った人間だった。 と俺達は思っていた。 特別に皆んなが変わった経歴を持っている分けでもなかった。 ただ、彼の場合は名門の私立校で、俺達は家が貧乏だった為に仕方なく学費の安い公立校にやらされていたと言う違いはあったが、それがどうした!っていう気合いもあった。 ・・・・・・・・・・ 彼が将来を予言するパワーを持っている事に俺達が気付くのは、随分後になってからの事になる。 「ジミー・シング」 |

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「まだまだ!もっともっと!」・・・・… … 切りがない!… 俺達は、そう思いながらもギターのフレットをスライドアップしていた。 … … この楽屋も古い。 徹底している。 本物の掃きダメだ。 今や俺達もローズのお陰でバンドのデリバリーで引っ張りだこになっている。 ローズの後、俺達は基地のEMクラブなどを皮切りにアラスカ、リスボン。 最後は外人バーで千人収容を誇る東洋一のクラブ・パラマウントと渡り歩いた末ここ「乙女」にたどり着いた! この頃になると俺達も外人バーを始め基地関係ではかなり売れっ子になっていたが、 一つ心配なことがあった。 ここ「ダンスホール乙女」は俺達が初めて体験する日本人相手の店だ。 こんな小さな街だから俺達が高校生だと言うことがバレるのは時間の問題である。 バレれば退学はまぬがれないし、しかも店は営業停止を食らうだろう。 ベースのマンボの親なんかは市の教育委員会に睨みをきかせるくらいの権力者でもある。 そこで俺達は考えた。 キャリア高校生の威信?をかけてね。 そしてすばやくビジュアルに目を付けたんだ。 無い頭を捻り回して絶対にバレない方法をね! 俺達が俺達であって俺達じゃない? そして考えた末にある結論に達したんだ。 それは変身しかないってことをね! 顔を変えてしまうことは無理としても・・・・ 俺達のまわりのバンドで食ってる連中は、髪の長さでそのキャリアを誇っていたからね。 …… そうなんだよ。カツラでカモフラージュすることを思い付いたのさ! 早速俺達は思いっきりのロングヘアーをかぶると、ベテランミュージシャンに成りすましたのさ。 ・・・・・・・・・・・ まあ、そんなこんなで俺達も何とかこの店に落ち着けそうな雰囲気になってきたんだ・・・・・。 ところで、ここの店のオーナーは大戦後にダンスホール以外にも、ホテルやら、プールやら、飲み屋などで一儲けしてきた当り馬だったから 格好は地味でもやる事は大いに羽振りが良かったんだ。 … いやいや、忘れるところだったが、ジミーが社長とかけあって俺達の為にギャラのアップと新品の楽器を入れ換えてくれたんだったよ! ありがとうステテコ社長、いやジミー! ![]() 楽屋の広さには驚いた! 多分ホテル時代の広間だったのだろう。 入り口 上部の壁には以前 出演していたバンドの写真が無造作に張り付けてある。 ほうっ、と思って近づいて良く見ると写真の下にカタカナで文字が見える。 「バイキング」 「ビターオブワイン」 「ゴールデンカップス」 … 成るほど。とりあえず「ゴールデンカップス」は別格としてあとは俺達の趣味とは違うな、と思った。 とその時、 ステテコ社長の奥さんが行き成り飛込んできた! 彼女は俺達が客で来ていた頃からの、いい友達だ。 「あんた達!なんばしよっとね!ステージの時間の、きとったい!」 おっと!うっかりしていた俺達はバタバタと仕上げをした。 ジミーとマンボも、打ち合わせもそこそこにステージに向かった。 楽屋にいる俺達には解らなかったが、ステージにたどり着く迄のイモを洗う様な人の山。 それもみんな日本人だ。 あたりまえと言えばそれまでだが、客で来てた時と違ってこうして演奏する側にたってみると何とも不思議な? 初めて目の当たりにする日本人の観客が今の俺達には、なんだか不自然な気がする・・・・。 ステージに上がってホールを見下ろすと観客の熱気と煙草の煙とがもみくちゃになって鼻をつきここち良い。 早くしてぇ〜! 観客が俺達を促す。 最初からのリクエストソングをねぇ〜! マンボのベースと俺のベルカップのレガートがピッタリとリズムを刻んでイントロを繰り出す。 楽屋での打ち合わせで、とりあえず決めたキーは原曲よりも三度高いチェーマイナーにおさまった。 ジミーの場合、音域が広すぎて演奏コードを全て唄に会わせるとサウンド全体のバランスが取れなくなる事 がちょくちょくあるのさ。 ジミーは、4オクターブの持ち主だったからね。 さて、そろそろイントロも終わってジミーのボーカルに入るんだ。 ここのところはひとつハーモニーで聴かせてみるとするかな・・・・・・・・・ … …Daddy's home
日本は今こそ自立を目指す時にきた。 今こそ、立ち上がる時が来た! … と、彼の闘士はメラメラと音を立てて炎と化した。 ジミーの右手には、拳程の石が握りしめられていた。 今こそ、国家権力の犬を倒す事に全勢力をつぎ込もうとしていた。 .・・・・・・・・・・・・・・・ … … … ジミーの目が覚めた・・・・・・・・・・・・・・・・ ![]() すでに、この頃になると彼自信、自分の超能力に気付き初めていて、現実と未来との時差に、つくづく、さい悩まされていた。 自分自信でさえもまだ良く把握出来ない状態であった。 自分の超能力を未だ認めたくなかった。 ・・・・・・・・・・・・ とりわけ俺は彼のそういう特異な状態をすべからく承知していたので、彼にリラックスを進めた。 ・・・・・・・・ … ところが、しかし。ジミーの頭はすでに、いかれていた! 俺が気付くのが、すでに遅かった。 俺はひたすら後悔した・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・多分、三ヶ月ぐらいの時間が過ぎた頃彼が佐世保に戻って来た。 アメリカのバークリー音学院(音楽大学)からだ。 彼の実家は財閥だったから親の顔が利いていて、最近様子がおかしい彼をちょいと気晴らしのつもりで短期留学させていたんだ。 彼にしても、そこが音楽学校とあって遊びがてらに楽しんできたらしい。 彼のひときわ成長した姿を見て俺達はホッ!とした安堵感を覚えた。 そして、彼の帰国祝いを盛大に催した。 All Alone The Watchtower ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ |
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ちまたで反戦運動のコール が成り響く中俺達は、その逆の事を考えていた。 元々俺達の培われた環境は、あいつら見たいな温存とした大学生に成るような境遇ではなかった。 俺達なりのやり方とプライドを持っていた。 俺達の方が、はるかに反骨精神のキャリアだと、自覚していた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ …… ジミーが1曲目を促した。 顔が赤い。かなりテンションが上がっているのが解る。 緊張している!彼には珍しい、何とも言えない雰囲気だ。 メンバーも、全員 紅潮している! …… 折りしも、今は、ベトナム戦争の真っ最中。 北ベトナムでは今日も米軍の空爆で、ナパーム弾の嵐・・・・・・ ・・・・・・・・・ベトコンとジャングルを焼きつくす。 ・・・・ものの見事に破壊する。 これでもか!と唸るように。 ネズミ一匹でも 逃さないように、執拗に皆殺しにする・・・・・。 ・・・・・・・・・・ 上空から見ると良く解る。 それは、まさしく地獄絵図そのもの! 焼けるジャングル、立ち上る炎と煙………。 ・・・・店一面・・・いや 街一面・・・いや・・・・! ・・・・・・ 同じカラーで染まっていよ!!・・・・・・・・・ Purple Haze紫の煙… (追悼ジミ ヘンドリックス) ・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ ・・ ・ ジミーが、くわえていた煙草を深く吸った。 彼の緊張はテンションに変わった。 はきだした煙にミラーボールの光りが直撃した! … ミラーボールには無いカラーを俺達の脳裏は感じていた・・・・・。 今、ここに!今がリアルタイム! ジャストタイムだ!反対勢力の、そのまた反対勢力だ・・・・・・! ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ ミラーボールが回転して、俺達の色だけになったその時・・・・・
ベトコンになった俺達は、サイゴンから西に300キロ程入り込んだジャングルの中にある小隊で、中国制のライフルを分解して手入れをしていた。 |

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俺達三等兵の日常の仕事というのは実に単調なもので武器の手入れと壕の穴掘り。 それに砦の修復作業だ。 撃ち合いを想定した訓練などは全く無い。弾薬の節約である。 これじゃ、いざ地上戦になったらどうなるのかと疑いたくなってくる・・・・。 ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ 南ベ開放戦線本部から直々の指令が下った。 米軍が地上戦に踏み切ったという知らせと共に・・・・・。 「いよいよ来たか!!」 待ちに待ったと言わんばかりにやっと銃が使えることに嬉しくなった俺達は大いに意気が上がった。 それもその筈。 今までの単調な生活からしてみると水を得た魚の如しだ。 マンボと桜井なんかは嬉しさを隠しきれずにそこら辺を、 あたかも敵が居るかのように両肘で芋虫の様な這いずりをしてみたり、 木陰に潜む敵を見立てて照準を合わせてパーンと口で撃ってみたりと、 実に熱心な想定演習を自主的にやりだした。 これには本物のベトコンも、どこから来たか分からない外人部隊に先を越されてはたまらない と言う訳で自分達のお得意なポーズアクションをやり始めた。 彼らはジャングルには慣れているものだから、高い木と木の間を蔦を使っての移動パフォーマンス を俺達に向けて、これ見よがしにやってのける。 まるでターザンの様な曲芸に俺達は、つい、拍手をしてしまった。 ・・・とかなんとかで大いに盛り上がっている時に、 小隊長殿からの集合命令があり俺達は小隊司令部前の広場に全員集合した。 早速、隊長が喋り始めた。 「アーー。ウーチャン、スーチャン、トーチャン、カーチャン!!」 ・・・まさに威厳を顔に描いたような小隊長殿のお言葉が隊員全員の気持ちを引き締めた。 ・・とは言っても俺達には雰囲気だけで言葉の意味は分からない。 桜井が少しはベトナム語が分かると言っていたので、彼に尋ねてみると。 「只今、敵の落下傘部隊が我が隊の南西30キロ地点に上陸した!兵数数千。コブラヘリ約300。 しかるに、予断は許されない!敵を我が軍の懐に引き入れてから奇襲をかけ徹底的に粉砕すべし!!」 まあ、桜井の翻訳もあてには成らないが、ベトナム語ってのは実に簡素に出来てるんだなぁ・・・ と、つくづく感心をした・・・・・・。 ・・・つづく・・・
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時は70年代に、突入した…。 69年に開催されたアメリカ本土のウッドストックでの大ロックイベントが日本国内にも紹介されると、 一気にその気運はたかまった。 もちろん俺達も当然、その気運の中に居た。 ![]() ウッドストック・フェスティバルは、まぎれもなく反戦の象徴だった。 俺達の憧れのミュージシャンが、こぞって出演した。 サンタナ、ジョニーウインター、ジョーコッカー、テンイヤーズアフター、マウンテン、等など・・・・・。 そしてトリには、反戦家に仕立て上げられていたジミヘンドリックスがアメリカ国歌をぶち崩しの曲で弾いて締め括る。
・・・ここのステージは、今までにない洗練された雰囲気がある。 段差のある、何とも立体的で斬新な作りと言っていい。 ステージの両隣には、ミニスカ・ダンサーのお立ち台セット。フロアーにも2セットある。 俺達の演奏で彼女達が躰をくねらせて踊っている姿を想像すると嬉しくなってくる。 ・・・・・・・・・ ・・・・・ ステージにセットされている楽器類の点検をしはじめた。 今夜は俺達のステージに なるからだ。 アンプ類は 何ら特別な物は無い。 しかし、ドラムセットは違っていた。 なんと業界名門メーカーのロジャースではないか! この代物は、ちなみに国産品の10倍の値段がする。 俺達高校生には逆立しても手の届かないメジャーな楽器だ。 しかも、このドラムセットは店の物ではなく、この店の主とも言える博多出身のプロバンド「シャドウズ」のドラマーの持ち物だつた… 。 いずれにしても憧れのロジャースを叩けるとなって、俺は嬉しくて仕方がない。 セットに座るとハイハットペダルとべードラのフットペダルのスタンスがぴったりくる。 驚いた。彼は俺と似た様な体つきをしている様だ。 ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ ・・・その日のムガは週末ということもあって、大入り満員の状態だ。 客も俺達のバンドを大いに期待しているのが良くわかる。 … 自ずとプレッシャーが、かかってくる。 ここは、ひとつみんなして、選曲を考える事になった。 … … ブリティッシュの全盛時代に例のレッドツェッペリンがアメリカツアーの時、前座を勤めた グランドファンクレイルロードに食われてしまった、というエピソードが あった。 … … そんな事も話題にしながら、俺達は曲メニューを決めていった。 ・・・・・・・・・・ 俺達がステージに上がると観客の歓声で、こちらの方が驚いた! ・・・・・ 観客のテンションが上がり過ぎの時は逆にスローテンポから始めるのが効果的だ。 しかも、ハードスローでね。 ・・・そして序じょに盛り上がって行くのが効果的だ。 彼等、兵隊には女を感じる事ができるのは、今この場所でしかない。 女に手の届かない彼等が癒されるのは、音楽でしか無い・・・・・
・・・・・・俺達は彼等に送った! ・・・・・・心を込めて ・・・・・・・・ この曲を・・・・・・・ Heart braker …Can't takehar…(グランドファンクレイルロード) ![]() ・・・ドラムヘッドは、かなりハイピッチだ。 タムを試音すると、ヘッドのインパクトがシェルを適当に鳴らす。 スネアはスナッピーの張り具合いも丁度いいし、スネアサイドもアンバサダーの、いい張り具合いだ。 実に切れの良い仕上げになっている・・・・・。 ・・・シンバル類は、ジルジャン系だ(当時は他にいろんなメーカーがなかった) ライドシンバル、 ミディアムクラッシュライド、ミディアムクラッシュ、そしてハイハットシンバルのトップを一枚(現代では、スプラッシュと言う)。 完璧なセッティングだ(当時では)そしてブームマイクはシュアーだ。 さすがに彼はプロドラマーだと関心せざるを得なかった。 俺は彼等のステージをたまらなく見たくなった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |

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無意識の内に彼の口から出た言葉。 現在と未来とを繋ぐパスワード・・・・・・・。 俺達は、その言葉を理解することが出来ないまま・・・ ・・・・数年の歳月が経っていた。 ・・・・・・・・・・ 演奏が一段落着いた。 俺は久しぶりに夜の繁華街に”ふらり”と出て見た。 この街はとても活気付いていて、俺のエネルギーを受け止めてくれるには十分許容力がありそうだ。 擦れ違う人の雰囲気も実に生き生きとしている。 あるショットバーに入った。 タンカレージンロックを注文した。 香ばしい松脂で付けたジン特有の匂いで俺の胃袋は心地よく収縮した。 旨い! 喉もとから胃袋にかけて流れ落ちてゆく時の快感は何ともいえない素晴らしいものがある。 ・・・・・・この快感は!?・・・・・・・・・・・・ はっとして、眠っていた過去の記憶が蘇ってきた。 眠っていたと云うよりも、忘れかけていた。 いや、忘れようとしていた記憶だったのかも知れない。 記憶は端を発して次から次へと走馬灯のようにぐるぐると俺の頭の中で回りだした。 あの時、あの頃、俺達は地元の高校生バンドで粋がっていた。 怖いもの知らずの、弾けた高校生だった。 プロもアマも全く関係ない世界だと思い、ひたすら突っ走っていた。 あの頃の記憶が次々とよみがえる。 当時のメンバーはそれぞれ方々に散って行った。 一番気になっていたのは、やはりジミーのことだった。 彼はアメリカに行ったまま、その後の消息は分かっていない。 当時、俺が知っている限りではアメリカのバークリー音楽大学に進学したということだけだった。 あの音楽院は彼も一時留学したことがあって、本人がとても気に入っていた学校だった。 俺にして見ても自分のことが精一杯で、メンバーのことに口出しはしていない。 俺も一応に東京の有名大学をチャレンジしてはみたが、所詮無い頭では、 ここ九州の公立大学にしか受け皿は無かった。 だから今は、あの頃と同じ様に学生とプロバンド事務所との二束のわらじを履いている・・・。 二杯目を御代わりした。 五臓六腑に染み渡ってくる程に、益々俺の頭に回想が巡る。 当時を彷彿としながら心の奥底に潜在していたものは、やはりジミーが残したこの言葉。 「ジミー・シング」・・・・・・ 当時の俺達を震撼とさせたこの言葉は、いったい何を意味するのか・・・。 肌では感じ取れたが具体的な意味は不明のまま、今に至っている・・・。 いよいよジミーのことが気に成ってきた俺は、明日にでも彼の行方を追ってみようと思った。 三杯目のタンカレーを飲み干すと、俺はそそくさと店を後にした。 ・・・つづく・・・ |


「聖心天主堂」の裏から望む佐世保の夜
画像をクリックすると佐世保の夜景がパノラマで見れます。

日常の生活に追われる人々がいるかと思えば!
向こう側にはついこないだまで戦場において何万、何十万人という人々を
恐怖のどん底に落とし入れ!
生活の全てを破壊し親や子供、大切な人を容赦なく奪い去ったかとも思われる
1機百億円以上もするジェット戦闘機が艦上狭しと待機するこの現実!
しかし空母が1隻入港すると約1万人近い兵士が一度に街へくりだし、
久しぶり陸へ上がった時の金使いの荒さも含め、
軍艦の修理・メンテナンスと経済的効果は凄いですからね!
これが基地の街なんです!

大型タンカーから軍艦まで修理・建造できる能力を持つSSK「佐世保重工業」。
大型タンカーの向こう側に見える軍艦が小さく見える!

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最後までお読みいただきありがとうございました。
当時佐世保の街は邦人街と外人街の二つに分かれてましてね。 例えば空母が1隻入港するとそれを護衛する駆逐艦も何隻か一緒に入港するんですね。 そうすると約1万人近い兵隊達が戦闘の疲れを一度に癒すかのごとく街へ繰り出すわけだから、 そんな連中が邦人街へ押し寄せて地元の高校生や若い女の子達が襲われでもしたら事件が絶えないですからね。 だから一箇所に封じ込めてたほうがSP(兵隊を取り締まる軍警察)も日本の警察もやりやすいんですね。 今はかなり減ったけど外人専用のバーやクラブが所狭しと有り、外人専用のテーラーとかお土産屋、飲食店含めて多い時で約5〜600件位ありましたからね。 だから船が入港しない時の外人街は寂しい街になるんですね。 じゃあ皆仕事が無いから遊んでるかと言うとこれが違うんです? 横須賀に船が入ってる時は佐世保から出稼ぎに行くんですよ。 逆に横須賀が暇で佐世保に船が入ってると横須賀のお姉さんたちが佐世保目指して出稼ぎに来るといった具合です。 どっちも暇な時は空軍基地がある岩国にも出稼ぎに行くんですね。 それもこれも皆生活のためなんですよ。 仕事の時は年の離れたお姉さんに見えるんですけど、お化粧を落とした素の顔は僕らとあまり変わらない女の子もいたりするんですね。 それもみんな親や幼い兄弟達を助けるためにね。 化粧やドレスは派手だけど根は皆さん心の優しいお姉さんたちばっかりでしたよ。 そう言う事情も知らない僕らは子供の頃からお姉さん達を見下してたところがありましてね。 お店に出入りするうちにいろんなことが見えてきまして、この時初めて人間ってみんな一緒なんだなぁ〜て思いました。 それと特に驚いたのがお姉さん達皆さん英語がペラペラでしてね。 何年くらい英語やってるんですかって聞いたんです、すると2ヶ月だって言うんですね! 「だって英語が喋れなかったら食べていけないでしょう」・・・・・・だって! 生きるって言うことに対する「ひたむきさ」をお姉さんたちに教わったような気がしました。 基地をかかえてる街の場合はどこも基地の外に住宅があるんですけどね。 あれ殆ど幹部クラスの家族専用ハウスなんですよね。 子供の頃広い芝生の庭があるハウスをフェンス越しに外から見て日本とは生活水準がずい分違うなぁ〜って思って眺めてましたよ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ちょっと話が外れましたけど当事の基地の街を少しでも知ってもらえればとおもいましてね。 ところでこの物語の中の一説に演奏が終わり黒服の男にお疲れさんと声をかけられ「隣のラーメン屋でジュースとラーメン一杯のギャラ……。 いやあ〜 実にうまい!!」とあるが、私はここに氏の原点があったのではないかと思います。 ![]() 1968年頃と思われる外人バー街 狭い路地の道筋が縦横に何本もありました。 ![]() 1950年代初期の佐世保川に係留されている船。 看板をよく見ると、なにやら英語で「BAR PARADISE」と書いてある! これでも商売になった時代があったんですね。 1950年(昭和25年)頃の公務員の初任給が6.000円の時代ですから、 当時1ドル360円だから、 兵隊さんは1ドリンクに対して1ドル払うから、客が2〜3人入っただけでも家族が その日一日食べていけたんでしょうね。 ![]() 1958年頃の佐世保「EM CLUB」 いつの時代でも若者の熱い情熱と思いは変わらない! ただそこにあるのはひたすらに走り抜ける若さがあるだけだ! この戦争の裏に若者が叫ぶロックがあった! |

| いつの世にも不幸な出来事がある! 大国アメリカが唯一負けたこの戦争がもたらした代償はあまりにも大きすぎ未だにその後遺症に悩むアメリカ! 遠い過去からのメッセージが今よみがえり現代に問いかける・・・・・・・・・・・ なのにあなた方は湾岸、イラクへと続く・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |





